孤独の反乱
「では、王子。お言葉を。」
王子は神官の言葉を受け、両手を広げて、国民に堂々としてはいるが、滑舌の悪い口調で語りかけた。
「えー、おほん。皆様、本日はこの様な場にお集まり頂き、誠にありがとうございます。私、ヒルウは、この様な…へへ。美しい姫ぎみと婚約できる事を、とても喜ばしく思いますゥ。
これからは、二人でこの国を導いていける様、力を尽くして参りたいとォ、思いますゥ。」
中身のない演説に、あり得ない程の拍手が起きる。
ヨルム姫をみると、顔には出さないものの、何とも言えない不快感をあらわにした目をしていた。
「では、誓いのキスを!」
神官の言葉に、露骨に鼻息を荒くする王子。
ヨルムはというと、外行きの王女らしい顔を作ってはいるが、体が強張っている。
目の前にいるのは、汚いただの獣でしかないのだ。それを肌で感じているのは、ヨルム本人だろう。
だが、ヨルムは国を担う姫という立場だから、この場から逃げられないのだ。王子が腕を広げ、ヨルムはそれを強張りながらも受け入れる体制を作った。
オーゼンはそれに耐えられず、気付けば、壇上へと続く長い階段をかけあがっていた。
…が、途中で脛をぶつけ、盛大に転んだ。
兵がオーゼンの元へ駆けつけ、押さえ付ける。
王族が奇声を発し、王子もこちらを指差して何かを喚いていた。民衆も騒いでいる。
どうやら、「殺せ!」と言っているらしい。
ヨルムが、驚いた顔でこちらを見ている。
皆もオーゼンだけを見ている。
今まで見向きもしなかったくせに、今だけはオーゼンを見ている。
オーゼンは叫んでいた。
「やめろ!その汚い手をどけろ、獣がぁ!
何が神だ!お前らは神に祈る価値もない下衆だ!
神は!この国をこんな風に扱ったりなんかしない!お前らのエゴがこうさせたんだろ!?目を覚ませぇ!」
王族は、あからさまにギョッとした顔をした。どうやら、図星をついたらしい。
やがて、ワナワナと震えると、今度は側にいた国王である老人が喚きだした。
「黙れ、わっぱ!民ごときが偉そうに何を言っておる!さっさと処刑しろ!」
命を受けた兵が、オーゼンを殺そうと斧を振り上げた時だった。
「もう止めましょう。」
凛とした声が響く。ヨルムだった。
ヨルムは呆れた様に溜め息をつくと、オーゼンを庇うように立つ。
「こんな小さな子供相手に、だいの大人がみっともない…。斧を下ろす様に言ってください。」
そう隣にいた王子に伝えるも、振られた王子はどうしたらいいか分からず、「あ…え…」と狼狽えている。
「斧を!おろせと言えと言っている!それでも貴様は王族か!」
「え…は、はい!兵共、斧を下ろせ!」
まさかの、妃になる筈の人物に凄い剣幕で怒鳴られた王子は、あたふたしながら兵に命を下した。
兵も急いで斧をしまい、オーゼンから離れる。
それに怒ったのは、国王だ。
ヨルムを老人とは思えぬ目付きで睨み付けると、腹の底からくぐもった声を響かせた。
「姫よ…。お前の主に対してその態度は何じゃ…。取り消せ、今、すぐに…!」
だが、ヨルムは負けていなかった。
「失礼ですが、国王様。撤回は出来ませぬ。私の主とは、この男の事でしょうか?
この下衆な男を、主と認めろと?
しかもあなたは、民に対し、【ごとき】という言葉を使った…!
守るべき存在に【ごとき】など、あり得ない。
色々と残念だ。教養は長い年月の最中でどこかに落としたのか?
王としての自覚を持たれよ!」
視線と視線がぶつかり合う。オーゼンは目を反らす事が出来なかった。
今はじめて、この王国に対して意義を唱える瞬間をみているのだから。