第四話 関羽の嫁入り
結局関羽とは、夜が白けるまで。
河の中で、ほとりで、河原で。
若い男女が夜中に会っていれば、当然するであろう行為の限りをつくした。
関羽の身体は最高だった。
明け方に、ぷるぷると腰砕けになった関羽は。
「せ、責任を取ってもらわなければ困ります…」
セキニンってなんだろう。
漢字すらわからないが、この劉備玄徳。
幼い頃より、玄ちゃんは空気の読める子ねーと近所で評判だった男。
「セキニンは取る!!!」
「主様……!!!」
とりあえず宣言してみたら関羽はなんか感動していた。
「なぜ責任がカタコトなのか気になりますが……わかりました。この関羽雲長。一生ついていきます」
なんか重いことを言っていた。
ついてくるのは若くてピチピチの時だけでいいのだが。
まあいいか。
「つきましては、早速、ご母堂様にご挨拶をさせて頂きたく」
「ご母堂? うちのかーちゃんのことか?」
「はい」
あんなしわだらけのババアに会いたいなんて珍しいことを言う女である。
初めて言われたかもしれない。
劉家の暗部なのだが。
まあいいか。
「いいぜ。ついてこいよ」
「え、このまま??」
「おう!」
「いえ、私も女の端くれ。身繕いをしてから参ります」
「お、おう」
なぜうちのババアに会うのに身繕いが必要なのかわからなかったが、とりあえず頷いておいた。
家の住所を教えて、その場で別れる。
いやあ、しかし良い女をゲットしたものである。
俺は足取りも軽く帰宅の途についた。
家に帰るなり、俺は部屋(子供部屋)で昼過ぎまで爆睡していた。
「玄徳! この穀潰しが! いつまで寝てるんだい!?」
「ふわぁ、うるせえババア◯すぞ」
ババアにいつもの朝(昼)の挨拶をして、尻を掻きながら起きる。
あー今日もよく寝た。
ババアが起こしたってことはそろそろ飲みに行く時間か。
金をせびって、隣の雍にセクハラをせねば。
「金なんてあるわけないだろ! たまには働きな、このろくでなし!」
え、ひどい。
親は子供を育てる義務があるというのに放棄するとか。
まあ20はとっくに超えていて、30が近い子供だが。
子育て放棄には違いない。
しかもろくでなしとか悪口まで言われた。
多感な年頃なのに……。
「このクソババア!」
とりあえず、家の柱を抱きしめて、グイグイと揺さぶる。
ボロい劉家はそれだけでミシミシと音を立てて揺らぐのだ。
「やめな! 家がぶっ壊れちまうよ!」
「うるせえババア!」
とりあえずの復讐をして家を飛び出した。
家を出ると、幼馴染の雍がいつものごとく通りを掃いていた。
尻でも撫でてやるかと近づくと、いつもと調子が違う。
「………」
どこか一点を見つめて、固まっていた。
俺もそちらの方を見て、固まった。
シャランと鈴のかんざしの音。
先端までよく梳かされた漆黒の髪は陽光を艷やかに反射し。
その褐色肌を包んだ純白の袍はよく映えていた。
すました顔には一点の汚れもなく、長身が醸し出す高貴な雰囲気は淑女そのもの。
まるで嫁入りでもするかのように着飾っった関羽がそこにいた。
薄く紅まで指して、完全なる美女だった。
「おはようございます。主様。関羽雲長、罷り越しましてございます。」
そういや、身繕いをどうの言っていたのを思い出したが。
いや、整えすぎだろ。
え、こんな気合入れて、うちのしわくちゃババアに会いに来たの?
結納でもあるまいし(!?)
「………」
そんな関羽の隣には、顔を赤黒くした張飛がいた。
ピキピキとこめかみに血管を浮かべて、目を血走らせている。
肝臓でも悪いんだろうか。
「義姉者、嘘だと言ってくれ! こ、こんなボンクラに! こんなクソ野郎に姉者が……!」
張飛は俺を殺さんとばかりの目線を送ってくる。
え、すげえ怖い。
「翼徳! なんども言ったではないか。主様に失礼であろう。この関羽は主様のものになったのだ。義弟のお前は主様をなんて呼ぶんのだ!?」
「あ、義兄者……」
ピクピクしながら、張飛が俺をそう呼ぶ。
いや、こんな筋肉の塊みたいな義弟いらないし……ってこともないか。
あの張飛が? 辺りでブイブイ言わせていた超武闘派の張飛翼徳様が?
この俺を義兄と呼ぶ。
これは俺の格も爆上がりなのでは。
「おう張飛、昨日は随分な態度を取ってくれたな? 図が高いんじゃないのか? ん??」
ひょいっと張飛に近づいて、そんな挑発をしてみた。
「この三下、調子に乗りやがって! 三枚におろしてや——」
「翼徳!!!」
「——と思ったけど、昨日はすまなかったな、あ、義兄者……」
「おう良いってことよ!」
そう言いながら、張飛の虎髭をブチッと抜く。
「いつかぶっ殺してやる……」
張飛は赤黒い顔でそんなことを呟いていた。
そんな時だった。
「玄徳や、なんの騒ぎだい?」
家からババアが出てきた。
「御母堂様!!!」
急に関羽がズシャっとその場に跪く。
せっかくの袍が汚れるのに。
「な、なんだいあんたは?」
あのババアがビビっていた。
「関羽雲長と申します。この度、劉備玄徳殿の嫁になることなりました」
「「「ええええええ!?」」」
驚きの声を上げたのは、ババアと幼馴染の雍と、俺。
「なんであんたまで驚いているんだい!?」
「玄ちゃんの浮気者!!!」
ババアと雍から詰められるが、俺だって関羽が何を言っているのかわからない。
嫁にするなんて一言も言ってないのだが。
まあ、関羽は美女である。
嫁にしてやるのもやぶさかでないが(超上から目線)。
でもなー。
嫁なんて作ったら、他の女と遊べなくなりそうじゃん。
まあ、俺なら遊ぶが。
きっと関羽に怒られる。
それは怖い。
なので。
「関羽! まだその時ではない」
とりあえず振ろうと思ったけど、あの身体はもったいないので、曖昧に濁すことにした。
「主様……!」
結構な屑動作をしたつもりだったが、なぜか関羽は怒るどころかハッとした顔をしていた。
「主様、この関羽、間違っておりました。黄巾賊が猛威を振るう中、今はまだ婚姻など結ぶべきではない、そういうことですね!?」
「お、おう」
黄巾賊。
そういえば、最近よく聞く。
なんか宗教的なアレで、一昔前に池がつく繁華街で流行った色賊みたいなもんだったかな。
爆発的に増えていて、王朝も手を焼いているとか。
「わかりました。ではまず、黄巾を討つ義勇軍を立ち上げましょう」
「お、おうって、ええええ!?」
なんか話が変な方向に行っていた。




