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黒煙のコピアガンナー  作者: サーシャ
第二部 フレイムシティ編 第一章 夫人護衛任務
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マラキアの女 第一話

 熱を帯びた風が足にまとわりつく。焼けた家屋からくすぶる煙が目に沁みる。吐き気がする人肉の焼ける臭いはもう慣れてしまった。

 サルサは暴動が終わったばかりの市場を歩いていた。ここはマラキア・デラ・テッラの首都、ヘルヴァ。サルサがリヴォルタのチーフガンナーになる20年近く前のことだった。

 マラキア・デラ・テッラは紛争の絶えない国だった。イグニス大陸南西部にあるマラキア半島からなる小国は治安が悪く常にクーデターや暴動が起きていた。

 田舎の農村で生まれたサルサは10歳の時に父母と15歳の兄、8歳の妹の五人家族で首都に引っ越した。よりよい収入を求めてのことだった。しかし、その直後、イグニス合衆国にルーツを持つ大統領が暗殺されたことをきっかけに治安は悪化の一途をたどった。

父は就職できずに酒浸りになり、母が裕福な家庭の下働きで家計を支えた。兄はクーデターに加わると言って家を出て、サルサと妹のライヤは学校に行きながら家事をした。

 運が良かったのは、サルサが勉強が得意だったことだ。母が働いている家庭はイグニス合衆国とも繋がりがあった。サルサは母の仕事の手伝いをする傍ら、雇い主の妻ケリーからイグニス合衆国の言葉を学んだ。読み書き計算をマラキア語とイグニス語でできるようになったサルサはやがて通訳の仕事をするようになり、一家の稼ぎ柱になった。

 その生活が一変したのは、何でもないいつも通りの日曜の朝だった。

 17歳になったサルサは学校には行かず、ほとんど仕事で家を空けていた。その日曜日は久しぶりの休みで母とライヤを連れてケリーと市場に買い物に来ていた。

 砲声を聞いて、母とサルサは咄嗟にライヤを囲んで防御姿勢を取った。ケリーもメイド達と市場の隅で身を縮こまらせた。

「奥様、逃げましょう」

 最初にそう言ったのはサルサの母だった。

「この近くに避難所は?」

「公会堂の半地下がいいわ。あそこならきっと助けてくれます」

 ケリーの提案で一同は公会堂へ向かった。砲声はみるみる近づいており、流れ弾が近くの外壁に当たって砕けた。

 公会堂の半地下はサルサ達と同じように突如始まった暴動から逃げ延びてきた人達で埋め尽くされていた。頑丈な扉で守られた公会堂の半地下は静かだった。時々、近くに砲弾が落ちると揺れるだけだ。こんな事が日常茶飯事になってしまった彼らにとってそれは耐えていればいつかは過ぎ去る程度のものだった。

 2時間ほどしただろうか。砲声が止んで30分以上は経ったはずだ。人々はそろそろ外に出ても大丈夫なのではと思い始めていた。

「終わったか?」

「残党狩りがいるかもしれない。少し待とう」

「でも、ずっとここにいるわけにもいかないし」

 サルサは立ち上がって尻込みする大人達の会話に割って入った。

「私が見てきます」

「サルサ、やめなさい」

「そうだよ、お姉ちゃん」

 母とライヤが口々にサルサを止めに入る。

「いつまでもここにいても仕方ないのは本当よ。私が出て安全かどうか見てくるから、皆さんはここにいてください」

 サルサは勇敢な女性だった。反イグニス派の過激派政党が政権を奪取してからもイグニス合衆国との取引の場に出て通訳として交流を深めてきた。暴力でしか物事に働きかけることができない人達とは違う。7年もの間、不安定なこの街で生き残ってきた。危険かどうかを見極める嗅覚は鍛えられている。

