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シリーズ 長い3世紀のルポルタージュ  作者: 久志木梓
Vol.3 記憶のなかの肖像画
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3-3 賈充

 この仕事に取りかかる前、さてどういう段取りで進めましょうかと僕は賈大公様(かたいこうさま)にご相談申し上げた。何分(なにぶん)前代未聞の仕事である。


 賈大公様は、まずは私含め、密勅についてすでに知っている者から始めましょう。誰が知っているかは、ここに書いておきました。ほかに誰を描くかの一覧は、あなたの方で草案を作って出してください。官位官職の高い者から並べていけばまず間違いないでしょう。あなたのお師匠は情報通ですから、彼に相談すればよろしい。


 もし何か不備不足があったら、(あか)を入れておきます。間というものがありますから、描くのは順繰(じゅんぐ)り通りにはいかないでしょうが、ともかく私の方からめぼしい者へ連絡して、都合のつく者から斡旋(あっせん)しましょう、と(うけが)ってくださった。至れり尽くせりだった。僕は、ハハア、ありがとうございますと恐縮してぺこぺこ頭を下げるばかりだった。


 その下げた頭へ、クスクス忍び笑いが落ちてきた。もちろん賈大公様が笑ったのではなかった。忍び笑いは少女の声だった。賈大公様は構わず話をつづける風だったが、とたとた軽い足音が近づき遠ざかりまた近づきと、まとわりつく。


 「ちょっと失礼」と賈大公様は卓に出ていた菓子、僕が師匠に相談して師弟ともども頭を悩ませて持参した手土産の菓子のご自分の方を、懐から出した手巾(しゅきん)で包み、しばし応接間から退室された。


「いや失礼しました。せっかくのおもたせを」と戻っていらした賈大公様の背中の陰に、菓子の手巾包みを持ったにんまり顔の幼い少女がちらと現れて、僕にあっかんべをしていった。


 僕は賈大公様の、陛下の懐刀(ふところがたな)である老政治家の、父としての態度に驚いた。そして後年この少女が韓様(かんさま)に嫁ぎ、その醜聞(しゅうぶん)も聞こえてくるようになったとき、あのあっかんべと手巾の包みとがありありと思い出されたのだった。





賈充(かじゅう)(二一七~二八二)

三国時代の()から西晋(せいしん)にかけての政治家、武将。

はじめ司馬懿(しばい)と対立した曹爽(そうそう)に仕えたが、二四九年に曹爽(そうそう)正始政変(せいしせいへん)高平陵(こうへいりょう)の変)で失脚(しっきゃく)、刑死し司馬懿(しばい)が実権を握ると改めて司馬一族に接近、以来三〇年余にわたってその腹心として仕え続けた。

西晋(せいしん)の二代皇帝・恵帝(けいてい)の皇后である賈南風(かなんぷう)の父。




少女

賈午(かご)(二六〇~三〇〇)のことか。

賈充(かじゅう)の末娘で恵帝の皇后・賈南風(かなんぷう)の同母妹。のち韓寿(かんじゅ)に嫁ぐ。一説には婚前に韓寿(かんじゅ)を見初め密通し、父の賈充(かじゅう)はそのまま結婚させたとも言われる。

賈午(かご)の息子の韓謐(かんひつ)賈謐(かひつ)と名を改め、男子のいなかった賈充(かじゅう)の跡目を継ぎ、伯母の賈南風(かなんぷう)とともに政治の実権を握った。

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