2-X-A. 断りづらいお願い
「お願いって?」
「演奏してほしいの!」
「……っ!」
お弁当をカバンから取り出そうとして、不意に聞こえてきたみずきくんとすみれちゃんの声でそのお弁当を落っことしそうになる。
今日のお昼休みは、美里がウチのクラスに来てくれることになっていた。
そのためのスペースを作っておこうと思っていたけれど、その手は自然と止まる。
代わりに心臓の動きが速くなっているような気がした。
「演奏っていうと……、えーっと、ごめん。何の楽器?」
やっぱりというか、みずきくんの声はいつもより重たいトーンだった。
例えるなら、限りなく黒に近い色合いのグレー。
言ってしまえば雷雲のような、ダークグレーと言えば幾分かマシに思えるような、それくらいの雰囲気だとあたしは思った。
――少なくとも、あたしがそれを言うのは間違っているのだけれど。
「えーっと、……その。ごめんね、ミズキくん」
「うん」
視線をそちらに向けるのが何となく躊躇われていたけれど、次に聞こえてきた声で我慢ができなくなってしまった。
「その、BGMとして入れる曲を、サックスを吹いてもらいたいな、って」
「……サックス?」
その楽器の名前を口にしたのは、仲條亜紀子ちゃんだった。
すみれちゃんとは同じテニス部に所属していた子。
たしか去年は、みずきくんと同じクラスに居た子だったはずだ。
どうして、それを――。
そう思ったところで、考えを改める。
すみれちゃんと亜紀子ちゃんの後ろには、みずきくんたちを窺うようにして松下早希ちゃんと朝倉和恵ちゃんが見ていた。
吹奏楽部に所属している彼女たちなら、中学校の頃にどんな楽器を吹いていたかくらい知っていても何ら不思議な事は無い。
良くないとは思いつつ聞き耳を立てれば、ステージ発表で使うBGMをみずきくん含めた吹奏楽部員に演奏してもらって、それを使いたいということだった。
適した音楽を使っても別に構わないことにはなっているけれど、その辺りも自分たちでやるとその内容次第ではあるものの一定の評価点がもらいやすいと言う話は、いろいろなところから聞いていた。
要するに『発表の売りになる』という話だった。
中学生の頃の彼は、部活ではサックスを吹いていた。
今吹いているオーボエと同じくらいに上手だったし、何なら石瑠璃南中学校ではいちばん上手だったのではないかと思えるくらいだった。
吹奏楽部の演奏会でソロパートがあると決まって吹いていたのはみずきくんだったので、少なくともかなり上手な方だったのは間違いない。
「で、和恵ちゃんはフルートで、早希ちゃんがトランペットだからバランス的に」
「オーボエでもイイかなって思ったんだけど、調べたらサックスがいいみたいで」
「だったら、そこをミズキくんにやってもらおうと。そういう話ですヨ」
すみれちゃんと亜紀子ちゃんが交互にみずきくんを勧誘する。
人垣越しに見えた彼の表情は思ったより重くはなかったけれど、明らかに何かを考えている様子は見て取れた。
どう返事をしようか考えあぐねているとき、右下の方を見るのは彼のクセみたいなものだった。
「なるほどねー」
「ね? いいよね?」
「んー……」
あたしの予想通りに、みずきくんは色の良い返事を返さなかった。
「あれ。何かビミョーだ」
「えー。なんでー?」
意外そうなすみれちゃんの反応に前後して、早希ちゃんが彼女たちの背後から話に入り込んだ。
隣に居た和恵ちゃんも早希ちゃんの後を追う。
たしかにそう感じるのも無理は無いと思う。
学校祭の、しかもクラスのためになることだし、何しろ彼の得意分野なのは間違いない。
それに――こういうときに悪い顔を見せないイメージというものを、彼は持たれているような気がした。
ひとつ前を、別アングルから。