「すぐに戻りなさい」

「大丈夫だから、ママはライヤと一緒にいて」

 サルサの言ったら聞かない性格は母もよく心得ていた。サルサを抑えていた手を放して、母はサルサを外へ行かせた。

 扉を開けた瞬間、熱風が押し寄せてきた。階段に木材の燃えカスが散らばっている。サンダル履きのサルサは足に直に熱波を浴びながら階段を上がった。

 地上に顔を出す前に一度様子をうかがう。地上は無音に近い状態だ。

 生きている人の気配はない。勢いがあるのは燃え盛る炎ばかりだ。サルサは意を決して地上へ出た。

 砲声はどこからも聞こえてこないし、武器を持った人も見当たらない。10分ほど歩き回った後、サルサは安全だと判断して公会堂に戻った。

 公会堂に近づくと嫌な予感が頭をよぎった。何やら騒がしいのだ。先程までしんとしていた市場に人の叫び声がこだましている。サルサは急ぎ足で角を曲がった。

 公会堂の半地下の辺りから煙が上がっているのが見えた。

「ママ! ライヤ!」

 サルサが走り寄ろうとすると男達に取り押さえられた。

「危ない!」

「入っちゃダメだ!」

 男達は暗殺された大統領が所属していた政党のバッジをつけていた。暴動の鎮圧にかけつけたのだ。

「ママと妹がいるの!」

 強引に公会堂に入ろうとするサルサの肩を掴んで、男はサルサの目を見て言い放った。

「もう手遅れだ!」

 それを聞いて、サルサの目から生気が消えた。

 その場でへたり込んだサルサは運び出されていく丸焦げの遺体を全て見届けた。どれが母とライヤかなどわかるわけがなかった。身元不明の遺体の多数は鎮圧部隊がまとめて弔った。

 サルサが家に帰ると、父がのんきに酒を飲んでいた。

「遅かったな」

 父は市場で暴動があったことすら知らないようだった。

 サルサは無視して寝室へと向かう。

「ママとライヤはどうした?」

 父は酒臭い息を吐きながら質問してくるが、サルサに答える気力はなかった。

 翌朝、サルサは家を出た。何かもかも投げ出してしまいたかった。市場は翌日には簡単な修繕をしただけで営業が再開し、何事もなかったかのように日常に戻っていた。それはいつものことなのだが、サルサはこんなに恨めしく思ったことはなかった。自分の日常は二度と戻ってこないのに、当たり前の日常を享受している他の人達が憎らしかった。

 夜になると街は違う姿を見せ始める。目がチカチカするカラフルな看板が光り出し、着飾った女が路上に立つ。鼻息を荒くした男達が目の合った女と共に建物の中へと吸い込まれていく。嗅いだことのない甘い匂いがドラッグか香水かサルサにはわからなかった。

「君、いくら?」

 振り返ると、男が立っていた。兄と同じくらいの年齢だろうか。目を半月型にしてニヤニヤこちらを見る男の質問の意味を理解したサルサはその場を離れようとした。

「何だ。そういうんじゃないのか」

 男が吐いた捨て台詞は思っていたほどトゲのある感じがしなかった。サルサがここでは新参者だというのを察したらしい。

 いずれにせよ、ここにいたら男達からいやらしい誘いを受け続けることにはなるだろう。サルサには行くべき場所もなければ今夜泊まる場所もない。野宿をしていて襲われるよりは自分の意思で相手を選ぶ方がまだマシな気がした。

「待って。相場はいくらなの?」

「200。でも君なら500かな」

 男はそう言った。サルサは目を丸くした。一晩で500というのはサルサが新参者だからだとしても高額すぎる。サルサが一週間休まず通訳の仕事をしても50しか稼げない。それが一晩で500。それ以降も一晩で200もらえるのだ。

「いいわ。500で相手してあげる」

 サルサは男に連れられて安宿に泊まった。男はサルサが一日何も食べてないと知るとクッキーをくれた。イグニス語で書かれたパッケージのクッキーはボソボソしていておいしくなかった。だが、こんな気持ちでクッキーを貪り食ったのは初めてだった。


 それから半年近くが経った。サルサはすっかり歓楽街の常連になっていた。昼間は稼いだ金で好きなだけ飲み食いし、夜は手頃な男の相手をして過ごす。男達はサルサの若い肉体をありがたがった。田舎育ちのサルサは足腰が強く、どれだけ激しくしても夜通し楽しめる。相場より少し高い値段でサルサを買う男が多かった。そのおかげで余裕があったサルサは気に入った男がいない夜は仕事を休んで自分の金で宿に泊まった。

 ある夜、サルサは夢を見た。母とライヤがとても幸せそうな顔でこちらへ歩いてくる。サルサはカラフルな民族衣装に身を包んでいる。二人ともサルサを見て喜んでいる。とても満ち足りた時間だった。

 サルサは目を覚まして時計を見た。その晩、泊まった宿のベッド脇の時計は日付や気温、湿度などが表示される仕様だった。サルサは今日が自分の18歳の誕生日、つまり成人の儀が行われる日だと気付いた。

 母はサルサの成人の儀の民族衣装を買うためにお金を貯めていた。あと半年というところで死んでしまった。だけど、サルサの夢に出てきてライヤと共にサルサの成人の儀を祝ってくれたのだ。

 こうしてはいられないとサルサは思った。ここで身を腐らせていては死んでしまった母とライヤに示しがつかない。一刻も早く自堕落な生活を辞め、自立しなければならないと決意した。

 サルサはイグニス合衆国の大使館へ行った。イグニス語が話せるサルサなら仕事はあるはずだと目論んでのことだった。受付でイグニス語を話したらすぐに職員が対応してくれた。難民申請がすんなり通り、サルサは生き地獄から抜け出すことに成功した。

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