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1-1-A. もはや恒例行事

 カリカリとリズミカルにいろいろなところから響く、シャープペンシルの芯が紙と擦れて削れていく音。

 時折シャーペン自体が机とぶつかる音がしたと思えば、今度は消しゴムが紙の上を滑る音。

 こういうような音に気を取られているようでは集中力が欠けていると指摘されても仕方ない気はするが、ある種の心地よいBGMとして耳に入ってくるのであればまだきっと大丈夫だろう。

 そう思いながら、自分の目の前に広がっている物理の問題の途中計算式を、ほんのりため息まがいの吐息と二重線で上書きした。


「あれ? 間違ったの?」


 向かい合わせにした机。ボクの右隣に座っている朝倉(あさくら)和恵(かずえ)が訊いてきた。


「んー……、いや、ちょっとアタマごと整理するイメージ」


「なーる」


 そう言って和恵さんはすぐに自分の手元にある問題へと戻った。

 何だか久々に有機的な音を――つまり声を聞いたような気がした。


 月雁(つきかり)高校の第一音楽室。

 吹奏楽部に合唱部と、この界隈有数の実力を持った音楽系の部活動を有するとは思えない程度に、静かだった。

 時折「うーん」だとか、「あ、(ちげ)え」だとか、あるいは消しゴムを床に落とす音だとか、そういった効果音めいたものしか聞こえない。


 今日は恒例となった感じもする、定期考査前の勉強会。

 早いモノで三回目だ。

 いちばん最初は昨年の冬。

 後期中間考査のよくわからない流れに乗っかって吹奏楽部の一部で始めた自主的な勉強会だったが、徐々に参加者が増えていって、今では同じく音楽室を使う合唱部員も加わっている。

 テストまで一週間を切りそうなこのタイミング、出席率の高さから考えれば自然消滅の可能性はほとんど無さそうだ。


「エリー?」


「むー?」


 ボクの真正面に陣取る高島(たかしま)神流(かんな)の問いに、彼女の左隣――ボクから見れば右斜め前――の小松(こまつ)瑛里華(えりか)が下唇を突き出してノートを凝視したままで応じた。


「コレさぁ」


「……私が解るとでも?」


「あー……」


 神流がペン先で指した問題を一瞬だけ確認したエリーは、じっとりとした視線を返しながら答える。

「ん?」という顔をした神流はエリーのノートを見たが、あっさりと状況は飲み込めたらしい。

 よく見ればエリーは、神流が悩んでいる問題の二つ前にある問題の時点で悩んでいた。

 たしかにそれはエリーに対して酷な質問だった。


「すんなり納得されるのも、なーんか納得いかないけど」


「そう言いながら解答ページを見ようとしない」


「ちぇーっ、ミズキくん目ざとい」


 悔しそうな声だけを神流に返すエリー。


「ミズキ、()()()だ」


「待てコラ」


 どうしてそうなった。

 神流を容赦なく睨む。

 どういう回路で繋がったらそういう答えが出てくるんだ。


「そうやって女子のこと見てー」


「ハイハイ」


 色目を使っていた、とでも言いたいのだろう。

 何てことはない、いつものことだった。


「ノって来なさいよ」


「ヤだよ、めんどくさい。っていうか、余計なこと言ってくるな。集中できないだろ」


 会話の内容はいつも通り、内容なんて無い話ばかりだが、声量はいつもの八割減といったくらいだろうか。

 これでも一応は、周りのことを気にしているつもりだった。


「……っていうか、今気付いた。ミズキ、アンタその問題出来てんじゃん」


「えっ」


 まともな返事をする間もなく、机に抑え付ける間もなく、するりとボクの手元を離れていくノート。

 はーなるほどなるほど、とか言いながら神流とエリーは合っているかどうかの補償もない解答を自分のノートの端っこにメモし始める。

 間違っていても知らないぞ。

 夏休みの宿題みたいに、適度に中間式を書き換えるくらいのことはしておいて欲しいところだ。


 ――いや、そういう問題じゃなくて。


「ちょっと、一旦返してくれ。問題解きかけなんだ」


「こっちだって写しかけなんだから黙って」


「……せめてもう少し、参考にして解いてるふりくらいはしてくれよ」


 そんなことだろうとは思ったけれど。

 知っていたけれども。

 ポーズというか、形式だけでもそう見えるようなことはしておいてもらえると、こっちの心象に関わる。


「あー、そっか。そういうこと……」


「え? 何が何が?」


「ほら、これさぁ」


 そうしているうちに、神流とエリーが意外すぎるほどのマジメモードになってしまった。

 突然キャラ替えみたいなことをしてくるのは止めてほしい――いや、マジメなことは悪いことじゃないんだけれど、そうじゃない。

 そういうタイミングじゃない。


「どーしよ」


 この状況で違う科目の勉強にスイッチするのも悪くはないかもしれないけど、一応さっきまでは物理を解く脳みそになっていたわけで。

 ここでまた別のことを考えようとするには時間がもったいないような気が――。


「……あの」


「ん?」


 左サイドからそっと、御薗(みその)聖歌(せいか)の小さな手とともに物理の参考書が差し出される。


「これ、あたし今使ってないから、いいよ」


「あ、ほんと?」


「うん」


「じゃあ、遠慮無く使わせていただきます」


「うん」


 ぺこり、ぺこりとなぜか互いに会釈し合って、無事にボクは『物理脳』を維持することができた。




 ここまでお読みいただきましてありがとうございます。


 今回は少し1話を短めにしていこうか、なんて思っています。

 だいたい3000文字で一区切りっぽい雰囲気なんですけども。


 

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