1-3-B. くじ引きとその結果
しかし、現実は非情だった。
「申し訳ないよー……」
「くじだから、そこまで落ち込むこと無いってば」
「いやー……、そうは言ってもさぁ」
くじ引きの神は我らが二年三組には味方してくれなかった。
飲食を伴う模擬店の権利は残念ながら二年生では五組と七組に流れてしまって、ボクらは第二候補になっている『ホラーハウス』を開くことに決まった。
「私、けっ…………こー、くじ運イイんだよ?」
すみれは今でも地団駄を踏みそうな勢いだ。
そのタメの長さはくじ運が良かったアピールなのか、それともくじに外れた悔しさが露出してきたせいなのか。
案外、そのどちらにも当てはまっていそうだった。
時折歯を食いしばったりもしているが、あれはもしかすると気を抜くと唇に穴を開けてしまいそうだからなのではないだろうか。
ここまで悔しさを前面に出してくるとは思っていなかった。
「外れるとは思ってなかったから、ショックでかすぎー……」
「そこまで自信あったんだ」
「うん」
即答だ。自分の運に対して絶大な信頼を寄せられるのが、ちょっとだけうらやましくなった。
ボク自身はくじ運が良い方では無い、と思っている。
小学生男子が必ず通ると思われるマンガ雑誌の懸賞にも何度か応募したことはあったが、もらえたのは全員プレゼント企画のグッズくらい。
『百名様にプレゼント』くらいの規模のモノでも外れてばかりだ。
その手のことだと母さん――海江田美波の方が明らかに強いので、そこらへんは親譲りとはならなかったようだ。そういう意味ではちょっと悔しい。
帰宅の途につくすみれが生徒玄関へと続く階段へ降りていくところまで、延々自分のくじ運の強さエピソードを語られてしまった。
イケメンサッカー選手のサイン色紙が当たった件はさすがにうらやましかったが、その話題に食いついてしまったのは明らかにボクのミスだった。
あれのおかげで予定がちょっと狂ったのは間違いない。
この結果に関してはすみれがクラスのグループにメッセージを送るということにしてお別れということになった。
少し時間は遅くなってしまったが、とはいえまだ五時にはならない程度。
これならまだ充分間に合う。
一段飛ばしで階段を駆け上がり、静かな廊下に靴音だけが柔らかく鳴り響いた。
「どもー」
「あー! みずきくん、おそーい!」
第一音楽室の扉を開けるとすぐにお叱りの言葉が飛んできた。
声の主は、入り口にいちばん近い場所に陣取っていたエリーだ。
「今日は日本史のノート見せてくれるって約束だったじゃん! 待ってたんだからねー?」
「あぁ、ゴメン。そっか、先に行く人に渡しておけば良かったんだな」
そうは言ってもしっかりと放課後になった瞬間、首根っこを掴まれるような勢いですみれに連れられて教室を出て行かなくてはいけなかったのもまた事実なわけで。
言い訳だと指摘されれば反論する気もないけれど、その辺りを考えてもらえると嬉しかったりはするわけで。
なるほど、あの時やたらとすみれのテンション高かったのは、くじ運への信頼からか。
今になって気付いた。
「なに黄昏れてるのー?」
「あぁ、いや、ごめんごめん」
そこまで物思いに耽っていた気はしなかったけれど、エリーにはそう見えたらしい。
ここはおとなしく引き下がっておくに限る。
カバンからノートを取り出して、ひとまずはご機嫌伺い。
伝家の宝刀だの、リーサルウェポンだの、命綱だのと呼ぶヤツもいるノートだ。
この会が始まって以降、こういった類いのよくわからない呼び名は増える一方だった。
――ぶっちゃけ、そんなに嬉しくはないけど。
ひとまずエリーにノートを手渡すと、ここに座れ、と言わんばかりにエリーの斜め前――和恵さんと聖歌の間、神流の真正面――要するにいつもの席が空けられていたので、とくに考えずにその席をいただくことにした。
こういうときに当たりくじを引けた記憶が無いです。