第73話 狂姫
ICH東京本校の本戦は順調に開始された。すでに、七条歩と有栖川華澄の第一試合は終了し、次に皆が注目する選手はただ一人だった。
倉内楓。ICH東京本校の生徒会長にして、昨年の三校祭の準優勝者。皆からは尊敬と畏怖の念を込めて呼ばれている。―――狂姫と。
そのルックスは一国の姫のように艶やかで美しい。さらに長い黒髪が彼女の魅力を引き立てる。だが、戦闘している姿は狂っているとしか形容できないほどに荒々しい。生まれながらの戦闘狂としか思えないその戦いぶりから、その二つ名がついた。
だが、彼女はそのようなことは知らない。楓の頭にあるのは目の前の相手を倒すことだけ。いかに戦闘を楽しむか、いかに相手を圧倒するか、いかに勝利をもぎ取るか。それが彼女の全てである。
そして、とうとう倉内楓の本戦が開始するのであった。
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「歩、今日は会長の試合だけど観に行くのかい?」
「もちろんだよ。会長の試合は生で見ときたいからね」
「なら僕も行こうかな。ちょうど疲れていたし」
「葵は誘わなくていいの?」
「葵は今が頑張りどきでね。そっとしておくさ」
「じゃあ、今日は珍しく二人か。二人きりは珍しいね。最近はみんな一緒が多かったから」
「そうだね。アメリカにいたときは四六時中一緒にいたけど、こっちでは珍しいね」
「じゃあ、そろそろ始まるし行こうか」
「そうしようか」
歩は紗季のラボで、今までの試合のデータをまとめていたのだ。すでに彼女のラボは葵と歩のスペースができていた。しかし、それでも未だに使っていない部屋があるので、彼女がどれだけ優遇されているかがよく分かる。
そして、二人は倉内楓の試合を観に行くのだった。
「うわ、さすがに多いね」
「これは今までの中でも一番多いんじゃないかい?」
二人が観客席に着くと、すでにほとんどの席が埋まっていた。学生用の席はまだ空きがあったが、一般用の方はすでに満席となっている。
七条歩と有栖川華澄もそれなりに認知度はあるが、倉内楓は別格である。彼女は昨年の三校祭の準優勝者。また、その死闘はどちらが勝ってもおかしくなかった。高校最強と謳われる彼女はそれだけの実力を備えている。
学年代表選では手を抜いていたのか、日本刀の剣技のみで突破。歩は彼女の試合をすべて生で見に行ったが、創造秘技もVAも使っている様子はなかった。純粋な剣技のみで彼女は本戦にこれるほど優れている。だが、今回は本戦。
相手は歩が以前対戦した、中澤樹。戦ったから分かるが彼はかなり強い。歩は森林フィールドということもあって上手く勝利することができたが、今回は平原フィールド。
広さは半径5キロ。また平原と言っても何も無い訳ではなく、ところどころに大きな岩や石柱が置いてある。コレを上手く使い戦闘するクリエイターもいるが、大抵は正面からの打ち合いとなるのだ。
「今回は平原フィールドだね。ARレンズはつけてるのかい?」
「あぁ。最近はほぼ毎日つけてるよ。紗季はグラス?」
「僕はレンズは性に合わなくてね。いつもグラスさ」
そう言うと、紗季はARグラスをかける。そして二人は試合が映るように設定を変更。
視界には倉内楓の姿と中澤樹の姿が映る。二人の現在位置は対照的に離れており、選手は互いの姿を捉えることができないほどの距離。
「さすがに二人とも3年だから落ち着いてるね」
「そうだね。僕が見ている限りでも、戦闘準備は万全って感じだ。歩はどう見る
?」
「うーん、この試合はかなり予想が難しい。中澤先輩は戦って思ったけど、かなりのパワータイプだ。VAも基本的な強化系。一方の会長は、感知系VAを持ってるけどパワーで押してくる。使うのはカウンターが主だけど、同じタイプだ。会長が勝つのは間違いないけど、試合運びがどうなるかだね」
「やはりそういう感じなのか。これは楽しみだね」
「さぁ、そろそろ始まるよ」
視線を会場に向けると、実況がアナウンスを始めるのだった。
「今回の試合は昨年の三校祭準優勝者の倉内楓選手と、中澤樹選手の試合です!! 互いにパワータイプのクリエイターですが、先生はどうみますか??」
