社会人である私が見目麗しい少年と盛大にイチャイチャするだけの話。 羨ましかろう。 覗いて良いんだぞ? んん?
「んんんんぅ、本郷くぅん? 本郷くん(↓)本郷くん(↑)本郷くん(↓)本郷くぅん(↑)?」
絶妙に癇に障るイントネーションが鼓膜を震わせる度に、私の中のムエタイ選手がファイティングポーズを構えていく。この段階で既に、黄金の右足は発射寸前だ。
だが、愛を込めてインパクトを極める訳にはいかない。それは、私が戸籍上でいう女性なる立ち位置であり、そういった淑女的観念に反する行為こそが悪とされると教わったからだ。
更に言えば私は一人の社会人であり、彼が私の所属する会社の上司であるからだという点も、非常に強い理由となりえる事は想像に難くない。
「なんでしょう、野口課長」
「本郷くぅん、これねぇ、このプレゼンの書類ね本郷くぅん? 書き直しした方がよくない? 本郷くぅん」
「……理由をお聞かせ願えますか?」
「いやいやいやわかろう? わかるよね? ねぇ本郷くぅん? これね、内容がわかりづらいの。ねぇ本郷くぅん」
ほう、わかりづらいとな。
「なんていうの? アピールポイントが見えないって言うかさぁ本郷くん。もっとこう、優秀な? 君だけじゃなくてさぁ、みんなが理解できるような温かい内容にできないかなぁ本郷くぅん?」
丸眼鏡をカチャカチャ忙しく調節しながら、口元を「お」の形にしたまま器用に喋る醤油顔を見つめ、必死に素数を数えつつ私は彼の言葉を反芻してあげた。これだけでも三日三晩私の自宅方面に土下座して感謝の意思を念じるという行為を請求したい。
わかりづらいか。そうかわかりづらいか。
課内職員全員に書類を確認してもらい、一番仕事の遅い丸ノ内くんからも「これなら僕にも理解できるっす!」と太鼓判を押してもらえたこの書類がわかりづらいと。
それでも改良点がないかと近所の喫茶店でお茶しつつ確認してた所、たまたまお忍びでいらっしゃった会長さんに書類を見られ、「ほう、これはいいね。プレゼンを楽しみにしているよ」とイケメン爺しか起こせない風を吹かせながら言われたこの書類を、わかりづらいと。
「君がさぁ、人事部の肝いりで入った超~優秀な人材だってのは理解してるよ本郷くぅん? でもさぁ、僕ら一般人は天才じゃないわけ。わかるぅ本郷くぅん? 君だけが理解できる内容に纏められてもさぁ、困っちゃうんだなぁこれなぁ本郷くぅん」
いや、落ち着けって野口。深呼吸して周りを見ろ。
既に課内全員が「マジかこいつ」って顔で貴方を見ているから。まるで現代に生きる北京原人を見たような顔で貴方を焼き尽くさんと熱視線送り続けているから。
この空間内でこの書類について理解が及んでいないのは、既に貴方だけなんだってば。
「……はぁ、わかりました。どの箇所を変更したらよろしいので?」
「はぁ? 優秀な君なら僕なんかに言われなくてもわかるでしょ本郷くぅん? とにかく明日までに直してねっ」
ほう。
ほうほう、ふむふむ。
なるほどなるほどぉ。
「失礼します」
「はぁい失礼されま・し・た~ぁ」
私は踵を返し、奇しくも野口課長と同じデザインの眼鏡を指で押し上げる。
後ろで団子に結んだ黒髪も、今なら真の力に目覚めて金色に染まり逆立てられそうな気がしなくもない。
自分の席に戻っていく私を、同僚達が見守ってくれている。その瞳に何故か【恐怖】が感じられるのは、きっと気のせいに違いない。
「…………」
無言で社内電話の受話器を引っ掴み、元上司の人事部長に連絡。簡単に挨拶をかわし、用件を伝える。
彼はため息をつきながらも、とある人物に内戦を繋いでくれた。もちろん、彼から直接という訳ではないだろうが、ありがたい事に変わりはない。
今度一杯くらいは驕ってあげようと思う。
『やぁ、代わりましたよ』
「突然のお電話申し訳ございません。先日喫茶店でお会いした者です」
『……あぁ、あの時の。どうかしたかい?』
「失礼ながら、まずはお詫びをと思いまして」
『ほう』
「先日の書類ですが、楽しみにしていると大変好意的なご意見を頂いていたにも関わらず、猿お方のご意向により内容を変えざるを得なくなってしまいました。後日のプレゼンにて内容が変わっているかと存じますが、ご容赦の程何卒宜しくお願い致します」
『おや……それは残念だ。一体誰がそんな判断を下したんだろうねぇ』
「個人情報の漏えいは立場上できかねます。それでは、失礼いたします」
