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黒煙のコピアガンナー  作者: サーシャ
第二部 フレイムシティ編 第一章 夫人護衛任務
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マラキアの女 第二話

 サルサのイグニス合衆国での難民生活が始まった。難民として入国した人は住む場所や働ける場所が限られている。サルサが許可されたのはマラキアと国境を接したアレッソ州内での居住のみで、難民向けの就職斡旋所から紹介された仕事にしか就けなかった。求人は飲食店のウェイターや安いホテルの従業員、農家の収穫時期に合わせた短期募集アルバイトなどだ。サルサはイグニスの言葉が話せたので、マラキアにいたころのように大使館で働きたいと思っていたが、アレッソ州に大使館やそれに関連する施設はなかった。あったとしても、難民ビザではその仕事に就くことはできなかっただろう。

 サルサは仕方なくアルバイトを掛け持ちして家計を支えた。以前のように体を売るようなことはしたくなかった。金を貯めるだけならその方が早いだろうが、亡くなった母と妹に申し訳が立たなかった。サルサの成人する誕生日に夢に出てきてまでお祝いしてくれた二人のためにも再び身を持ち崩すようなことがあってはならないのだ。誰よりもサルサの幸せを願ってくれた二人のためにサルサはまっとうに生きていくことを選んだ。

 サルサが多くシフトに入っていたのはピザ屋の配達だった。

「こんにちは。ピザ・シャトルです。ピザをお届けに上がりました」

 サルサは配達の住所を確認して玄関先でインターホンを鳴らす。閑静な住宅街の一角に佇むごく一般的な家庭だ。

「はい、すぐ行きますね」

 インターホン越しに客が返事をする。かすかに子供達がはしゃぐ声がしている。数秒後、母親らしき女性が玄関ドアを開けて出てきた。

「マルゲリータピザとシーフードピザです。お間違いないですね?」

「あら、あなた移民?」

 サルサの質問に返すことなく、客の女性は不躾に聞いてきた。

「あ、あの……」

 サルサはあまりにも唐突だったため答えに詰まってしまった。訛でそう思ったのだろうか、それとも褐色の肌がいけないのか。女性はサルサが動揺するとは思っていなかったようで慌てて付け加えた。

「ごめんなさいね。他意はないのよ。ただ、ちょっと巻き舌が訛ってそうだったから」

「ちゅ、注文はお、お、お間違いありませんでしょうか?」

 サルサはどもりながらマニュアル通りの台詞を言った。仕事だけはきっちりやり遂げなければと、それしか考えられなかった。

「ああ、マルゲリータピザとシーフードピザね。合ってますよ。配達ありがとう」

 女性はピザの箱を受け取ってドアを閉めた。

 サルサは今起きたことを忘れようとすぐに配達用のバイクにまたがった。

 自分の何がいけなかったのだろうか。仕事はきちんとこなしている。言葉だって、少し訛っていても聞き返されるほど発音が下手だと言われたことはない。いくつも仕事を掛け持ちして、ピザ屋のバイトだって、最初は電話番しかやらせてもらえなかったが、会社から免許の教習所の補助金を出してもらい、一発でバイクの免許を取って配達で稼いでいる。交通ルールをちゃんと守って時間内に届けることに関しては店舗で一番優秀なドライバーとして表彰されたことだってあるくらいだ。それなのに、ほんの少し訛っただけで嫌な顔をされる。いや、顔には出ていない。さも、単なる興味本位ですよという顔をしてこちらの事情を詮索するようにさらっと質問してくる。本当は警戒しているから聞いているくせに。こちらが自由に州外を行き来できる移民ではなく、税金で支えられている難民だと知ったらどんな言葉を投げかけてくるだろう。

 帰り道、サルサは少しだけ寄り道しようと店があるストリートとは別のストリートを通って帰ろうとしていた。いつもとは違う店が立ち並ぶ道を眺めていたら気が晴れると思ったのだ。店に近い道は寂れた商店街だが、その隣は高級ブランド店が立ち並ぶ繁華街だ。どちらの道を通っても五分と変わらないので、店長にバレないだろうと思った。

