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シリーズ 長い3世紀のルポルタージュ  作者: 久志木梓
Vol.3 記憶のなかの肖像画
22/26

3-4 石崇

「これかい? これは沈香(じんこう)の粉だよ。そう、遠く南で採れる香木を粉にしたものだ。


 高くないかって? アッハッハ、それは高いさ。目が飛び出るほど高い。


 しかしね、私は人間の人臭い匂いが一番嫌いでね、ふけとか垢とか汗とか、特に口臭なんてのはもっとも怖気(おぞけ)が来る。あれをどうにかできるなら実に安い買い物だよ。


 で、君が噛んでいるそれはどうだい。いい香りだろう? それも南で採れるものさ。


 いろいろ試したけれども、香木は南のものに限るね。交州(こうしゅう)交趾(こうし)、あそこで手に入る品々があればこそ、宮勤(みやづと)めの憂鬱(ゆううつ)も乗り切れるというものさ。


 そうそう、彼女たちのも嗅いでいったらどうだい。噛香は全員それぞれちがうものを使わせているんだよ。


 顔は美しく似て衣装も装飾も等しくし、けれど口吻(こうふん)からただよう香りだけは変えてあるのさ。美しいだろう?


 アッハッハ、なんだい近寄られただけで()であがったようになって。君はお抱えの画工だろう、しかもあの宮女の肖像画を描いている彼の弟子だろう、それなのに――え? うちの芸妓婢女(げいぎひじょ)のほうが綺麗(きれい)だって? 


 ハハア、それはそうだ。あの陛下に美が理解できるかどうか、はなはだ怪しいものだ。おっとっと、君、黙っておいておくれよ。もちろんタダでとは言わないさ。


 そうだ、ついでにこれも見ていくといい。そら、そこの象牀(ぞうしょう)の上だ。ん? 象牀だよ。象牙でつくらせてある。


 ハッハッハ、そう、君の言う「白いところ」全部だ。よく見たまえ、上に沈香の粉がまいてあるだろう。さて、挑戦する者は? よろしい、やってみなさい。


――フン、ぎりぎりだったね。だが成功は成功だ。あれを。


 わかるかい? 粉の上を踏んだ跡なく渡り切れれば良し、この真珠でできた首飾りをくれてやるのさ。真珠の数? 百だよ。


 何、つまらないものだが、私は細い軽い女こそ美しいと常々考えていてね。こうして褒美を与えて、細く軽くなるよう励ましているのさ。人を動かすにはともかく褒美が一番だよ、君。よくよく覚えておきたまえ。


 それにしても、いやはや、君は美しいものを知らなすぎる。それで絵なんて描けるものかね。どれ、私を描く前に、うちの女たちの一人か二人、習作に描いていったらどうだい」





石崇(せきすう)(二四九~三〇〇)

西晋(せいしん)の政治家、文人。西晋(せいしん)元勲(げんくん)である石苞(せきほう)の六男。

富豪の多かった西晋(せいしん)の高級官吏(かんり)のなかでも飛び抜けて財産の多かったことで有名で、数々の伝説逸話(いつわ)を残した。

外戚(がいせき)賈謐(かひつ)に接近し、賈謐(かひつ)をパトロンとした文学集団「二十四友」に名を連ねた。

クーデターで賈謐(かひつ)らが殺害されると、愛妾(あいしょう)緑珠(りょくしゅ)を渡すことを拒み、これが発端(ほったん)となって刑死した。

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