1-8-A. 予想外の切り口
月雁祭関連のネタが無ければ、音楽室の空気はマジメ一色に染まる。
今日は珍しくほとんど雑談もなく終了。
至ってふつうの勉強会のままに強制帰宅時間を迎えた。
玄関を出てすぐ徒歩グループと自転車グループに分かれ、校門を出ると東西に別れる。
ボクら西側組は地下鉄駅近辺までだいたいひとかたまりになって歩くが、その駅で今度はバス組、地下鉄組み、そのまま西に歩いて行く組の三つになる。
市外も含めて広域から生徒が集まる月雁高校の、一般的な帰宅風景だった。
「ねえねえ、瑞希くん」
「うん?」
「ちょっと気になったんだけど、楽器の自主練ってやってるの?」
目抜き通りの信号待ちで、聖歌の横顔越しに平松さんが訊いてきた。
「してなくはない、って言い方になるかなぁ」
「曖昧だねえ」
「ハッキリ『練習してます』って宣言できるほどじゃない、っていうか」
「やってはいるんだ」
「鈍ると良くないからね」
最低でも『指が忘れないように』はしておかないとダメだとは思っている。
長年やっているから、なんて油断すると痛い目に遭うこともよくわかっている。
「どうやってるの? よくカラオケボックスに行って練習する、って話聞くけど」
「場所によるよ、あれは」
カラオケには歌うために来てください、と厳格なスタンスを取っている店も中にはある。
そこまであからさまに拒否はしないが、どう見てもいい顔をしない応対をしてくる店もあったりはする。
きっとそういう店舗では『歌うためじゃない利用の仕方』をした人が多かったんだろうなぁ、なんて要らない想像をしてしまうけれど。
「ウチの近くにあるとこは『どーぞどーぞ』みたいな感じだから、どうしてもってときはそこに行くかな」
「なるほどねー」
ボクの返答を聞いた聖歌は、あぁ、みたいな感じで口を動かした。
きっとあの店だという当たりが付いたらしい。
きっと思った通りだと思う。
自宅最寄り駅である石瑠璃駅から徒歩三分くらいのところにある大きめのカラオケボックス――聖歌も行きつけのところだ。
店自体はボクらが小さい頃からあるが、一度移転拡張もしているくらいには人気がある。
「私てっきり、自宅にスタジオがあって」
「ンなアホな」
そんなお坊ちゃんじゃない。
一般家庭――だとまでは思わないが、住環境については一般的だ。
「どういうイメージさ」
「そりゃもう、そういうイメージよ」
どういうイメージを持たれているのちょっと不安になった。
もちろん、そういう家は憧れる。
防音室があっていつでも吹けるし弾ける、みたいな。
あるいは設備がばっちり整ったプライベートスタジオが地下にあるとか。
楽器の管理もバッチリ厳重に、温度も湿度も安定した環境が供給できて――。
――ああ、憧れる。
最近はいろんなアーティストや演奏家が自宅で演奏した動画をアップロードすることも増えてきているけど、その都度彼らの後ろに見える光景にため息が出てしまう。
「それ以外だと、この前行った工藤さんとこのバーも練習場所だよ」
「あ、そっか」
包み隠すようなネタでもないので言っておく。
気に入ってもらえていたようで何よりだ。
「あそこ雰囲気イイよねー。テスト期間終わったらまた遊びに行こうっと」
「行ってあげて。マスター喜ぶから」
「聖歌も行こーねー」
「うん」
「瑞希くんの演奏、楽しみだなぁ」
――あ、それが前提条件ですか。
少し恥ずかしいが、ボクが行く日は二人に教えておいた方がいいのかもしれない。
昼営業分の客寄せをふんわりと任されているので、それ相応の仕事はしておくべきだろう。
そんなことを考えていたボクは、完全に油断をしていた。
「そうそう、演奏で思い出した。チラッと風のウワサに聞いたんだけどさ」
「うん」
「瑞希くん、中学の学校祭でカッコイイことやったということを聞いたんだけど」
「……っ?」
――誰からの情報だ?
合唱部には聖歌以外にもウチの中学出身者はいるし、後輩として入ってきた子もいる。
「……!」
ふと気が付けば視界の手前の方で、目を見開いた聖歌が何やら必死にボクの方へと小刻みに首を横に振っていた。
――あたしじゃないよ。
声に出さずとも、それくらいはすぐに分かった。
意味深。




