2-11-B. 及第点かもしれない
まず収録に臨んだのは和恵さんだった。
演奏する姿は何の問題も感じさせないくらいで、見るからに余裕と言った具合だった。
まさに『いつも通り』と言った雰囲気だ。
楽譜自体はそこそこの難易度帯だとは思うが、中学時代に一度吹いたことがあることが幸いしたと本人は言っていた。
手慣れた雰囲気も納得だった。
「それにしてもシブいところ突いたよなぁ……」
「でしょー?」
ボクの隣で和恵さんの様子を見守っていたすみれに向けて言えば、案の上のドヤ顔である。
予想はできていたので特に感情が揺れ動くことはなかった。
「ネットで調べたけど、似たようなのを『サウンド版』って言うんだって?」
「へぇ……」
「あれ?」
「それは知らない」
「……あぁ、そう」
素気なく返されて、少し哀しい。
今回二年三組がステージ発表の演目として行うのが、いわば『サウンド版』と呼ばれるような演劇だった。
セリフは無しで、動きのみ。
ただしそこに演奏が加わるという、音楽付きのサイレント映画風の出し物だった。
実際、名作の再現やパロディを行うケースは多い。
ミュージカルのような演目を採用する場合も学年に平均して三クラスは居るだろう。
あらゆる要素を詰め込むので仕上げるには相応の難易度にはなるが、しっかりまとめきれたときの評価はかなり高くなる。
そしてもちろん、元にする作品の選び方も重要だった。
今回は全体の雰囲気作りや盛り上げ方が重要になる、クラシカルなムード漂う色合いだ。
だから早希担当のトランペットとボク担当のサックスの負担が、和恵さんのフルートよりも高めになっているのだろうけれど。
渡されていた楽譜は思ったより難易度は高めだった。
できるだけすぐ録りたいからと言われて慌てたのは言うまでも無い。
それでも何とかなったのは、和恵さんと早希の収録を優先してもらったから。
中学時代の努力は決して無駄では無かったことを、こんなタイミングで知ることになるとは思っていなかったが、ふたりがブースに入っている間は小テストの一夜漬けでもやっているようなイヤな心境だった。
「準備はいいかー?」
防音扉を閉じているので、向こう側の様子を捉えるのは視界のみ。
窓越しに口を大きく開けて、二階堂くんが合図を送ってくる。
本当はあまりOKな気はしていなかったが、これ以上時間が押すと良くないので、一応サインは返しておく。
スコアを整えて、大きく深呼吸をして、息を吹き込む。
ここ一年は本格的な練習をしていなかったが、何となくそのまま離れてしまうのが惜しかった。
機会と時間があれば少しでも触っていようと思っていたが、それがまさかこんなところで役に立つなんて思わなかった。
途中少し突っかかりそうな部分はあったが、何とか――本当にギリギリ、演奏を止めずに済んだ。
全く褒められた出来ではないと思うが、努力くらいは認めてもらえると嬉しい。
そんな甘ったれたことを思ったりもしてみる。
「……どう? まだ時間あるんだったら、もうワンテイクくらいさせてもらえると」
「イイっ!」
詫びのひとつでも入れようと扉を開ければ、真っ先に聞こえてきたのはすみれの威勢の良い褒め言葉だった。
「私的には何の問題も無いんだけど。吹部のみんな的には?」
「そりゃもーバッチリでしょ」
「うん。強いて言うなら十八小節目くらいかな?」
「おっとぉ、和恵さん手厳しー」
だいたいはお墨付きと言ったところだが、やっぱり和恵さんは見逃してはくれなかった。
ブースの中からその時に一瞬だけ視線がぶつかった気がしていたのだが、その感覚に間違いはなかったらしい。
きっと「あれ? どしたの?」くらいの引っかかりを覚えてくれたのだろう。
「やっぱりバレたか」
「でもそれ以外パーフェクトって言っても大丈夫だと思うから、テイクツーの必要はないと思うな」
「有り難き幸せ」
とりあえず『お嬢様』には敬意を表しておくことにした。
自分へのハードルは高いミズキくん。