「そうだな。今回は倉内が有利なのは間違いないが、中澤も七条の試合の後には一勝をあげている。私もはっきりと予想はできないな」
そして、倉内楓と中澤樹の試合が開始されるのは、もうすぐだった。
「まもなく試合開始となります。選手はCVAとVAを展開してお待ちください」
「創造」
楓がそう呟くと、彼女の腰には日本刀と小太刀が顕現する。
日本刀は西洋の剣と異なり、切ることを前提としている。しかし、切ることを追求するあまり耐久性が問題となっていたが、CVAではその心配は払拭されている。使い手の創造力次第でCVAは変化する。そのため楓の日本刀が折れることは滅多にない。大剣やハンマーを相手にしても、簡単に日本刀一本で受けてしまう。また小太刀での攻撃も織り交ぜると、相手になす術はなくなる。
楓は興奮していた。学年代表選ではそこまで力を出す気が無かった。純粋にやる気が無かったのだ。しかし、本戦に来ると三校祭への道がはっきりと見える上に、七条歩と有栖川華澄とも戦える。これほど心踊ることはない。あぁ、本当にこの年に3年でよかった。そう思いながら彼女は日本刀を撫でる。まるで愛らしい生き物を撫でるかのように、慈悲の心を持って。
「うふふふふ。やっと少しは力を出せるみたいねぇ〜」
そして、楓は完全領域を展開。
感知系VA、完全領域。
半径10メートル以内のものを360度、感覚的に認知できる。自分の領域に入ったものは0.01秒で把握し、そこからの反応速度は1秒に満たない。死角が全くないレアな上に実用性も抜群なVA。
予選はほぼこのVAを使用しなかったが、今回は最初から展開する。それほどまでに彼女は興奮していたのだ。
「―――――試合開始」
「アハハハハハハハハ!!! さぁ、楽しみましょう??」
楓は相手の姿も見えないのに一直線に進んでいく。彼女には遠距離の相手を認識する特殊なVAはない。だが、それでも彼女は平原を駆けていく。
一方の中澤樹は楓ほどではないが、一直線に中央に向けて走り出していた。今回は平原フィールドのため、それほどファーストコンタクトは重要ではない。視界はかなり開けており、相手はすぐに認識することができる。
問題はそのまま一騎打ちに持ち込むか、岩場や石柱を上手く使用するかどうかである。ここはクリエイターの創造力が問われるのだ。
「試合が開始しましたが、なんとお互いにすでに相手を認識しているようです!!!! さすがにこのレベルになると早いですね!!! さぁ、二人はどう出るのでしょうか!!!??」
実況がそう言っている時には、楓はすでに戦闘態勢に入っていた。平原を加速で駆けながら日本刀を抜く。その動作はかなり洗練されており、それだけでも彼女がかなりの実力があるのは間違いない。
相手もバトルアックスを握り絞めながら、楓に向かっていく。
そして、二人のCVAがぶつかり合う。それに伴い火花が飛び散る。さらにその風圧で草がちぎれそうな勢いで靡く。互いに力押しの一撃。普通ならばバトルアックスで簡単に押し切れるが、楓は難なく細い日本刀でそれを受ける。彼女は怪力は使用できない。だが、元々の腕力のみで受け切ったのだ。身体の基本スペックがすでにクリエイターの中でも最上位に位置する彼女は、無意識に身体を強化できるのだ。
「アハハハハハハハハハハハ!!!!! いいねぇ!!! やっぱり本戦は最高だよぉ!!!!!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
叫ぶながら何度も剣撃を交わす。互いに譲れない想いがある。代表になるのは自分だと。三校祭で優勝するのは自分だと。そう思いながら振るうCVAは通常以上の威力を発揮していた。
「はあああああああ!!!!」
樹は周辺にある岩を相手に投げつけるように砕いていく。奇襲とはいかないまでも、かなりの有効打になるのは間違いなかった。
だが、楓はそれを余裕を持って処理する。
「―――――完全領域」
今までは無意識下で展開していたが、それを自分の意識の支配下に置く。さらにそこから重ねて創造秘技を発動。
「―――――円」
