2-8-A. 愚痴を装う人生相談
翌週。
テストが続々と返却されてきて、中には部活や学校祭活動に少なからず影響を受けている生徒もちらほら。
文系志向の生徒が多い我らが二年三組はとくに理数系科目の答案が返却されてきた日にダウナーになる傾向が強いが、それはある程度仕方がないことかもしれない。
――今回は、ヒトのことをそう言ってもギリギリ何とかなりそうな点数だったので、とりあえず満足しておくことにしている。
だって、思ったより良かったんだもの。
主に数学とか。
「んー……」
少し伸びをしながらも、結局またイイ感じに年季の入った木のカウンターテーブルに突っ伏すような恰好になる。
目の前にはホットサンドが載せられていた皿と、幾分か冷めてきたおかわりが入ったコーヒーカップ。
少しだけ顔を上げて、ふんわりと湯気を薫らせるようにしてみた。
「テスト良かった、ってェ割には……って感じだなぁ、しかし」
「うんー……」
そう言って笑うのは、マスターこと工藤さん。
ボクの母・海江田美波と昔からの知り合いである縁で、親子のような友達のような不思議な関係であるわりと『イケオジ』要素を持ち合わせるオジサンは、厨房で食器の始末をしながらも軽くボクに話しかけてくれる。
土曜日の昼下がり。
地下鉄月雁駅からほど近いところにある、昼は喫茶店、夜はバル。
そんな営業形態であるこの店の名前は、『昼のコーヒーとパフェに飽き足らず、夜にはお酒と音楽を嗜む』。
何かのタイトルではない、登記上も正確なこの店の名前である。
何かインパクトのある名前がイイと思ったこの店のマスターである工藤さんが、ノリと勢いだけで名付けたこの名前は、未だに公式の略称を募集中だった。
事あるごとに「何か案はないか」と言ってくるのだが、いい加減何もアイディアが出てこないのだろうことを察して欲しかったりする。
「ちょっとねえ」
テストは、たしかに良かった。
悪くはない止まりの科目が皆無ということではないけれど、やるべきことはやった上のことだし、そもそも赤点は無いし、満足は行く結果だった。
ここまで清々しい定期テスト後を迎えられたのは、もしかすると初めてかもしれない。
それでも、ため息は尽きなかった。
「ホントにどうしたよ。あんまりミズキらしくないな」
「そこ、『あんまり』なんだね」
ちょっとした言い方を気にしてしまうのは、あまり精神的に健康体じゃないからだろうか。
「そりゃ、お前。去年の今くらいなんて、今日よりだいぶひでえツラしてたぞ」
「ああ、まあ……うん。そりゃね……」
「あ、やべ。まだ地雷原かよ、そこらへん」
「そうじゃないやい」
「……ホントかよ」
そうは見えねえけどな、とマスターは笑い飛ばした。
条件反射みたいな勢いで否定したけれど、実際どうなんだろうと自問してみる。
強がって答えたとは思っていないことだけは確かだった。
「何て言うかさ……」
今日だって、いつも通りに昼休みに食べるパンをいつものベーカリーで買えばいいだけだったのに、それをしなかった。
そしてこうして昼休みにマスターのところへ来ている。
――要するに、マスターに甘えに来ただけなのだ。
「まさか、ああいうことを言われるとは思ってなくてさ」
「どういうことだよ」
思い浮かべるのは丁度一週間前の光景。
別に今更思い浮かべているわけじゃない。
今週は結局事あるごとに、あの時の祐樹の表情とセリフがフラッシュバックしてきた。
むしろ忘れ去ってしまいたかったのに、目を通してそのまま脳細胞に焼き付いてしまったみたいに離れなかった。
自分でも女々しくて難儀な思考回路だとは思うけれど。
「幼なじみの彼氏に『羨ましい』って言われたんだよ」
「聖歌ちゃんのコレに?」
「小指立てんな」
――いちいちオッサン臭濃厚なジェスチャーを混ぜ込む意味とは。
それでもこのオジサンは女性客から黄色い声援めいたモノを浴びることがある。
マスターの証言だけならちょっとくらいバカにすることもできるが、実際ボクもその光景を見てしまったことがあるので、何とも言えない気持ちになる。
「どこにそんな要素があるんだよ、って」
「まぁまぁ、そう言いなさんな」
マスターは――予想通りだったけれど――シニカルに笑った。
馬鹿にするということではなくそれよりも呆れが強くて、ククッと左の口角を上げた笑い方だった。
「……お前に言わせりゃ、そう感じてしまうのかもしれないがな」
「どういうことさ?」
回りくどいような言い方に、ボクは思わず訊いてしまった。
これまた久々の登場、マスター。




