88話
「あら、今日は遅かったですね。帰ってこないのではないかと心配しましたよ」
拙者が宿の扉を開け、中へ入るともう時間も遅いというのに女将がせっせと働いているでござる。
「こんな時間までご苦労でござるな。拙者はちょっと道に迷って遅くなっただけでござるよ。こんないい宿に戻ってこないなんてことはありえないでござる」
「嬉しいですね。頑張って働いている甲斐があるというものです」
しかし、宿にかえってこれた安心感がすごいでござるな。
我がホームへやっと戻ってきたという感じがするでござるよ。拙者はやっと戻ってこれたのでござるな。もう明日の朝まで戻ってこれない覚悟を決めていただけに相当感動するでござるよ。
「今度時間がある時でいいでござるから、この町の地図を貸してもらってもいいでござるか。また迷う羽目になるのはごめん被りたいでござるし、地図を覚えることにするでござるよ」
今日の反省を活かして、すぐに対策を講じるのは武士として当然のことでござるよ。
地図さえ覚えてしまえば、拙者に死角はないでござる。町で迷うことなんてありえないことになるでござるな。
「わかりました。明日にでも準備して部屋に置いておきます。他にも何かご要望がございましたら何なりとお申し付けくださいませ」
「ありがとうでござるよ。それでは、拙者は風呂に入って寝るでござるから仕事を頑張ってくれでござる」
女将に手をふり、拙者は一度部屋へ戻った。
「しかし、拙者がまさか道に迷うなんて……一生の不覚でござる……なんで女将に素直に道に迷ったことを白状してしまったでござるか? 適当位言い訳をしておけば拙者が道に迷ったことを知るものは世界に存在しなかったでござるのに。つい、安心して口が軽くなってしまっていたでござるよ」
少なくとも今日道に迷ったことはマリリンには絶対に言えないでござるな。またからかわれるのが目に見えているでござるよ。拙者も寛大な心で許すことができることには限りがあるでござる。あまりからかわれたらカッとなってしまうかもしれないでござるからな。
ほかに人にバレるわけには行かないでござるし、今後は注意しておかないといけないでござるな。
まあ、誰にも出くわさなかったでござるし、万が一にも知り合いに目撃されているということはないでござろう。あの状況で声をかけてこない奴なんて薄情すぎるでござるからな。そんな知り合いはドデカくらいしか心当たりがないでござる。そもそも、知り合いと呼べる人が全然いないのでござったな。
「さて、反省も済んだことでござるし、風呂に入って寝るとするでござるかな」
準備をすませ、風呂へと向かうでござるよ。
この時間であれば、まず間違いなく貸しきりでござるな。ちょっとゆっくり浸かっても許されるでござろう。
「……ふぁ、うん? 朝でござるか」
カーテンの隙間から差し込む光で目を覚ます。
「ちょっとまだ早いでござるな。今日は特に何も予定はないでござるし、もう少し寝るとするでござるかな……ハッ!! ダメでござる。今日は大会でござった。つい、昨日の疲れで頭が働いていなかったでござるよ」
二度寝をしている場合ではないでござるよ。朝飯を食べて、軽く体を動かないといけないでござる。例え、簡単に優勝できるとしても拙者が事前準備に手を抜くことはないのでござる。負けたときの言い訳にしたくないでござるからな。万全の状態で挑んで、完璧に勝つのが拙者の武士の誇りでござるよ。
「さて、朝飯も食べたことでござるし、冒険者ギルドに向かってマリリンと合流するとするでござるかな」
拙者も武士として刀を持って出場したかったでござるな。刀があれば武士の宣伝にも役に立つでござるし、拙者の強さを何倍にも引き上げてくれるでござるよ。
現実的に厳しいことはわかっているのでござるが、どうしても刀を持ちたいという欲は出てしまうでござるなぁ。もういっそ、部屋に飾られている剣を持っていくのがいいでござるかな? もちろん、実戦で使用することができないことはわかっているでござるが、何も持っていないよりは持っていくほうが気持ち的にもいいでござるよな。
「しかし、その場しのぎのものを持って行くのは、拙者の品格を下げてしまうのではござらんか? 拙者が持つべきは、大業物だけでござるよ。やはりやめておくとするでござるかな」
拙者に見合う物をしっかりと選んでから持たないといけないでござるよな。
実戦で使うにしても拙者が使用しても大丈夫なもの出なければならないでござるし、条件としても相当厳しいものがあるでござるよ。
拙者が本気で振っても折れないような強度が必要になるでござるからな。並みの職人が作った物ではすぐに折れてしまうでござる。神に選べれし職人が作った生涯最高傑作でなければならないでござる。それこそが、拙者に使うために用意された刀でござるからな。
「まあ、現実はそんなに甘くないでござるしからな。絶対に見つけるでござるが、今はまだ素手で我慢するしかないでござるな」
気合いを入れ、拙者は部屋を出た。