『うん、ありがとうねぇ』
そこまで会話し、私は内線を切った。同時に時計をみやれば、既に勤務時間は定時よりも3分オーバーしている。これはいけない。
「では、お先に失礼いたします」
我ながら慌てた様子を見せてしまいながら、鞄に道具を突っ込んで席を立つ。
現時刻は5時3分。今帰れば丁度だという高揚感が、私の体を突き動かすのだ。
「あれぇ? 書類はどうしたの本郷くぅんねぇ本郷くぅん」
「熟考した上で決めたく存じますので。それでは」
場を騒がせたお詫びとして、同僚に一礼する。
皆慌てて「お疲れ様でした」と言ってくれた。挨拶は気分が晴れやかになる。
だが、私の気分が次第にアゲアゲ(↑☆↑☆↑)になっていく理由は他にあるのだ。
「お疲れ様でした」
本郷 夏江、退勤。
ちなみに翌日、野口課長が顔面蒼白で私に向かって土下座し謝罪の念を送り続ける事案が発生したのだが、ここでは明記しない事とする。
◆ ◆ ◆
「あ、夏江さん。おかえりなさいっ」
「あぁ、ただいま。志信くんもおかえり」
「ふふ、はい、ただいまですっ」
はぁぁぁぁぁん、天使いぃぃぃぃぃぃ!!!
都内で5番目程に大きいとされるマンションの4階にて、私は脳内で魂の咆哮を上げていた。
その原因は言わずもがな。目の前に降臨した天使の存在故にである。
独身暮らしの見慣れた巣穴、その名を403号室。気高き戦乙女でさえも、一ヵ月過ごせば侘しさで胸いっぱいになること請け合いの我が家なれど、そんな寂れた暮らしにも清涼剤が存在する。
それが、壁一枚と防音緩衝材にて遮られたヴァルハラに住まう存在。すなわち隣人である彼である。
志信・マーカス。見るからに幸せな家庭で生まれ現在進行形で有意義に育つ、未来を背負う若者である彼と出会った事で、私の仕事しか存在意義のなかった生活は一変したのだ。
ハーフである彼の特徴は、見事なまでのエンジェルリングを輝かせる、艶やかな淡い栗色のショートヘアだ。
瞳は青みがかっており、顔つきの造形的に日本人に近いが、やや平均よりも鼻筋が高く大人びた雰囲気を感じさせる。しかし、肉付きや輪郭は変わらず少年特有のものであり、中性的な点も相まってアンバランスな美を体現していた。
身長は低いとしか言いようがない。167cmという、女性にしては高めと自覚している私と比べたとしても、彼の体躯は小動物のようだ。
そんな彼が、玄関前にて偶然遭遇した私に対し、真っすぐに見上げながら笑顔の挨拶をかましてくるのだ。一瞬後には物言わぬ肉塊となって廊下に飛び散ったとしてもおかしくない威力を秘めていると言って良い。
「志信くんとは、いつも帰る時間が重なるな」
「そうですねっ。いつもこうして夏江さんに会えるのは嬉しいですっ」
「あぁ、私も志信くんの笑顔が見れて嬉しいよ」
気合いで鼻の奥を収縮する。危うく鼻血が噴き出すところだった。
当然、私が少年の帰宅時間に合わせて帰っているのが原因だが、それを疑おうともしない天然記念級純粋ボーイには伝えない。
私が彼と出会ったのは、5カ月前の雨の日であった。
17時37分にたまたま帰宅した私が見たのが、鍵を自宅に忘れたまま学校に行ってしまい、帰宅後にその事実に気づき閉め出されてしまっていた志信少年だったのだ。
彼の両親はかなり大きな会社の重役であるらしく、帰るのは夜になることが多いという。そんな彼を捨て置くのが忍びなく、私の部屋に案内したのがキッカケである。
その時は別段何か特別な事がある訳ではなく、互いに互いを知るように会話を続けていた記憶は鮮明に脳内に保管されている。彼の胃を温めるようなスープを作ったのも良い思い出だ。
結果として私と彼はすっかり意気投合し、帰宅した両親ともお礼と称して御馳走してもらい、これからも息子と仲良くしてほしいと事実上のGoサインを頂いて現在に至る訳である。
「……今日も、来るかい?」
「あ、はい! ランドセル置いてきますね!」
それからというもの、彼は暇さえあれば私の部屋に滞在するようになった。
胸中の高鳴りを抑えきれないという、未熟かつ青い春を満喫しながら私は己の居住空間に入り、一望する。最初はパソコンしかなかった我が家だが、今ではどうだ、この彩。
物欲というものに乏しく、簡素な空間だった私の部屋は、彼を迎える度に1つ、また1つと物を増やしていった。
