ショートスリーパー
「今のはすごい揺れでしたね」
魔法使いアイルは、ベッドに横たわり、すやすやと眠るマヤに喋りかけた。
すー、すー、と寝息が聞こえるだけで返事はない。
部屋にいるのは、アイルと眠りにつくマヤの二人だけである。
城の者の殆どが悪魔退治に出払っていた。
アイルは、マヤの頬を優しく撫でた。
「まったく姫様は…。よくもまあこんな子供に強力な睡眠薬を打ちこみましたね。少なくとも一週間は目覚めないでしょう…」
アイルは、マヤの枕元でちょこんと座る小猿に目を向けた。
「君は、この子の使い魔ですか? なんだか行動に理性を感じます」
小猿は、じっとアイルを睨め付けるだけでうんともすんとも言わない。
まあ、どっちでもいいか、とアイルは心の中で呟いた。
再び、マヤを一瞥する。
「しかしこれじゃあ、君に魔法を教えた意味がないですね」
ふふ、と笑う。
アイルは、マヤの寝顔を上から覗き込み、その幼顔をじっと見つめた。
今度は、問いかけるように、
「君は、何者ですか。どこから来たのですか。何故、そんなにも強力な魔力を有しているのですか。晩餐の時に言っていた自己紹介はきっと嘘ーー」
言い終わる前に、ごっちーん! と額に大きな衝撃が走った。
「どわ」
アイルは思わず後ろに尻から倒れ込んだ。
ジンジンと痛む額を両手で覆う。
「痛…。一体なにーー」
ベッドの方を見た瞬間、言葉を失った。
今の今まで眠っていたはずのマヤが、上体を起こして、キョトンとした表情でこちらを見ているのである。
「は? 何で」
「アイルくん!」
マヤは、大きな声でアイルに尋ねた。
「私が倒れてからどのくらい経ったかな!」
「に…2時間ほどでしょうか……。…それよりどうして目を覚ましているのですか?」
ロザリーがマヤに打ち込んだ睡眠薬は強力なものである。
屈強な成人男性が投与しても、通常一週間は目を覚さない。
にも関わらず。
それを、直接首に打ち込まれた小さな少女が、たったの二時間ほどで起きたのである。
マヤは、布団を剥ぐとベットから立ち上がった。
「私、漫画家を目指してるんで、二時間以上は寝られない体質にしてるんです」
「マ…マンガカ…?」
聞いたこともない職業名を言われ、さらに混乱するアイル。
「はい。あっ! 漫画家はショートスリーパーの方が有利なので、頑張って訓練したんですよ」
努力の方向が何かずれている!
と、小猿のラミが、脳内で突っ込みを入れた。
柄にも無くポカンと口を開けたままでいるアイルへ、マヤは手を差し出した。
「ごめんなさい、多分、頭突きをしちゃいましたよね、私」
心配気に首を傾げるマヤに、アイルの頬がヒクヒクと動いた。
「あ…あはは…。大丈夫ですよ。もう、君が規格外すぎて、どうにもこうにも…」
マヤは、ハッとした様子で、アイルに尋ねた。
「あの、戦いはもう始まってしまいましたか?」
「ええ、恐らく丁度今頃始まったところでしょう…」
マヤは、それを聞くと、顔を真っ青にして小猿のラミを肩に乗せた。
「行かなきゃ」
窓に足を掛けるマヤに、アイルが呼びかける。
「勇者様」
マヤの腕を掴む。
「待ってください。僕は姫様の命令で君を戦場に行かせることは出来ません」
「…命令?」
マヤが、小首をコトンと傾げる。
「ええ。姫様は貴女の身を案じておられるのです。この国が滅ぶのは国の責任。貴女が巻き込まれることはない、とお思いなのですよ」
「…でも、皆死んじゃうのはいやだ…」
マヤは、大好きなロザリー顔と、祭りの時に見た人々の笑顔を思い浮かべた。
彼等が亡くなることを考えると、それだけでじんじんと心が痛む。
はあ、と目の前でアイルが大きく溜息をついた。
「とにかく、勇者様を行かせることは出来ません」
「でも、私、規格外なんです…」
「…は?」
マヤは、顔を上げアイルの目を正面から見据えた。
「アイルくんがさっき言ったみたいに、私は規格外だから、予言に縛られることはないんです…」
「……」
アイルは、目を点にし、押し黙った。
マヤが、アイルの手を握る。
「そう言う事なんで、行かせてもらいますね」
「………勇者様…」
アイルは口元に手を添え、ふいにクスクスと笑い出した。
「ふふ、そうだ。本当にそう」
突然笑い出すアイルに、マヤが眉をしかめる。
「アイルくん…?」
「ふふふ、君はこの世の者ではない気がしてきましたよ。君なら本当に悪魔を倒せるかもしれませんね」
「…だ、だよね! 私もそう思う! だから私も戦いに行きます」
アイルは上機嫌にニコニコと笑みを浮かべながら、扉の方へ歩いた。
「どうせ止めても行くって言うんでしょ?」
「言うよ」
アイルはマヤの方へ向き直り、女の子のように可愛らしく微笑む。
「じゃあ、僕も行きます。馬車の手配をしますね」
***
戦場はまさに阿鼻叫喚であった。
サラマンダーは大きな手足尻尾を振り回し、兵士達を襲っていた。
弓矢は硬い甲羅に弾かれ、魔術師達が魔法で攻撃しようとも威力が弱く竜には効かない。
サラマンダーの絶え間ない攻撃に、軍隊はなす術がなかった。
すでに兵士達の半数以上がやられていた。
ちなみにサラマンダーの火球は恐ろしいものであったが、一度撃つと十分以上経たねば第二弾は打てないのであった。
が、それでもサラマンダーの強さはは絶望するには十分すぎるほどであった。
レッドベリーは手持ちのドラゴンで対抗した。
が、サラマンダーはレッドベリーのドラゴンとは比べものにならない程に強く硬かった。
レッドベリーのドラゴンコレクションは、既に尽き掛けていたのであった。




