夜の国
「ああぁあ!!」
「!?どうしたんだ?オーゼン君?
オーゼン君!」
気付けばオーゼンは、目の前にいたヨルムに飛びかかっていた。
しかし、相手は鍛えている実力者。
すぐに、逆に押し倒されてしまった。
背中に感じる、ふんわりとした感触。
オーゼンは、布団の上にいた。
クヒラ王国のものと違い、とても分厚くて、今までに感じた事がないくらいふわふわしていて、それでいて、とてもひんやりしていた。
更に、辺りが暗い事にも気づく。
クヒラ王国は常に明るかった為、違和感を感じたが、オーゼンはこの暗さを不思議と懐かしく感じた。
夜の国【ユーラン王国】
そう呼ばれる通り、太陽の変わりに月が空を支配する、常闇の王国。
オーゼンが眠っている間に着いたらしい。
ついでに、介抱してくれたであろう相手に飛びかかってしまうという恥を晒したらしい。…最悪だ。
しかも、従者であるファーラの額には青筋が浮かんでいて、今にもオーゼンに殴りかかりそうな雰囲気だ。…本当に最悪だ。
「ご…ごめんなさい!僕、そんなつもりじゃぁ…」
「大丈夫だよ、オーゼン君!怖い夢を見ていたんだよね?ずっとうなされていたから…。」
オーゼンが必死に謝ると、ヨルムは優しくオーゼンの頭を撫でてくれた。
「よしよし。怖くない。ほら、もう怖くないよ。」
長い間、熱に焦がされてきた皮膚にヨルムの冷たい手が触れ、とても気持ちいい。
オーゼンが、まどろんでいると、ふいに鋭い視線が刺さる。
…ファーラだ。
ファーラが、オーゼンを鋭く睨んでいて、そして少し泣いていた。
顔に、【あんな事をしたくせに羨ましい】と刻んであるが…、見なかったことにして、瞼を閉じる。
(そうだ…。僕が、誰かを蹴落としてまで生きようだなんて…、あり得ないんだ。)
オーゼンは、先程の夢の内容を必死に忘れようとした。あまりにもリアルな夢だったが、それは夢でしかないんだと、自分に言い聞かせる。
「お腹空いてると、変な夢見ちゃうよね。スープを作ったけど、食べれるかな?」
「た、食べれます!」
オーゼンは、先程瞼を閉じたばかりだとに、今度は勢い良く目を開けて答えた。
それに、クスクスとヨルムが笑う。
「良かった。ヤドネワニのスープを作ったんだ。肉は貴重だから、少ししか入ってないけど…」
そう言われて、目の前に差し出されたスープは、抗いがたい様な良い匂いを放っていた。
スパイシーで、そして油の乗った肉汁が、汁一杯に広がった匂い。
サソリも分けてもらえなかった身分からすれば、それはもう、充分過ぎる程のご馳走だった。
「起きれる?自分で起きれないなら、私が起こして食べさせて…」
「起きれません…」
本当は、頑張れば起きれない事もないが、気付けば、全力でヨルムに身を任せている自分がいて驚いた。
ふーふーしてもらって、ヨルムの腕の中でスープを食べさせてもらう。
それはそれは、幸福な時間だった。
暗闇を照らすランプの光がまた、良い。
ファーラが、これ以上ない程きれているが、気にしない事にした。病人だから。
しかも、落ち着いて見てみると、ヨルムは月明かりに照らされて、とても綺麗だし、ファーラも黒い布を取ると、ヨルムと同じく青白い肌に、黒いウェーブがかかった髪を首まで伸ばした凛とした顔つきの背の高い青年で、とても映える。
まるで、絵画を見ているような気分だ。
オーゼンが魅了されていると、ヨルムが「どうしたの?」と心配そうにこちらを覗き込む。
とても良い匂いがした。
「いや…、凄くスープが美味しかったから…」
「そうなんだ。良かった!喜んでくれて。」
ふわっとヨルムが微笑む。
思いきって、王族に啖呵を切って良かったと思った。