今では、最新のゲーム機はもちろんのこと、数多のジャンルを網羅したDVD映画鑑賞セットも完備。果てはツイスターすら存在するアミューズメントルームになってしまっている。
そして、部屋に物が増える毎に、私の中で彼の存在は大きく鮮明になっていったのだ。
「はぁぁ……志信くんのおかえりなさい……尊い」
もはや完全にショタコンとして覚醒してしまったが、後悔など微塵もない。
愛い者を愛で、あらゆる反応を欲する事が、どれだけ満たされる事か。
あのチワワのような瞳を向けられ、笑顔という名のスナイパーライフルで撃ち抜かれる事がどれだけの快楽か。
もはや会社のストレスなど、あの子の存在を認識するだけで霞んでしまうというものだ。
「夏江さぁ~ん」
玄関前から声がする。どうやら、本当にランドセルだけ置いて急いで来てくれたらしい。
これはいけない。私も荷物を適当にその辺に放り投げ、彼を出迎えてあげることにした。
「あぁ、いらっしゃい」
「はいっ、お邪魔しますっ」
彼の服装は、この時期ならばポピュラーな半袖半ズボンである。某有名ゲームメイカーが誇る、日本一有名なネズミをこれでもかと強調したデザインは子供ならではと言った所か。
それでいて、若干の日焼けが見られるのがまた高得点だ。半袖から覗く、本来の肌との境界線が非常に健康的で美しい。むしろエロい(犯罪的思考)。
「あぁ、夏江さん。また部屋が散らかり始めてますねぇ」
「む……」
「ダメですよ~? ちゃんとゲームとか片づけないと。昨日僕らが遊んだままじゃないですか~」
「ふむ、今日もまた遊ぶと思っていたから、出し入れするのは非効率的かなと」
「そういう問題じゃありませんよっ」
いかんな。元々物を持たない気質だった私は、こういった片付けが思いのほか苦手だ。
別に出したままでも気にならないし、それで構わないと思ってしまう。
故に、時折こうして志信くんに怒られてしまう。なんたる役得か。
「今日はDVD見ようって約束してたでしょ~? ちゃんと片付けとかないとコードとかごちゃごちゃになっちゃいますよもぅ」
「いつもすまないな」
「んふふ、じゃあ今日のハンバーグ、チーズ追加してくれたら許します」
「お安い御用だ」
わぁい! と年頃にはしゃいで見せながら、彼は部屋の片づけを始める。
ゲームだけでなく、彼を今度どこかに連れて行ってやろうと読んでいた数冊の雑誌も拾ってまとめてくれていた。
「っ!」
私は即座に、脳内キャメラマンを召喚して記憶に焼き付けるべき光景を凝視する。
雑誌を拾う際に、彼はこちらに背を向けて前かがみになる。するとどうだろう。Tシャツがするりと物理的法則に従い、持ち上がっていくのだ。
そこに見えるのは、真っ白な背中。程よい肉付きにより、健康的な背骨のラインが伸びているのが見て取れる。
そしてズボンと腰の境目は、僅かに谷間の始まりを覗かせている。そこから下は決してたどり着いてはいけない桃源郷なのだが、私の探求心がいずれあの秘境を目指してしまうのではないかという確信が頭の片隅に常にまとわりついているのが恐ろしい。
「だが……良き」
「? どうしました?」
「いや、何でもない」
雑誌を胸に抱えてこちらを見つめる志信くんの姿は、まるで仕事に疲れた私を迎えてくれる幼な妻のようだ。仕草のひとつひとつが妙に艶やかで、髪を耳にかける動きなど見せられた日には胸が高鳴りを覚えてしまう。
芸者である祖母に作法を教わったと聞いているが、それ以外に色々身に着けてしまっている気がするのは私の気のせいではないだろう。
「それよりも、映画鑑賞といこう。今日は3本借りてきた」
「わぁっ! どんな映画ですか?」
「ふふ、見てからのお楽しみだ」
瞳を輝かせる彼に悪いと思いつつも、私は欲求に逆らえなかった。
今日は、楽しくなりそうだ。
◆ ◆ ◆
吉光冴子は、恐怖に染まった顔で一軒の古民家を探索する。
淀んだ空気、日の刺さぬ室内。窓は全て板が打ち付けられ、カーテンを開けたとて無駄だと彼女を嘲笑う。
手に持つ懐中電灯だけが唯一の心の拠り所だが、その人工的な輝きはあまりにも心もとない。
呪いの拡散から三日。既に彼女の周囲からは一人、また一人と仲間が消え、孤高の存在となり果てていた。
そんな状況で、何故唯一残った彼氏の高橋譲二は分担行動を取って二階に上がっているのだろう。普通は冴子を守るために共に行動するものなのではないだろうか。
……ははぁ、丸ノ内くんが言っていたぞ。これがいわゆる【死亡フラグ】というものだな?
