2-9-A. 昼の襲撃
マスターのお陰――とは大々的には言いたくないものの、ある程度はそうだろう。
誰かに話すことで楽になれるというのはボクにとっても当てはまるようで、幾分か快眠が続いてくれている。
「ふぅ……はぁ」
それでもまだ少しだけ眠りは浅いようで、授業後のあくびは平常時よりも長い。
それ以外でも板書をしている最中も容赦なくやってくる。
下を向いてあくびをしたら、ノートによだれを垂らしてしまったのは大きなミスだった。
同じ文言をもう一枚書くことになってしまうのは本当に痛い。
でも、既に一面書き終わったモノじゃなかったのは、不幸中の幸いだった。
「昼食べよーぜー……って、眠そーだなミズキ」
「ん?」
ささっと近寄ってきた影は大輔だった。
コイツはやたらと元気だが、それは授業の三割程度を睡眠学習にあてているからに他ならない。
バレる確率は一割未満――というよりは、むしろ寝ているヤツはよほどのイビキでもかかない限りは放っておく主義の先生が多いから、という話だった。
寝ていて授業に付いていけない者は自己責任、というスタンスなだけだ。
そのくらいは義務教育を終えた人間ならばしっかりと自己管理をして然るべきだ、という発想に基づいているのかもしれない。
あるいは、ただの放任主義かもしれないが。
「何だ? 寝不足か」
「まぁ、……ふぅあ。そんなとこかな」
「そんなところって言うほどまともな感じには見えねえけどな」
無理すんなよー、とか言いながらしっかりとボクの前の空いている椅子を確保する大輔。
その席の本来の持ち主は別のところへ行っているので、特に問題は無かった。
「聞いてるぞー。そっちも練習ヤバそうだ、って」
「合唱ほどでも無いとは思うんだけどなぁ」
少なくとも今のボクよりは元気が余っていそうな大輔だが、それも幾分かは落ち着いている。
――落ち着いているという表現になるのは正しいのかどうかわからないが、普段の落ち着きの無さが形を潜めていると考えれば、きっと合ってるはずだ。
「小早川先生、案外スパルタだよね」
「そうそう、ドSのアイドル教諭マオちゃん」
早速弁当箱を開けて卵焼きにかじりつく大輔は、それを味わいながらも部活の様子を思い浮かべて少しだけ顔をしかめた。
「わ、卵焼きしょっぱ。母さん塩効かせすぎたとは言ってたけど」
――どうやら塩気に顔をしかめただけらしい。
小早川先生は、生徒の間で昔読者モデルをしていたんじゃないかというウワサが広まる程度には、その辺りのスペックが高い人だ。
それでいて部活の指導ではそんなアイドル的な要素もどこかに消え失せるというか、人というものはやっぱり分からないものだった。
「……でも、案外?」
「キライじゃない!」
グッと勢い込んで大輔はサムズアップした。
「バカ言ってんじゃないわよー?」
「ぐえっ」
突然大輔の身体が前方へと倒れる。
咄嗟に自分のパンだけを彼の倒れ込みそうなエリアから逃がす。
「み、ミズキ。せめてお前、そこはオレを支えてくれるとか、そういうことはしてくれないのか」
「なんでさ」
友人と自分の昼メシを天秤にかけたら、そりゃ昼メシの方が重いに決まっている。
「勝ち目のない戦いに挑むのは、物語の中だけにしておけよ」
「……ひどくね?」
「無理言うな」
ひとかけら残っていた濃厚チキンバターカレーパンを口の中へ放り込んだ。
「……で、そろそろイイ?」
「ん、ごめんごめん」
ボクと大輔のくだらない話が一通り終わるまで、大輔の真後ろで待機していたのはすみれと亜紀子だった。
テニス部ではダブルスを組んでいるのもあって、このふたりがセットになっているのはとくに珍しいことではない。
何の用事なのかは一瞬解らなかった。
しかも、このふたりの後ろからはやや遠巻き気味に和恵さんと早希がこちらを見ている。
何かが秘密裏に行われているのだけは察した。
「あのねあのね、ステージ発表でちょーっとだけ、ミズキくんに相談があるのですよ」
むふふんと自信ありげに胸を張るすみれ。
相談ごとを持ちかけるにはいささか違っている雰囲気もあるが、すみれの性格的には自然に見えてしまうから不思議だった。
――というか。
「そうか、ステージか」
「ん? 何が?」
「ああ、いやいや。こっちの話」
そういえば亜紀子は、ステージ発表の担当になっている実行委員だった。
ステージに上がってスポットライトを浴びるタイプでも無さそうなのにと思っていたが、どうやらすみれからの勧誘を断れなかったという話らしい。
すみれはステージ発表に入れ込んでいるので、自分の右腕役が欲しかったのだろう。
「お願いって?」
「演奏してほしいの!」
――なるほどな、そう来たか。
食が優先されるよね、まぁ。




