29話
こいつを抱えてみても、全然重さを感じないでござるな。これもレベルアップの恩恵でござるな。うわぁ、修行でここまでの力を手に入れることは手に入れることなんてできなかったでござるな。こういうことを考えると、修行をしていたのがレベルアップですべてを超えて行かれるこの感覚は何とも言えないでござるよ。
「まったく、この世界にきても修行を続けていたらこれ以上の力を手に入れることができるのではござらんか? スキルだけでも最強だという確信はあるでござるが、レベルアップしていけたら最強の最強くらいになってしまうでござるな」
よくわからないことを考えながら、こいつをどうしてやろうか考えているでござるが……。
もうここに沈めててもいいでござらんか? 確かにこの宿は温泉で人が死んだといういわくつきの宿になってしまうだけでござるよ。特に拙者に何も弊害は何でござるよな。それならば拙者が苦労する意味なんてないではござらんか。
「大体全裸の男に触るのなんて嫌でござるよ。触りたくないでござるよ。もう置いて行くしかないでござるな」
ドボンッ。
こいつを下へ落とした。
拙者が助けてくれると思っていたか知れないでござるが、考えが甘かったでござるな。拙者にはお前を助ける義理なんてないでござるよ。
運が良ければ助かるでござろうよ。死ぬまでに自分で復活すればいいだけでござる。こいつも冒険者のはしくれでござろう? それならば、モンスターとの戦いでもっと危険な目にあっているはずでござるよ。
「どうなろうが拙者の知ったことではないでござるよ。のぼせて気絶するまで温泉に浸かっていた自分を恨むのでござるな。では、さらばでござる」
温泉から出て、脱衣所へと向かう。
ちらりと男の様子をうかがってみるが、相も変わらずぷかぷかとお湯に浮いているでござるな。そろそろ目を覚まさないと本当に窒息で死んでしまいそうでござるな。まあ、ついていなかっただけでござるよ。
これで明日の朝、温泉が使用禁止になっていたらそういうことだったというだけでござる。真実を知るのは拙者だけでござる。ほかの誰が見てもあほな男が一人、風呂で寝て溺れたとしか思わないでござろう。大体、拙者にはなんの責任もないのでござるから、気にかける必要もないのでござるがな。
ガラガラ。
温泉の扉を開け、脱衣所へと戻る。
備え付けのバスタオルで体を拭き、服も浴衣へ着替える。
「やっぱりサービスがいい宿はこのあたりもしっかりしているでござるな。ごく自然にバスタオルと浴衣が常備されているのはポイントが高いでござるよ。さあて、今日することはもうすべて終わったでござるな。後は部屋にかえって寝るだけでござる」
そろそろ窒息したころかと思い、少し気になる気持ちもあるでござるが、見てしまったら流石に助けたほうがいいのではないか何て考えてしまいそうでござるからやめておくでござる。所詮、今日少し話しただけのストーカー男でござるよ。むしろ、平気で冒険者たちを殺しておいてここでこいつを助けるのもそれはそれで違う気がするでござる。命はみな平等でなくてはダメなのでござるよ。
「ふぅ、温泉は気持ちよかったでござるなぁ。もうこのまま寝れてしまいそうでござるが、寝る前に筋トレだけはしておかないといけないでござるな」
とりあえず、日課にしている腕立て、腹筋、背筋、スクワットを一通り1000回ずつくらいはしておくとするでござるかな。普段で大体一時間くらいで終わっていたことを考えるとレベルアップで基礎能力が上がっている今だと半分以下の時間で終わってしまうのではござらんか? それだとあの男のように効果がなさそうに感じるでござるな。
「考えてもやってみないとわからないでござるよな。いち、に、さん……」
もくもくと腕立てをこなしていくでござる。
「……せんっと、あれ? もう終わりでござるか? いつもならやり遂げた達成感と腕に相応の疲労感が来るのでござうが、どっちも感じないでござるよ。腕に至っては酷使したというのにいつも通りでござる」
これは、基礎能力が上がりすぎて腕立て程度では修行にならないということではないのでござらんか? まずいでござるよ。拙者は今日は重りなんて持っていないでござるし、これでは、修行にならないでござる。
「どうしたものかでござるな。今日一日くらいさぼっても平気でござるか? いやいや、こう言うのがよくないのでござるよ。一日さぼったら取り換えすのに三日はかかるって言うでござるし、そもそも次また再会するときの心理的ハードルが爆上がりしてしまうでござる」
とは言いつつも、このままいつも通りこなしたところで準備運動にもならないでござる。
端的に言えば時間の無駄でござるな。これが、重りでもあって負荷を上げることができるのであれば、もっと効率的に筋トレをすることができるのでござるが、生憎そのようなものは持ち合わせていないでござるからな。
仕方ないでござるな。今日のところは諦めて寝るとするでござる。絶対明日からは重りを準備して再会するという鋼の意思を持って寝るでござるか。それならば、明日の拙者もめんどくさいなどと思わずに筋トレをするはずでござるからな。




