春と桜の匂いとプロポーズ
ようやく書けました。
私、井村渚は24歳のOLだ。大学を卒業して、すぐに彼氏の加野大地と同棲している・・・けど、この彼が超のつく奥手なんだ。
付き合って・・・キスして・・・それから・・・時間経過というより、精神的時間経過が遅く感じる・・・でも、幸せなんよ私。
結婚は互いに意識している(思いたい)。あいつ最近いつもなにか言いたそうな顔してるもん。硬派気取りなのは、別にいいけど決めるところは決めて欲しいよね・・・シャイなの・・・優しい人なの。
私は社会人2回目の春を迎えた。
ぼちぼち桜も八分咲き、朝は寒いけど、日中はあたたかい。
今日は久しぶりに大地と休みが重なる。
さっきから、彼は落ち着かない、しきりに部屋の中をうろうろとしている。
そろそろアレ言うのかな。
「渚」
「ん?」
「そのへん散歩しないか」
「いいよ」
「ちょっ、準備して」
「うん」
そそくさと大地は隣の部屋へ・・・そっと覗き込むと、なにかしきりにメモを読んでいるけど・・・分かり易くて、見え見えで、それが可愛らしいし、愛おしい。
うららかな春日和の中、私たちは手を繋ぎ川沿いの土手を歩く。
桜並木が本当に美しい。
ランニングする人に、散歩する老夫婦。
冬場のこの道は、寒々として通る人も少ないけど、こういうのでも春を感じるね。
ふと、ぎゅっと握りしめられる手、大地のぬくもり・・・嬉しい。
「あのさ」
じっと、私の瞳を見つめる大地。
もごもご、口元が動いているけど言いたい事が言えない。
うん、緊張しているね。
リラックス、リラックス。
「・・・・・・」
ん、もう。
私は大地に笑いかける。
「お腹すいた」
「えっ」
「行こ」
私は彼の手を引く。
「・・・うん」
拍子抜けする彼・・もう。
私たちは近くのコンビニで、おにぎりとパンを買うと、土手に座って桜を眺めながら、遅いお昼をした。
西日が眩しいが、ちょうどよい、あたかい気温が心をもほっこりさせる。
紅茶を啜り、桜を見あげる・・・いいねっ。
大地は早々におにぎり二個とカレーパンを食べて、またソワソワしだしている。
まったく・・・まったくだよ、その緊張感こっちにもまるっと、伝わっているんだからね。
私はようやくおにぎりを食べ終えて、紅茶のボトルキャップをしめた。
「・・・あのさ」
「うん」
もごもご・・・ん、もう。
「大地、かけっこ」
「へっ?」
「よーい、どん!」
私は全力で土手の斜面を走り、道にでた。
少しは肩の力抜きなさいよ。
「はあはあ」
「ぜいぜい」
およそ8㎞爆走した私たちは、ゆっくりと帰路につく。
「ちょっと頑張り過ぎたね」
「なんで急に走り出すんだよ」
誰のせいだよと、私は心の中で悪態をついてみる。
気づけば、夕暮れ。
家のアパート近くの公園のベンチで一休み。
私たちはブランコに乗った。
隣の大地は立こぎで、勢いをつける。
「じゃ飛ぶぞ」
「いい年してあぶないよ」
「大丈夫!せーの!」
瞬間、公園の夜桜が、風に吹かれ舞った。
鼻先に匂う春と桜と幸せの匂い。
彼はすうっと息を吸い込んだ。
「結婚しよう!」
電灯に照らされ空を舞う、彼のシルエットはスローモーション。
「うん!」
私の返事はコンマ一秒、素直に言える言えた。
それから、
「はい、よく言えました」
と大地の頭なでなで。
「なんだよ、それ」
口を尖らせる愛しい人に。
「うふふ、ありがとう」
と、唇を塞いだ。
おしまい
※ほかの匂ひ物語読んでくださったみなさんへ。
パチパチパチどこからともなく拍手が聞える。
空耳か、ふわりふわり桜の花びらが祝福のダンスを踊っているようだ。
(おめでとう)
風に乗って、ふんわり聞える祝福の声。
続いて、現実の拍手、公園のトイレから、または滑り台や遊技道具の影から、草むらからご町内の人々が拍手で現れる。
「おめでとう」
「おめでとう」
その中には、勿論2人の両親そして親族もいる。
「おめでとう」
「ありがとう」
おしまい。
読んでいただき、ありがとうございます。