 時計を見ると夜の七時を越えていた。オシャレをしたセレブ達が楽しそうに店に入って行く。彼らは金髪や茶髪のイグニス人か、あるいは黒髪でほんのり色づいた肌をした移民のアケボシ人のどちらかだ。サルサのような褐色のマラキア人はいない。

 これがイグニス合衆国の現実だった。金を持っているのは一部の権益者のみで、外国人が夢見るような誰でも幸せに暮らせる世界はどこにもない。彼らの煌びやかな生活も、金も行く当ても頼れるコネもない難民や出稼ぎ労働者の移民、果ては不法入国者の労働力を搾取して成り立っている。

 サルサは悔しさで涙が止まらなかった。マラキアの血を継いで生まれて、穏やかで平和な暮らしを望むことは分不相応なのだろうか。寝る間も惜しんで働いて、その多くは経営者の懐に入るだけだ。難民は住居費や光熱費が税金で補助されているとはいえ、一端の生活をするのにもイグニスは金がかかりすぎる。贅沢がしたいわけではない。ただ、その日に食べるパンとおかずを買う金の心配をせず、朝起きて仕事に行き、夕方に帰る生活がしたいだけだ。週に一日か二日は必ず休めて、どこかへ出かけるためのヘアセットやドレスアップにほんのちょっとだけお金をかけたいだけなのだ。それを望むことがそんなに悪いことなのか。

マラキアでも誰もサルサの尊厳を守ってはくれなかった。イグニスに来ても、サルサの生活を守ってくれる人はどこにもいない。今日か明日、殺されるかもしれない恐怖がないだけマシになったでしょ、と言ってくれるだけだ。

 マラキアは怖かったでしょう。もう大丈夫だよ。ここは安全だからね。そんな言葉がありがたかったのは最初だけだ。彼らも難民が本当の意味で幸せになることなんざ望んじゃいない。平和で豊かで安心した暮らしは一部の既得権益者のみの特権で、その生活を維持するためには安い賃金で文句の言えない難民や出稼ぎの移民を搾取し続けなければならない。まるで現代の奴隷制度だ。彼らは難民の境遇を心配する善人の顔をして、難民の血と汗を食い物にする。

 ふと、ブティックの扉に貼られた求人広告がサルサの目に飛び込んできた。


“治験募集 最短1日 年齢性別人種不問 日給その場で支給 リヴォルタ社”


 募集内容はそれだけだった。イラストも写真も何もない。ただ黒インクで大きく全ての文字が紙全体に印刷されただけの張り紙だった。広告にしては地味すぎる。それが余計にサルサの気を引いた。

リヴォルタ社という名前は聞いたことがある。20年近く前、化学実験中に大規模な爆発事故を起こして一帯を立入禁止区域にした製薬会社だ。治験ということだが、新薬の開発が再開したということだろうか。

 場所は隣のハプサル州――リヴォルタの本拠地だ。“人種不問”という言葉にサルサは魅力を感じた。どこから見てもマラキア出身のサルサでも受け入れてもらえそうな気がした。だが、難民がこの治験に参加できるのかわからなかった。

 サルサは携帯電話を取り出した。格安で契約しているので電話をかけるごとに割高の電話料金を取られてしまう。それでもサルサはその求人広告に応募しないではいられなかった。

「はい、こちらリヴォルタ社です」

「あの、治験募集の広告を見たのですが……」

「治験の応募ですね」

「はい」

「お名前と連絡先をお願いします」

「えっと……」

 サルサは一瞬ためらった。

「マリア・タングェスです。連絡先は……」

 サルサは偽名で治験に応募した。難民であることは伝えなかった。

「ではミズ・タングェス。来週の日曜日の午後2時にお待ちしております」

 電話はそこで終わった。まさかこんな簡単に応募できてしまうとは思わなかった。いや、これは面接の予約を入れただけか? サルサは電話を切ってしまってから思い立った。履歴書などの持ち物に関しては一切話されなかった。持参不要ということなのか? しかし、再度電話をかける金銭的余裕はサルサにはない。とりあえず、当日は履歴書や筆記用具、難民証明書などを持参して行くことにした。


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