7間 男、義理を果たす
「どうぞ、お気をつけてください!」
『さんいち』は、よりにもよって眩しいくらいの満面の笑みで俺を見送ってきた。
最悪だ。
そういえば、と俺はそこで思い出した。
空き缶をぶちまけても誰も拾ってくれないようなロクでなしばかりの中、ただ純粋に拾ってくれた人が1人いたことを思い出した。
その子にまだ何もお礼をしてなかったっけか。
「……悪いことは言わない。その『ヒゲの人』って野郎に会うのはやめておきなさい」
予想通り、『さんいち』は、え? と小首を傾げて疑問を示してくる。
あまりにも無知なそれに、呆れを通り越して、他人事だと言うにムカついてくる。
「『未成年、援助交際』で調べてみれば分かる。それを見てもまだ『ヒゲの人』に会うなら好きにすれば良い。インターネット使えるんだから調べられるだろう?」
「調べられないです、携帯は捨てましたから」
はあ? と思わず声が出てしまった。
ならば、どうやってその男とインターネットを通じて連絡を取っていたというのか。
それを聞こうとしたところで、俺は、彼女の背後に建っている雑居ビルの3階フロアがインターネットカフェであるという看板を目にした。
ガシガシと乱雑に頭を掻くと、フケが粉雪のように落ちていくのが見えた。
「ともかく、このまま大人しく家に帰って親に怒られるんだ。そして今日の事は悪い夢だとでも思って忘れるのが、一番幸せな選択肢だと、オジサンは忠告しておく」
俺がそう親切で言ってやってるのに、少女はなぜか不機嫌そうに唇を尖らせた。
「ご忠告ありがとうございます。ですが私が決めたことですので、あなたには何の関係もないことですよね?」
小学生のくせに、少しも委縮せずに言い返してくるあたり将来有望だ。
「あのな、俺は老婆心で言ってやってるんだ。お前より何年生きてきてると思ってんだ、どうせしょうもないことで家出でもしたんだろ?」
俺の言い方が癪にでも触ったか、『さんいち』はキッと俺を鋭く睨み上げてきた。
「すみません、私、お説教って嫌いなんです。先生とかならまだしも、なんの関係もない人にお説教されてもなんの説得力もありません」
このクソガキ……。自身のこめかみがピクピクと痙攣しているのが分かる。
「ああ、そうかよ」
さっきから俺は何をムキになっているんだ。この子の言う通り無関係だろ、こいつがどうなろうと知ったことではない。だから俺は一刻も早くこの場を去ろうとしていたのではなかったのか。
「後になって、やっぱりあのオジサンの言う通り家に帰っていれば良かったわって後悔しても知らないかんな」
これで一応大人としての役目は果たした。これなら多少は罪悪感を感じずにいつもの生活に戻れそうだ。
――――大人の汚い所を見てせいぜい立派な大人になるんだな。
そう心の中で吐き捨てて、俺はリヤカーを引き帰路に乗せる。
「…………私に帰るところなんてない、私は自由に暮らすんだから……」
風に乗って、その消え入りそうな少女の一言が俺の耳に入ってくる。
「…………ああ、クソっ……」
本当に、今日一日だけで神様っていうのが嫌いになりそうだ。