1-7-A. 隙だらけの懐
「なあ、瑞希」
「ん?」
くるりと勢いよくこちらに向き直った大輔は憤怒の表情だった。
見下ろされたような雰囲気で言われたことがやはり気に食わなかったのだろう。
このふたり、背丈はさほど変わらないのだが、今の神流は明らかに顎をしゃくるようにして大輔を見ていた。
「コイツさ、オレに対して当たり強すぎない?」
「いや、別にそんなことない」
「ホラ。さすがミズキ。わかってるぅ」
「全員に対して当たりが強いだけだから、大輔が気にすることじゃない」
別にこういうしゃべり方なのは大輔に対してだけなんてことはない。
ただ、少しだけ他の連中よりもオーバーリアクションだから、神流が面白がっているだけの話だった。
「失礼ねえ……。私は、全員にいっつも平等よ」
「だから、全員平等に痛めつけにかかってる、って話をしてんだよこっちは」
それを少し自重してくれ、という話でもあった。
「平等なことには代わり無いでしょ?」
「だからそう言ってんじゃん」
もういろいろと面倒なので話を切り替えさせてしまおう。
「それで? 何のノートだって?」
「ああ、そうそう。ホラもー。そこのチビスケのせいで本題に入るの忘れるとこじゃん!」
「ほら言った‼」
「だから、お前もいちいち突っかかるな」
「……え? まさか瑞希も敵?」
敵か味方かの二元論で語るのは難しいけれど、本音を言えば『味方では無い』。
ただ、これを実際に言うといろいろな意味でお話にならなくなるので、大輔と神流を引き離すことも兼ねて廊下へ出ることにした。
話を聞くと、この前まで勉強会で解いていた問題の答えを書いていた物理のノートを忘れたらしい。
勉強会で解いていたのには宿題になっていたからという理由もあったらしいが。
「よりによって解かされる今日に限って忘れた、って話よ」
何という間の悪さ。
「もう一回解けば良いじゃん」
「ムリ。だって次のコマだもん、物理」
「……マジかよ」
あと三分も無い。
「それを早く言え」
「貸してくれんの!?」
神流の目がきらりと輝く。
現金なヤツだが、正直な反応でもあるので悪くはない。
「一回は解けてたしな」
そう言い残して教室の自分の席に戻る。
面倒なのでルーズリーフのバインダーごと引っ掴んでそのまま神流に渡すことにする。
その途中で何人かに、暖かいというよりは生温い、夏の夕立のような視線をいただいた。
――何を想像しているかは知らないが、とりあえずボクは迷惑だと薄ら感じていることは察していて欲しい。
おかしな方向に考えられていないか、ちょっと心配になった。
「ほい。範囲はコレで大丈夫たったよな」
「うん! それ! ありがとー!」
本当に確認したのか解らないくらいにペラペラとページをめくり、神流は早々に自分のクラスへと戻っていった。
八組の教室に入るとすぐに出てきて、もう一度ボクに向かって「ミズキ、ありがとねー!」何て言いながら走って行った。
どうやら物理教室での授業らしい。
時間はギリギリだが、物理の教師陣も基本的には来るのが遅いので問題は無いだろう。
「……相変わらずすげえパワフルだな。何だっけ、高島だっけ?」
「そ。高島神流」
「オレ、アイツ、キライ」
小学生かよ――。
そう思いながら見る風船ガムのようにぷっくりと膨らんだ大輔の頬は、愉しそうな祐樹の右人差し指が潰していた。
神流と大輔。マッチしそうで、マッチしなさそうなふたり。
きっと瑞希は胸焼けを起こすのだろうけど。




