2-1-A. レディー・セット・ゴー
我らが二年三組のホームルーム自体は終わった。
だけど、まだ放課後を告げるチャイムが鳴らない。
準備をしたい一心で全員の意思がぴたりと統一されているあたり、このクラスの団結力は素晴らしい。
ただそれがちょっとだけ空回っているだけだった。
「まだかぁ……!」
秒針のないタイプの時計が教室前側の壁に備え付けられている。
その時計と自分のスマホの間で何度も視線を往復させているのは大輔だった。
秒単位が確認できないタイプなのだろうか。
自分の時計はどうやら持っていないらしい。
それはちょっとだけもどかしいだろう。
ここでこっそり教室を脱出すれば、なんて考えは浅はか。
それが確認された時点で早くもそのクラスには月雁祭での出し物の投票にペナルティが与えられることになっている。
すべてのクラスは平等でなくてはいけないのだ。
ただでさえ毎年その人気投票レースは接戦になる。
余程ものすごい発表物が出てこない限り、圧勝になったり下馬評時点で優勝が決まるとか、そういうことにはならないタイプだ。
出会い頭での失点だけは避けなくてはいけない。
――とか何とか言っている間に、もうそろそろのようだ。
腕時計の秒針に合わせてカウントダウン。
三、二――。
―――。
「行くぞおーーーー!」
「うおおぉおおぉおおおお!!」
何重にも重なった男子たちの叫び声は、ドアを砕くように響き渡る。
このクラスだけじゃなくて、ほとんど全ての教室から聞こえてきている。
そんな声に続いて飛び出していくのはもちろん生徒たちの大群。
当然、ボクの前にいた大輔もそうして飛び出していったひとり。
一応廊下は走らないように心がけてはいるようだが、歩きの速度ではないのはどこからどう見ても明らか。
競歩のような、とでも言うのがいちばん正しそうだ。
隣のクラスの男子たちが通り過ぎていったが、必死に急いで歩いている姿はちょっとシュールだった。
「ふぅ……」
大嵐が過ぎ去った後のような心地。
椅子に深く腰掛けてため息を吐いていると、案の定数人が近寄ってくる気配を感じた。
「縁側のおじいちゃんみたいよ?」
「……悔しいけど、あんまり強く否定する気になれない自分がいる」
そう言ってくる和恵さんも、何となく湯飲みに入ったお茶を手に持っていそうな気配がしていた。
「付いてかないの?」
「別の用事が入ってるから、後から行くことになってるんだよね」
「なるほどね。……ってことは」
「ミっズキくーん!」
「……訊く必要なかったかも」
「あはは」
和恵さんの頭越しに、さっきの男子たちに負けず劣らず元気な声が聞こえてきた。
言わずもがなのような気がするけれど、すみれだ。
「あれ? ちょっとあっこー! 早希ちゃんもはやくー!」
「すみれが急ぎすぎなのっ」
その後をぱたぱたと追ってきたのは仲條さん――じゃなくて、亜紀子。
だいぶ慣れてきたとは思っているけれど、それでも何故だか少しでも気を抜くと一年生の前半頃のように苗字呼びになってしまう。
未だに呼び慣れないのはどうにかしないといけない。
そう思って久しいが、思うだけなのでどうしようもない。
いい加減に口が慣れてくれないと、何故かすみれに怒られることになる。
慌てず騒がずというか妙に落ち着き払ったようすでこちらに向かってきた早希を待って、まずは職員室へ向かう。
このふたりも実行委員。
亜紀子はステージ発表の担当で、早希は教室展示の担当になっていた。
ステージ発表というのは、月雁祭二日目に生徒たちだけに公開されるイベント。
体育館ステージを使う、歌やダンスなどのパフォーマンスがメインになる出し物というのが適当だろうか。
教室展示は三日目に一般公開で行われる、教室内での模擬店のようなもの。
ウチのクラスはホラーハウスをすることになったアレだ。
「そんなんじゃ、今から心配だよ私は」
「じゃあ別に私じゃなくてよかったじゃん……」
お母さんぶったような口ぶりのすみれに、げんなりとした様子でため息をついたのは亜紀子だ。
ちなみに、早希に関しては立候補で決まったが、亜紀子に関してはすみれからの圧力に屈したという感じだった。
「ああ、ごめんって。あっこは『影の実力者』的なスタンスで暗躍してくれれば充分だから」
「……それ、『充分』の難易度高くないか?」
亜紀子にそのイメージ自体無いし。
影のキャラもなければ、もちろん暗躍しそうな雰囲気もない。
むしろ日なたでほっこりとしていそうなキャラクターをしているような気がする。
「ね。もー……、この1ヶ月どーしよ」
「困ったらすみれもいるし、ボクもいるし、大丈夫だって。安心して」
「……うん」
さすがに自信を無くしそうな子を放っておけるほど、人間ができていなかった。
月雁高校学校祭・月雁祭。
二年生となった彼らの夏が、はじまります。




