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黒煙のコピアガンナー  作者: サーシャ
第二部 フレイムシティ編 第一章 夫人護衛任務
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第三十六話 前編 キャシー・ベリー作戦④

 アンドリュー・イーデルステイン選挙応援パーティの会場となっているホテルの地下2階に警備室はある。そこは全警備員の拠点となり、そこで仕事の支度をした警備員が全フロアへ巡回に出る。警備室の奥には監視カメラのモニターがズラッと並べられたモニタールームという部屋があり、シフトによる交代制で警備員が常時モニターを注視している。

 コーディは選挙応援パーティが始まる直前の巡回を何事もなく終え、少し時間に余裕があったためモニタールームを冷やかしに行った。

「ヘイ、皆。仕事はどうですかい?」

「コーディじゃねえか。お前も食え」

 モニターから目を離さず、同僚がコーディに袋を差し出す。コーディが気に入っていた近所のスーパーで買える格安のトウモロコシスナックだった。

「ほいじゃ、もらいます」

 モニタールームは常にお菓子だらけだった。動かずずっとモニターに目を向けているのは退屈だから、気を紛らわすために皆してお菓子を持ち寄るのだ。そのくせ、食べ終わったお菓子の袋を放置して帰る。モニタールームに清掃は入らないので、誰かが善意でゴミを片付けない限り、数ヶ月以上前のお菓子の袋がその辺に転がっているような有様だった。

 コーディはちょっとお菓子をもらったら仕事に戻る体で余ったイスに腰かけてお菓子を摘まんでいた。モニターに何気なく目がいったフリをして、選挙応援パーティをやっている大広間付近の監視カメラの映像を探してチェックしている。今のところ何も映っていないようだ。騒ぎが起きている様子もなく、予定通りにパーティは進行しているらしい。

ジェシーの様子を知りたかったが、それは難しそうだった。コーディは諦めて仕事に戻ることにした。

「さて、じゃ、俺また行ってくらぁ」

「おう、頑張れよ」

 コーディはモニタールームを出て、バックヤードの従業員用のエレベーターへ向かった。コーディがモニターから目を離してすぐ、大広間近くの廊下を通過するアマンダとキャシー・ベリーに扮したジェシーの姿が一瞬だけ監視カメラに映って消えた。だが、モニタールームにいた誰もそれを目にすることはなかった。


*     *     *


 選挙応援パーティの会場のホテルの屋上に1人の男が舞い降りた。

 他の建物から飛び移るその姿は黒いマントで隠されていた。高層ビルの立ち並ぶ大都会の空はすっかり日が落ちて、男の行動を誰かに目撃されることを防いでくれていた。

 男は屋上に設置されているはずの監視システムの制御装置の蓋を探す。監視システムに侵入するプログラムは既に用意されていて、制御装置にそれを繋ぐだけだった。全ての監視カメラの映像が切り替わり、侵入者が自由に動けるというわけだった。男は制御装置の蓋を開け、USBメモリを差し込んだ。

数秒後、監視システムの制御装置は完全に乗っ取られた。監視カメラは無人の映像をループするようになり、侵入する準備は整った。


*     *     *


 向かいの建物の屋上で見張りをしているジョンとニッキーは寒さに凍えていた。

「毛布持って来ればよかったわ。これじゃどうしようもない」

「これ着とけよ」

 ジョンが自分のコートをニッキーに寄越す。ジョンが自分のアルバイト代で初めて買ったコートだった。ニッキーはそれを一緒に買いに行って、嬉しそうに試着するジョンを思い出してクスっと笑った。

「あったかいね、これ」

「だろ」

 ニッキーのほっとした顔を見てジョンも少しだけ嬉しそうな顔をする。ぶっきらぼうだが、ジョンは案外面倒見がよくて、他人思いなのだ。そうでなければいきなりギャングに入ってきた妹のアマンダの教育係など引き受けないし、こんなに遠くまで追いかけても来ない。

