1-1-B. ここ最近の懸念
まもなくして戻ってきたボクのノートと入れ替わりになるように、参考書は聖歌のカバンの中へ帰って行った。
今日の聖歌は日本史の暗記モノをしているらしい。
板書ノートやら用語集を広げつつ、無地のノートに数回ずつ覚える単語を書き連ねている。
そういえば、昔から暗記をするときは反復的に書いて覚えるタイプだった。
聖歌の正面で、赤シートを使いながらうんうん唸りつつ脳みそにたたき込むタイプの覚え方を採用している平松美里とはかなり違う。
書くことを苦にしないあたりは、ボクと近いのかもしれない。
変わらないな――。そんなことを思ってみる。
同時に湧き上がってきた笑みみたいなモノは、小さな咳払いとともにどうにかかみ殺しておく。
小さな手をぎゅっと握るようにしてペンを持つその姿。
ほんの少しだけ丸みを帯びた文字。
小さい頃から比べればもちろん書く字は綺麗になっているけれど、基本的なカタチは変わっていなかった。
そういえば、ともうひとつ思う。
いつの間にか、聖歌と普通に話せている。
あんなに無駄とも思えるくらいにおかしな意識の仕方をしていたはずが、無意識的に無意識にごく自然な感じで接している。
改めてそんなことを思ってしまった。
四月のクラス替えのときには、正直どうなることかと思った。
まさか水戸祐樹――つまり、聖歌のカレシ――と、ヤツの幼なじみである仲條亜紀子と同じクラスになるなんて思わなかった。
一年間やっていけるのか、とも思った。
こうして二ヶ月くらいが経った今となってはほぼ余計な心配だったこともわかってきた。
もちろん、この前の桜フェスのときみたいに突発的に危うい状況になることもあったが、ボクが思い込んでいたよりは重症ではないらしかった。
現状、懸念材料はもはや目下のテスト勉強くらいかもしれない。
「何だか解る気がしない」
「私もだわ」
それどころじゃない懸念材料を抱えているのが丸わかり。
そんなつぶやきをふたり同時にこぼす神流とエリー。
でも、それを額面通りに受け取ってはいけないことくらい、この一年の付き合いで解ってきたつもりだ。
ちゃらんぽらんみたいな物言いを時々するくせに、結構いい点数を取ったりするから質が悪い。
極力聞かないようにしようと思いながら、机の上の消しゴムをノールックで取ろうとして――敢え無く失敗。
爪の先で弾いてしまい、運も間も悪いことに消しゴムは神流の机の上へと転がった。
「……ぅわ」
思わず漏れ出す本音。
ここでマンガ的に口を押さえたりすれば、当然のように墓穴を掘るだけ。
何事も無かったように再度手を伸ばそうとしてみる。
けれど、現実はやっぱり冷たくて、その辺はマンガ的な展開だった。
ボクが触れるよりも早く消しゴムは神流の手の中に。
観念して視線を上げれば、愉しそうな神流の笑みがそこにあった。