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「………………………」
「どうした息子?そんなに帰れないことが辛いのか?」
「………………おま、マジ死ね」
「死んどるぞ?」
僕の頭に思い浮かんだ言葉は、決して人様に向けて言ってはいけない言葉であった。死ねと言う言葉は、しかも父親という尊敬すべき存在には絶対に言ってはならない、非道徳的かつ非人道的な言葉であった。
「ちょっと待てお父さん。ここは百歩譲って取り敢えず殴るのはやめておく。理解力のない僕に、この状況を説明してください」
僕が顔の引きつりをどうにか押さえ込み、腰を丁寧に折ると、父親____もといゼウス様は、腕を組み、何故か「仕方がないな」とばかりに上から目線になった。我が父親ながら、本気で死ねと思っている僕の心の内など気づきもせずに、父は言った。________いや、既に死んでいるのか……
「もう一回言うぞ?お前は異世界に転移されました。ここまでオケ?」
若干ノリがうざい気がしたが、僕はおとなしくコクリと頷いた。
「それで、お前を呼び出すにあたって、制約が必要だったので、お前にとある課題を与えました。それがとうきょ……ゴホッ、『イデア東京』の奪還と、ガブリエル討伐です。あ、ガブリエルさんはサタン軍幹部ね。ここまでオケ?…………ぐはっ!!!」
僕の父親は、異世界転移させられた息子によって、宙に吹き飛ばされていた。
「オッケイな訳があるか!!ふざけんな!!普通の高校生呼び出して、なにができるって言うんだよ!!課題ってなんだよ!!高校教師的なノリで高ハードルの制約を課すなよ!!」
「………………むう、さすが息子。あとパンチ痛いから」
僕のグーパンをもろともせず、否、多少は効いてはいるようだが、ゼウス様には頬をさする程度のダメージしか与えられていないようで、奴は何事もなかったように僕に向き直した。
「まあ、アレだ。ほら、異世界転移には得点がつきものじゃん?チート能力とかチート能力とか。あるぞ、それ。俺がつけてやった」
____________ほお。さすが僕の父親だ。僕の怒りをなだめる術は身につけているらしい。無論、僕の耳は無意識に傾けられる。
「…………なんだよそれ。その幹部さんくらいは吹き飛ばせる能力くらいはあるよね??ないと帰るよ?」
「うん。今のお前にはな、その幹部さんを吹き飛ばすくらいの力と魔法を使える能力……………が備わってます。運が良ければ」
「へ、へぇ!!!それは凄い!!ラノベ風に言ったら魔王の幹部をいち殺にできる能力ってことだよね?……………おい、最後に何か言ったか?」
そう、確かにこの男は最後に何かを付け足した、気がした。
「言ってません」
「言ったよな?」
「…………………………その能力か、動物と話せる力かカラオケが劇的に上手くなる力か朝六時に絶対に起きれる能力のどれかが備わっています」
「使えねぇな!!残りの三つ!!」
僕の反射的なツッコミに、父親は申し訳なさげにポソリと呟いた。
「だってさ………ほら、いきなりチート能力が確約されてたらさ、話的に面白くないじゃん?だから能力をランダムに添付することにしました。ほんとはやめようかなって思ったんだけどさ、四分の一の確率で世界が救われるならさ、まあいっかって…………」
「…………………………」
なるほど、こいつは四分の一の確率でこの理想世界とやらが助かる方にかけ、残りの四分の三で僕にクソみたいな能力を付け足すだけの選択肢を選んだと言うわけか。本当に死ねよこいつ。……………死んでるのか。
「……………それ、どうやったら分かるの?何を授けられたかって………」
「しらね」
「は?」
「いやだってそういうシステムだし!?もともとこのロシアンルーレット的な嗜好の発案者は先代のゼウス様発案だし………戦ったら分かるんじゃね?」
なるほど、それは妙案だ。確かに戦闘をしたら自分に備わっている能力が分かる。…………四分の一の確率で。
「ま、まあ、とりま戦ってきたら分かるワケだしさ、さっそく行ってくれね?東京。こうしている今も、奴ら二十三区完全制圧しようとドンパチしているワケなんで………」
「ちょっと待て。展開が早すぎるだろ。異世界転移してまだ数分しか経ってないぞ」
「えー。でもさぁ、お前だって早く帰りたい訳じゃん?それにゼウス軍がこれ以上傷つくのは俺にとっても良くないわけで………ほら、ウィンウィン」
「お前が俺をこの世界に呼んでなければな」
「あはは〜〜」
父親は、ぺろっと舌を出して小さく苦笑した。これはこいつの昔からの癖で、どうやら自分に非があると認めた時にする仕草らしい。僕の経験則だ。
「あははじゃないよ…………せめてほら、何かないの?武器とかさ」
「あるぞ。伝説の剣、エクスカリバーがな」
エクスカリバー。それは伝説の勇者が必ずと言っていいほど持っている、一撃必殺のこれまた伝説の剣である。言わば、某RPGで言うところの銀河の剣的立ち位置で、軽く振るだけでギガスラッシュ並みの斬撃がとばせる的な特典付きのアレである。
「マジか!!お父さん有能!!それがあれば能力無くても幹部倒せる気がしたぞ!!」
「だろ!?流石我が息子だ。ノリが良い!!中二病!!」
「殺すぞ」
「死んでまスゥ〜〜」
これほどまでに、自分が死んでいることを有利に働かせるものが過去にいただろうか。そんな事はさておき、僕は輝かしく光る目でゼウス様を謁見し。
「早く出して!!エクスカリバー!!うぉぉぉぉ、エクスカリバー!!!」
異世界転移された恨みも忘れて、父親が出すと言う伝説の剣の出現をただただ待っていた。
「それでは行こう!エクスカリバー召喚!!」
「おおおおお!!!!」
もっともらしいセリフを吐いた父親がパチンと指を鳴らすと、後光が二人の間に差し込み、空間が割れ、目の前に光る剣が現れた。
「おおおおおおおお………お………おお??…………………………………………………お?」
その光る剣は、気のせいであってほしいがブロンズの光を反射していた気がした。
「ハイ、これがエクスカリバー」
「ふざけんな!!」
父親が差し出した剣は、先ほどまで放っていた光を急激に弱め、見た所、初期アイテムの「銅のカタナ」のような様相を呈していた。
手にずっしりと重りがのしかかる。が、持って僕は確信する。普通の銅の剣である。しかも、持つ部分はは木製の。
「………………まあ、ランダムに取り出したし……………っと、なんじゃない。さあ息子よ!!さっそくだが、旅立つが良い!!」
「……………いま、ランダムとか聞こえたぞ」
「はーい、何か言いました?じゃ、さっそく行くよ?武蔵野市…………じゃなかった、『イデア武蔵野市』まで飛ばします!!【ゼウス・ワープ】!!!」
「おい!!!エクスカリバーはどーした!??」
僕の咆哮とほぼ同時に、僕の足元には魔法陣が突如として現れ、円周上に光の柱が発生し、瞬く間に僕を包み込んでいった。
「それじゃ、東京は任せたぞ」
眩い光の中、父の声が耳に届く。
「………………すいません、ゼウス様がすいません!!!」
先程から、父の隣で僕との会話を見守っていた男性が、申し訳なさそうに何度も頭を下げる様子が、光の間から僕の視界に入ってた。
(………………こいつ、覚えてろよ)
父親への恨み節を胸中で唱えていると、僕の視界は完全に光に覆われてしまった。
*