 この旅を通じて、ニッキーはジョンの優しい部分をたくさん知った。その優しさは普段はギャングの奪略部隊としての矜持で覆い隠されている。だが、根は優しくて、自分の強さを他人を守るために使いたいと願ういいヤツだ。ニッキーは次第にジョンのそうした部分に惹かれていた。

「お前も少しは見張っといてくれよ。俺達しか自由に動けねえんだからな」

「そうね、せっかくすごい物をカズラさんが用意してくれたんだもの。使わなきゃもったいない」

 ジョンとニッキーはそれぞれの暗視スコープでホテルの隅々まで見ていく。大広間があるフロアからは豪華絢爛なパーティの様子が垣間見える。ニッキーはどうしてもドレスを着た女性に目が行ってしまう。様々な人種や体型の人が色とりどりのドレスをまとって楽し気におしゃべりしている。肌の色や、身長、体格に関わらず、ドレスは全ての女性を美しく着飾ってくれる。似合う色、デザインのドレスを着れば、どんな人でもたちまちスターのようだった。

 その中でも一際輝いて見えたのはキャシー・ベリーに扮したジェシーだった。

 サクラ色のドレスの裾をゆったりとなびかせて優雅に歩くジェシーはパーティに参加している全ての女性の美の頂点に立っていた。暗視スコープ越しでもよくわかるその稀有なオーラにニッキーはしばし見惚れてしまった。

「なあ、今、誰かいなかったか?」

 暗視スコープを覗き込んだままジョンが話しかける。

「え、何?」

「屋上だよ。何か動かなかったか?」

「屋上? そんな所に誰が行くのよ」

 ニッキーは暗視スコープを屋上に向けてみるが、動いている物は何も見えない。

「雲でも見たんじゃないの?」

「バカ言うな。人影みたいなのが一瞬見えたんだよ」

 ジョンももう一度隈なく屋上を探すが、何も見えなかったようで首をかしげている。

「見間違いでしょ。それに、誰かいたとしても関係ないよ。どうせホテルのお客さんか誰かが隠れてタバコでも吸いに来たんでしょ」

「そういうことか……?」

 ジョンはまだ疑っていたが、考えても仕方ないので渋々大広間の見張りを再開した。ニッキーは携帯電話のメッセージ機能で「異常なし」と打ってカズラに送信した。


*     *     *


「今更こんな所まで来て、何だって言うの!?」

 廊下にアマンダの怒声が響き渡る。

「バカ! 聞こえるだろ!」

 ジェシーがアマンダを壁に押し付けて口を塞ぐ。

 ドレスを身にまとった兄の姿に様々な感情を爆発させるアマンダは自分でもこの気持ちをどうすればいいかわからなかった。細長くて冷たい指の感触は間違いなくジェシー・ローズその人だ。死んだと思っていた実の兄が目の前にいるのに、アマンダは嬉しいという感情には出会えなかった。

「放して!」

 アマンダはジェシーの腕を掴み、口を塞いでいた手を引き剥がす。

「アマンダ、一緒に帰ろう」

「嫌だよ」

「何言ってるんだ。バークヒルズで皆が待ってるんだぞ」

「そんなの関係ない。私はここで暮らすって決めたんだから」

「意固地になるなよ。僕が悪かった。お前も本当は帰りたいだろ?」

「いい! もういいったら!」

「何でなんだよ!」

 ジェシーはアマンダの腕を引っ掴んだ。アマンダはそれを振りほどこうと必死に抵抗する。ドレス姿の兄とパンツスーツ姿の妹の取っ組み合いのケンカが始まってしまった。

「嫌だって言ってるのに!!」

「いいから来いって言ってんだよ!!」

 ヒールを履いているくせにジェシーはふらつく素振りを一切見せない。恐るべき体幹でしっかりと立ちはだかり、アマンダを無理矢理連れて行こうとした。

「イヤあああああ!!」

 体力では勝ち目がないアマンダは声だけは負けじと必死に叫ぶ。ジェシーは他人に気付かれる前に出て行こうと歩みを早める。引きずられるようにしてバックヤードの扉へ歩かされるアマンダ。その時、ジェシーはバックヤードの構造まで調べてここへ来たということがわかった。そうまでして自分を連れ戻しに来たのか。このままでは自分の新しい生活が終わってしまう。またあの屈辱の日々に逆戻りだ。誰も気にも留めてくれない、虐げられ、陰口を叩かれ、ただひたすら押し付けられた仕事をこなすだけの毎日に引き戻されてしまう。