「…………ぅ」
私の横では、志信くんが表情を引きつらせて画面を見つめていた。
目が悪くならないように、しかし雰囲気を出すためにわずかに灯りを絞った室内は、少々薄暗くなんともこの内容に沿った空気となっている。
『ガタンっ』
『っ……譲二? 譲二、どうしたの?』
「っ」
志信くんの手が私のスーツスカートを掴んだ。計算通りである。
「そろそろ何か来そうだな」
「ぁぅ……」
「怖いかね?」
「は、はひ……」
素直なのは彼の美徳だな。だが少年特有の好奇心は、1時間半もの間展開を追ってきたストーリーを、最後まで見ようと言ってはばからない。
そんなに怖いならやめておけば良いものを。好奇心猫を殺すとはまさにこのことだ。
「ふむ、ならばこうして見ればいい」
「ふぁっ」
私はここが勝機だと、彼の体を持ち上げた。羽根のように軽い少年だ。
そして、彼を膝の上に乗せてやる。
「あ、あの、夏江さん……」
「こうして触れ合っていれば、怖い事などなにもないだろう?」
「ん……あ、頭撫でないでくださいよ」
『く、来るな冴子! 来るんじゃな……うわぁぁぁぁぁぁぁ!!』
「ふぁ!?」
テレビから発せられた突然の悲鳴に、志信くんの体はのけぞり私の胸にボフンと埋まった。それだけでなく、腰に手を回して抱きついてきているではないか。
ナイスだ譲二。お前の事はけして忘れない。
「佳境だな。これから更に怖いぞ」
「ぁ、あう……」
「しばらくそうしているといい。私がついてる」
コクコクと彼が頷く。自慢じゃないがEカップの胸が彼の頭の動きに連動し、そこで彼は自分の状況を自覚してしまったようだ。
薄暗がりでもわかるくらいに赤面しているのが、よくわかる。……いや、胸が邪魔でよく見えないが、耳元まで赤くなっていたのだから間違いないだろう。
まったくもって、愛い存在だ。
『譲二! 譲二ぃ! じょ……ひっ!?』
譲二を追って二階に上がった冴子。そこで目にするのは、一人の女性。
女性は人体構造上およそ不可能な動きで天井に張り付き、こちらを白の無い瞳で覗いていた。
その光景に、冴子のみならず志信くんも硬直してしまっている。私の体から手を放すという選択肢が、恐怖により取れないでいるのだろう。
私はそのまま、体をわずかに前かがみにしてみる。スーツの上着を脱いでいるため、今は簡素なワイシャツ姿だ。
頭の上の質量が増えた事で彼の体がわずかに震え、一瞬視線をこちらに向けようと顔を動かし、慌てて戻すのが胸からの感触で伝わった。
言っておくが、これは断じて少年の若きリビドーを刺激しているのではない。私は映画に夢中になっており、画面を食い入るように見つめてしまったが故の事故なのだ。いいね?
