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__________僕の名前は綾瀬健。東京都内の高校に通う、一見普通の学生である。一見普通といったのは、ハタから見たら何の変哲も無いという事だ。しかし言い換えれば少しワケありだという事である。
ワケあり、というとも、僕は五年前両親を交通事故で失っている。今は国や都から支援をもらいつつ、アルバイトをして可愛い二つ下の妹である藍子を養いながら暮らしている。今年は大学受験も控えており、日々バイトと勉強の両立にあくせくしている。
「あーあ、今日も一日が始まるのか……気怠いな」
そんな怠惰なセリフを漏らしながらも、何時もよりも数十分早く目を覚ました僕は、普段兄のために尽くしてくれる妹に少しでも恩返しをしようかと、台所に立ち、未だ眠っている妹のために手料理を振る舞おうと冷蔵庫から食材を取り出し、フライパンに火を通した。
その時である。
「へぇー、お前料理できんのな。いやー、息子の成長は嬉しいもんだね。お父さん感動」
「………………………………へ?」
______ 気のせい、だろうか。いや、きっと気のせいだろう。リビングの方から、何やら男性の声がした気がした。この家には僕と妹しか住んでいない。玄関にはチェーンもつけているため、侵入するものなどはいない。それに、忘れることは決して無いこの声は…………いや、やはり気のせいだ。もしくは幻聴の類だ。
「えー、無視?五年ぶりの再会なのにお父さんに何も無いわけ?」
「……………………………」
どうやら僕は疲れているらしい。それもそのはずだ。昨日は夜十時まで勤労に勤しんで、その後二時まで勉学に励んでいたのだ。そして今は午前五時半。睡眠時間は四時間をきっている。こんな生活を数ヶ月と続けていたら、幻聴が聞こえたりもするだろう。
「おーい、健?無視はよく無いぞ!お父さんお腹減ったから、何か作ってくれよ!」
「………………………………」
幻聴が聞こえた僕は、自分の聴覚に騙されたつもりで、男の声が聞こえるリビングへと向かった。この世には幽霊というものが存在すると主張する人もいる。僕は全く信じていないが、万が一、万が一ということもあるかもしれない。しかし、リビングのソファーに腰掛けていた男性は…………
「………………………………っっ!!!」
__________僕は言葉を失った。その男の姿は、五年前に事故死した僕の父親のそれと瓜二つだったのだ。いや、正確には違う。まるで神のような、いうならばギリシャ神話に出てくる全能神ゼウスのような神々しさと衣装を纏った、僕の父親こと綾瀬弘綱。そんな容姿である。さらには後光が差している。
「やっ!息子、久しぶり。お父さんだぞ!」
「いや、なんで!?」
反射的に出たツッコミだった。紛れもなく、五年前に死んだ父親がそこにいる。僕の心中は父親に再び会えた嬉しさと、この状況に対する困惑と、子供二人を残して先立った父親に対する怒りが混在した、複雑なものだった。
どうやら僕は不意に涙を流していたらしい。頬を水滴が伝う感覚が走った。それが一滴から二滴へと増えていき、僕はその場に崩れていた。
「そ、そこまで嬉しかったのか?お父さんも嬉しさを通り過ぎて若干引いたぞ」
「うっさい!!僕がどれだけ苦労したと思ってるのさ!!てか、なんでいるんだよ!!」
「あ、いやぁ………すまんな、ちょうど用事があって。えっと、感動の再会をもうちょっと楽しみたいんだが、ちょっくら異世界召喚されてくれ」
「____________________は?」
唐突にラノベ的展開のセリフを吐いてきた父親に、ぼくはこれまた反射的に言葉を返してしまった。きっと、いっぺん死んで脳細胞も死滅しているのだろう。
「ゴメン、お父さん。今なんて言った?」
「いやほら、だから異世界召喚………いや、理想世界転移してくれないかって」
そういえば、僕の父親は大のライトノベル愛好家であった。異世界転生、ファンタジー、ラブコメによって洗脳された僕の父親の頭の中は、中二病も同然なのであろう。
「異世界転移って、アレだよね?ラノベとかでよくあるやつ」
「そそ。まあ、異世界っていうか、理想世界というか、神の世界というか。ほら、二元論って知ってるだろ?イデア界と人間界みたいな」
「え?……あ、倫理政経で習ったね。古代ギリシャの思想家ヤツだよね?」
「そそ。ちょっと違うけど。まあ、二千年以上も前に世界の真相直前までたどり着いたプラトンさんは偉大だぞ。コレ、テストに出るからね。と、そんなことはまあいいから。取り敢えず理想世界に行くぞ?」
「は?ちょ、何言ってんの?………頭大丈夫?」
「はーい飛びまーす!」
「ええええええええ!!!!!!?????」
____________キュュュゥゥゥィィィィンン!!!
アニメやラノベでよく見るような異世界転移のように、僕と父親の周りには突如としてあふれんばかりの光が発生し、そのまま二人を包み込んでいった。
(いや、マジっすかこれ。これって本当に異世界に行くんじゃぁ………)
そんな危機感が胸の中に募り始めた時、二人を覆っていた光はパッと宙へと霧散し、突如、大きく視界が開けた。しかし、僕の目の前に広がっていたのは__________