「おい! アマンダ!!」

 ピートの声がジェシーの足を止めた。

「ピート!」

「そいつ誰だ! 何やってんだ!」

 ジェシーが一瞬だけ見せた隙にアマンダは手を振りほどいてピートの後ろに回った。

「あれ、ジェシー兄さん」

「マジか!?」

 ピートはジェシーの全身を眺め回す。

「お前の兄貴、本気なのかよ?」

「それどっちの意味?」

「どっちもっていうか……」

「あっちのは知らない。こっちのは本気」

「了解」

 ピートは真面目な顔に戻った。

「死んだって噂は俺達を惑わすための作戦か? アマンダに何かしようってならまず俺が相手になるぜ」

 ジェシーはピートのたたずまいだけで猛者の空気を感じ取っていた。先程隙を見せたのも、ただならぬオーラに警戒心が生じたからだ。ジェシーは足を開き、ピンヒールが絨毯にのめり込むほど足の裏を床に押し付けた。

「妹を返してもらう」

「やってみろよDV兄貴」

 ジェシーはピートに飛び掛かった。ピートは軌道を読んでさっと片足を上げて横に逸れる。ジェシーはそれを見越して体を回転させて蹴りを入れる。ピートは片手でジェシーの足を掴んで放り投げた。吹っ飛ばされたジェシーは窓の付近で着地する。

 ジェシーの髪が解ける。美しく手入れされた金髪は月明かりを背にして冷たい光を放った。

 それよりもずっと冷たい光を放つ両の青い目がピートを見据えていた。いや、あの光は今や単なる氷のように冷たくはない。目的のために燃え上がる青い炎のようにメラメラと燃えたぎっていた。

 ピートのあれが普通ではないことはジェシーもあの一瞬でわかった。人間離れした筋力の持ち主相手ではジェシーが得意な近接戦闘も歯が立たない。武器でもあればよかったが、手荷物検査のために武器として使えそうな物は全て置いてきてしまった。このままなんとかしなければならないが、ジェシーでもすぐには案を思いつけなかった。

「アマンダ、会場に戻ってろ」

「うん!」

 大広間の扉へ向かうアマンダの姿を隠すようにピートが廊下の真ん中に立つ。すぐに手出しができないジェシーは見えなくなったアマンダを目で追うしかない。

 今度はピートの方が先に動いた。ジェシーはそれに反応してピートに向かって走り出す。2人は互いの攻撃を避けて立ち位置を入れ替える。ジェシーはピートの後ろに抜けていき、ピートは勢い余った状態からジェシーに向き直ろうと踵を返したところだった。

「きゃあ!」

 アマンダが悲鳴を上げて暗がりへ消えていった。

「アマンダ!?」

「おい! どうした!」

 ジェシーとピートは事態の急展開に一斉に叫んだ。

「今の見たか?」

 ジェシーが思わず普通にピートに話しかける。

「見た」

 ピートも即座に返事をする。

「消えたよな?」

 ジェシーはピートの顔を見て何か知っているのだと悟った。恐れていた中で最も最悪の事態が起きているのだ。

「ああ。あれは、アイツだよ」

 ピートは無線でライラックを呼び出した。

「姐さん、アイツです。ウォルトをやったヤツが来てる」

 ピートは二言三言無線に向かって話すと、ジェシーの顔を見た。

「ヤベエ奴にアマンダを取られた。一緒に探してください!」

「ああ!」

 ジェシーは力強くうなずいた。ピートとジェシーはアマンダの消えた方向へと走り出した。

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