『い、いやぁぁぁぁぁあああああああ!?』
画面の向こうでは、冴子が燃え尽きる前の蝋燭と化してあらん限りの悲鳴を喚き散らしている。
もはや呪いから逃げられる術はなく、彼女もまた、原因不明の失踪を遂げる事になるのだろう。
ありがとう冴子。人の幸せは他人の不幸の上に成り立っているとよく聞くが、私は貴女という犠牲があったからこそ、今こうして充実しているのだ。
「っ、ひぅ、うぅ~……!」
志信くんは限界だったようだ。もはや画面から顔を背けて、ガタガタと震えている。
当然、この状況で顔を背けているという事は、私の体に顔を埋めているという事だ。うん、死んでもいい。
「…………ふふ」
震える彼の背中をさすり、なだめてやる。いつものやや大人びた彼も良いが、こうして年相応の姿を見せてくれるのもまた良いものだ。
「志信くん。終わったよ、志信くん」
「っ……ほ、ほんほう、れふか?」
「息がくすぐったくて最高だ(あぁ、本当だとも)」
「え?」
「いやなんでもない。本当に終わったとも」
いかんいかん。思わず本音が口をついてしまった。彼の耳が胸でよく聞こえてなくてよかった。
しかし、素晴らしい時間もこれで終わりを告げる。恐怖の象徴が消えてしまえば、彼が自覚するのは現在のシチュエーションだ。
つまり、まるで乳飲み子が如く他者の胸に顔を埋めている自分の現状である。
「っ!」
慌てた様子で、彼は私から弾かれるように離れる。ようやく、顔を真っ赤にしている点が確認できた。
「すすす、すみませんでした……!」
「ふふ、気にすることはない。君が甘えてくれた事は、私の人生において高得点だ」
「あぅ……」
「なんならもう少しあのままでも良かったぞ? 来るかね?」
「い、い、いえ! 遠慮しておきますっ!」
「残念だ」
あぁ、思わず血涙を流しそうな程に残念だ。しかし、彼の素晴らしい照れ顔を見れたのでむしろプラスと言ったところか。
「さぁ、もう19時だな。ご飯を作ろう」
「あ、は、はいっ」
ハンバーグ生地は既に真空パックで寝かせてある。後はそれを焼いて、サラダなどを準備するだけでいい。
あぁ、チーズも忘れてはいけないな。
prrrrrrrrr prrrrrrrrr
「あ、電話」
ふと、彼のスマートフォンから着信が入る。
通知は知っている人物だったのだろう。何の気もなく彼は通話をオンにし、私に一礼して部屋の隅に移動した。律儀な子だ。
「はい。うん、どうしたの? ……うん、うん……えぇ? ……わかった、聞いて、みるけど……」
私はその間に料理の準備をしつつ、彼の帰りを待つ。
料理の際には、危なくない範囲ならば彼にも手伝ってもらう事になっているのだ。
「あ、あの、夏江さん……」
「なんだね?」
「その……ね? お父さんとお母さん、今日急な案件で帰れないかもって……」
「ほう」
ほう。
ほうほうほうほう。
「それで、その……よければ、夏江さんの所に、泊めてもらえないか、聞いて欲しいって……」
「据え膳」
「え?」
「何でもないもちろん喜んで歓迎しようお父さんとお母さんによろしく伝えておいてくれたまえ安心して我が家にいると良いむしろ一人で夜を明かすなんて危険だからねそれがいいうんそれがいい」
「は、はいっ、ありがとうございますっ! ……あ、お母さん? うん、大丈夫だって。うん、うん……あはは。もう、僕赤ちゃんじゃないんだから、一緒にお風呂なんて入んないよぉ」
なん……だと……?
今の話の流れは……お義母様(誤字にあらず)の方から、そういう許可、御達しが……?
ありがとうございます。ありがとうございます!
「うん、うん。おやすみなさい」
彼は通話を切り、私と視線を合わせる。
その頬はどこか上気しており……私の心臓がフンドシ男の一喝と共に狂乱和太鼓男節を奏でるのは必然と言えた。
「その……そういう訳、なので……あの」
「うむ」
「よろしく、お願いしますね?」
「あぁ、こちらこそよろしく頼むよ」
これはもう。私我慢しなくていいな?
もはやご家族公認だな?
本人もこれ満更じゃないな?
「……志信くん、着替えを取ってきたまえ。お風呂もここのを使うといい」
「あ、はいっ」
志信くんがパタパタと駆けていき、ドアの音が聞こえる。
私はしばらくそれを見送り……【諸君】に視線を合わせた。
「すまない。今見ている諸君には悪いが、今日はここまでだ。……これ以上は、書面には載せられないだろう?」
唇を、一舐め。
「彼がこの後どうなるかは、ご想像にお任せするよ。あぁ、けして不幸にはしないと誓おう。私とてそれは本意ではない」
それでは、と簡素に伝え、私はマウスを手に取り、【投稿】に指をかける。
「それでは、これにて終幕。またの機会をご贔屓に」
自分でも、それはそれは満面の笑顔が出来ていると予測できる。
そして、なんの躊躇もないままに、私はマウスをクリックした。
◆ ◆ ◆
「夏江さん、着替え持ってきました!」
「あぁ、可愛らしいパジャマだね。……それでは、ご飯を作ろうじゃないか」
「はいっ!」