1-7-B. その呼ばれ方は不本意
放課後直前になって、日本史のノートは無事に祐樹から返ってきた。
ホームルームが終わったタイミングを見計らった大輔は、餌につられた犬かと思えるくらいの勢いで直ぐさまこちらに駆け寄ってくる。
本当に尻尾が見えるくらいの顔つきだった。
「待て」
「おう」
「……お手」
「いや、犬ちゃうわ」
そこはノってくれることを期待していたのだが。
まぁ、いい。
さすがに少し悪ノリしてしまったのは事実だ。
「明日には返すから!」
「マジで?」
「おう」
カバンから出そうとしたところで言われた一言に、思わず手が止まる。
それは今から渡す分量を解っていて言っているのだろうか。
恐らく知らないからそんなことを言っているだろうけど――。
「オトコに二言は無いな?」
「応よ」
言ったな、大輔。
その中身も見せないままで了解を取っているのでその点を攻められるとボクの負けになるが、そこまでアタマは回らないだろう。
「これな」
「ありがたやー……ぁああ!?」
ずしんっ! とか、どしんっ! とか。そんな音をさせるような感じで、わざと勢いを付けて大輔の手の中にノートのカタマリを落とす。
案の定、この分量は想定していなかったらしい。
「え? は!? ちょ……っと待て!」
「ボクも犬じゃないぞ?」
「知っとるわぃ!」
キレられつつツッコミも受ける。
「この分量は聞いてない!」
「言ってないからな」
「開き直んなああああ!」
繰り返される絶叫。
だが、一頻り騒ぎ疲れたようで、大輔は深呼吸を重ねるごとに冷静になっていく。
ネタ要素を薄めにして改めて腕の中の紙の束を眺めながら、彼は言う。
「いや、マジでさ。あの範囲でこんなに分厚くなるモンなの……?」
「なるだろ」
「いや、ならねえ。少なくともオレはならねえ」
「じゃあ、大輔だけだろ」
「いやいや。さすがにそれこそお前だけだろ」
譲り合いと言う言葉を忘れてしまったみたいに言い合うボクら。
でも、さすがに譲れない部分というのは、生きている限り避けられないことだ――なんてことを小癪にも思ってみた。
「なにがなにがー?」
彼女的には『楽しそうな匂い』だったのだろう。
花村すみれがその髪を楽しそうにゆらしながらながら、足取りもしなやかに近付いてきた。
本人は全く意識していないのだろうけど、一挙手一投足がいちいちモデルめいていて困る。
案の定大輔はあからさまと言えるくらいにすみれを凝視していた。
「これ、どう思うよ?」
「……ナニコレ」
「ンな言い方はないでしょ」
珍百景でも見るようなすみれの視線が、大輔の手元に向けられている。
ゲテモノを見るような言い方をされたので形式的に指摘はしてみたが、それでもすみれの表情に変わりは無い。
「で? なにこれ。答えは?」
「日本史のノート」
「分厚すぎでしょ」
「ほら! ほら!! やっぱりそうなるだろ? オレのが真っ当な感想なんだって」
嬉々としてボクにボクのノートを見せつけてくる大輔。
「あー、そっか。それが所謂『海江田印のデ○ノート』……」
「違う違う!」
いろいろとマズイからそういうのは止めてほしい。
あと、別にそれに書かれたものが死んでいくなんてことはない。
むしろ、書かれている人名はほぼ確実に亡くなっている人だけだ。
――って、そういう観点から言えば、ある意味デ○ノートということになるのだろうか。
いや、なってたまるか。
「ウワサには聞いたことあったけど、スゴいねえ。さすが『板書ガチ勢』」
「何その称号みたいなの」
初耳なんですが。
それは名誉的なことなのかも解らないような二つ名だった。
「でもほら。これで証明されたろ? お前の板書はヤバいって」
すすーっと静かにすみれとの距離を詰めにかかる大輔。
大輔はご満悦のようだけど、すみれは笑顔を薄くして、ひっそりと距離を離しにかかった。
「勝手に味方みたいにしないでくれる?」
情けも容赦もしないセリフのおまけ付きだった。
これには大輔も動きを止めるしかない。
ふざけながらも最低限以上の空気は読める男だった。
「あの、ホラ。『水と火と草』みたいな関係、何て言ったっけ?」
「三竦み?」
「そう、それ。ミズキくんが『光』で、そこのちびDが『闇』で、私が『火』みたいな」
「あ、そう……」
その組み合わせだと、大輔が焼き尽くされて終了するだけではないだろうか。
どう考えても三竦みにはなってないし、何なら先に例としてあげていた『草・炎・水』が正しい三竦みの関係だ。
解っててしっかりと外したあたり、間違いなくすみれは正しく理解ができていた。
「……まぁ、アレだ。間違いなく瑞希のノートは分厚い、ってことで。でも助かるや。がんばって明日には返すからな!」
「おう……、ムリはしなくていいからな」
平静を装ったつもりではあるけど、ドヤ顔をカマしてきた大輔の様子を見るからには全くそんなモノなど装えてはいないのだろう。
何なら光と炎に焼き尽くされかけているはずの大輔の方が、余程冷静だった。
日頃からの『鍛え方』が違うということなのかもしれない。
――その領域に行きたいなんて全く思わないけれど。
「とりあえず、行くか」
「おう」
「じゃあねー、ふたりとも」
「おー、またなー」
大輔とともに、だけどその中身は違う敗北感に打ちひしがれながら、カバンを持っていつも通りに音楽室へと向かうことにした。
デ○ノートに対する認識はあってるのかどうか。




