87話
「冷静になったら流石にこのあたり一体を破壊してしまうのはまずいでござるよな。間違いなく大変なことになってしまうでござる。それに、祭りも中止になって大会もなくなってしまう未来まで見えるでござるよ。いくら拙者が無事に宿に帰れたところで宿がなくなってしまっていた場合はどうすることもできないでござるよな」
一度はジャンプで周囲の状況を確認する覚悟を決めたのでござるが、いざ実行に映す段階で頭が少し冷静になってしまったでござる。
このまま実行するには周囲にもたらす影響が大きすぎるでござるよ。
うまく行けば行くほど拙者の力の余波で町は壊れてしまうでござるからな。このあたりにマリリンも住んでいるようでござるし、最悪巻き込んで殺してしまうでござるよ。マリリンだけではござらん、特に拙者と関りのない命が失われてしまうかもしれないでござる。拙者が帰るということ自体はそれなりの重さを持っているでござるが、いくら何でも大勢の人の命と比べればどちらが重いか何てことは考えるまでもないでござる。
「仕方ないでござるな。一度決めたことを曲げるのは性に合わないでござるが、致し方ないでござるよ」
ジャンプを諦め、何とか自力で宿へと帰還する方法を探すでござる。
そもそも、拙者が道に迷うなんてこと自体がおかしいのでござるよ。拙者の頭脳をもってすれば道に迷うなんてありえないことでござる。今も、迷っていると思い込んでいるだけで実際に迷っているわけではないはずでござる。
「よく考えるのでござる。拙者は迷っているわけではないのでござるよ」
このまま歩いていても埒が空かないでござる。
拙者はまだ終わっていないでござる。日付をまたいでしまうのは嫌でござるよ。拙者は今日中に宿に帰り着いてやるのでござる。
「やみくもに歩いていてもダメでござる。星からある程度の方角を見極めるのでござるよ」
空を見上げて、星を確認するのでござるが……おかしいでござるな。夜の空に輝いているはずの星が一つも見つからないでござる。
「どういうことでござるか? そんなのずるいでござるよ。拙者が星で判断しようとしたから星を空から消したのでござろう? チートでござる」
満点の星空を想像しながら上げた視線は見事に期待を裏切られ、虚空をさまよったでござる。
空のどこを見ても、星の一つすら見つけることができないでござる。
確かにこの世界に来て、星を見たことなんてなかったでござるが、まさか星がないなんて誰も思わないでござるよ。というか、なんで星がないんでござるか? 太陽はあったでざるのに意味が分からないでござるよ。
しかし、折角思いついた起死回生の作戦は無残に消え去ってしまったでござる。
この作戦にすべてをかけていた拙者には耐えきれないほどの精神的ダメージでござるよ。ああ、心が折れてしまうでござるぅ。
「もうこのあたりの被害なんて気にせずにジャンプで解決したほうがいいのではござらんか? 拙者の帰り道がわからない方が、命よりも重いでごあるよな。所詮は知らない人の命でござる。もちろん、これからの人生においても関わることはなかったでござろう。その程度の命ならば、拙者の勝ちではござらんか?」
懸念点があるとすれば、拙者がジャンプしたときに周囲にどれくらいの被害が出るかが未知数な点と、マリリンが巻き込まれる可能性があるということでござろうな。前者は大した問題ではござらんのだが、マリリンを巻き込んでしまうのは忍びないでござるよ。
折角仲良くなってきた友人を殺してしまうのは心が痛むでござる。それに、少し寂しいでござるよ。
でも、拙者が迷っているのはマリリンをこんなところまで送りに来たからなのでござるよな。そうなると、マリリンにも責任の一端があるのではござらんか? 流石に殺してしまうのはやりすぎでござるか。
「そうでござる。恥をかくことにさえ、目をつむればマリリンの家に戻ってから、帰り道を尋ねればいいのでござるよ。知らない人に聞くよりも何倍もマシでござる。寝ているかもしれないでござるが、それくらいの仕返しは許されるでござろう」
さて、方針が決まったでござるし、今一度マリリンの家へと戻ることにするでござるかな。
「えー、マリリンの家はどっちでござるか…………詰んだでござる」
マリリンの家がどっちかもわからずに、どうやって向かうというのでざるか? 無謀もいいところでござるよ。拙者が宿に帰るのと何ら変わりのない難易度ではござらんか。
折角思いついた第二の作戦も発動前に消え去ってしまったでござる。
疲れで頭が働いていないようでござるな。このまま考えていても思考がまとまることはなさそうでござるし、ひたすら歩き回って見覚えのある道に出るのを祈るしかないでござるな。好都合なことに、精神的な披露は合っても、肉体的なものは一切ないでござるからな。レベルアップの恩恵もあり、人並外れた身体能力を手に入れているのでござるよ。
「こうなったらやけでござるよ。一晩中だって歩き続けてやるでござる!!」
明日の朝まで宿に帰れないことになるかもしれないという覚悟を決め、最初の一歩を踏み出した。
「あ、宿でござる」
盛大に覚悟を決め、出発した拙者の長い旅路は10分足らずで終わりを迎えてしまったでござる。
目の前には既に、慣れ親しんだ宿が立っているでござる。
一体拙者はこの近くのどこでそんなに迷っていたのでござるか? これは、マリリンの言う通り早めに地図を暗記しておかないといけないでござるな。今日のところは風呂に入って速攻寝てしまうとするでござるかな。