脳が変化する。完全領域によって自分の領域に入ってきた異物を感じ取る。そして、そこから身体がそれを処理しようと動き始める。楓はこの動きを自分の意識で制御はしていない。
人間の行動をコントロールしているのは『自分の意識』だけではない。
例えば車の事故などでも、人間は衝突の危険を完全に認識する前に、足は車のブレーキを踏んでいる。その行動は脳が勝手にそうしているのだ。
脳はたいてい自動で動いており、意識は遠い場所から脳の活動を傍観しているにすぎないのだ。
クリエイターが使用する技は、VAと創造秘技などがあるがそれは全てが本人の意識にあるわけではない。スイッチを入れるのは意識してのことだが、その先は脳が勝手にしてくれる。
楓はそのことを本能で理解している。歩は理論や知識として脳科学のことを知っているが、彼女はそうではない。
脳が勝手に身体を動かしているのを、無理やり意識下に戻しそこから技を繰り出しているのだ。
そのため、彼女は普通のクリエイターよりも何手も先を読んで行動できるのだ。
「ハッ!!!!」
一閃。円は日本刀に適した創造秘技。自分の周囲を一瞬で切り裂いていく高速の一撃。それを複数回行うことで、領域内に入った鋭い岩を全て砕く。そして、その反動を使いそのまま相手に攻撃を仕掛ける。
「クソッ!!!!!!」
中澤樹は後退しながら、所々にある岩と石柱を砕きながら距離を取ろうとするが楓は果敢に迫ってくる。その表情は満面の笑み。このような状況でも彼女は楽しんでいた。
身体が、脳が適応する。さらに自分を高みへと導いてくれる。あぁ、やっぱり最高だわぁ。うふふふふふ。
彼女にはそう思考するだけの余裕があった。全てのリソースを相手に注がなくとも、この試合は余裕だった。楓はすでに終わらせる手段がいくつもあった。しかし、相手もそれなりの実力者。ここで楽しまないのは勿体無いと思い、そのまま相手に攻撃を当てないように日本刀を振るう。
「クソッ!!!!! マジでどうなってんだよ!!!」
苦言を呈するのも無理は無い。バトルアックスで砕いた岩を楓は全て捌くのだ。しかも、日本刀一本で。使っているのは完全領域のみ。先ほど違い、創造秘技は使用していない。
捌く。捌く。捌く。捌く。捌く。捌く。捌く。捌く。どこまでも岩を日本刀で捌ききる。日本刀は岩を切り裂いているのにもかかわらず、切れ味が落ちる気配はない。むしろさらに高まっている。CVAと脳のリンクが最高潮にまで達する。
CVAにはシンクロ率が存在する。そこまでメジャーな概念ではないが、最近はその手の研究も盛んになってきている。
楓はすでにシンクロ率が80パーセントを超えていた。通常のクリエイターの平均は40パーセント。それだけでも、CVAはかなりの威力を発揮する。また50パーセントを超えると脳への負担が大きすぎるため、50以上に上げられる者がいないのは普通である。
プロでも、世界大会に出る者でも50を超えることは滅多にない。だが、楓はそれを優に超える。
CVAと脳のリンクがさらに高まる。脳からの情報伝達速度が際限なく上昇。CVAもそれに合わせて通常の倍以上の性能を発揮する。
「アハハハハハハハハハハハハ!!!!! キてるねぇ!!!!!! いいねぇ!!!!! アハハハハハハハハハハハ!!!!」
止まらない。どこまでも進んで行く。すでに意識は置き去りにされていた。脳が勝手に身体を動かすのだ。あとはそれに身を任せるだけ。
「これならどうだッ!!!!!!」
怪力を展開し、攻撃速度をさらに上げる。岩を砕いた後にも、地面にバトルアックスを叩きつけ視界を遮る。
だが、楓のVAは視界など意に介しない。重要なのは相手を半径10メートル以内に入れることだけ。
「甘いよぉ!!!!!! アハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
再び、一閃。目の前にある岩と砂を切り裂くと同時に、相手の左腕を狙う。
「うおおおおおおおおおッ!!!!!!!」
だが、楓の攻撃は直撃はしなかった。樹はバトルアックスでなんとか攻撃を防ぐことに成功。しかし、すでに満身創痍。
身体は動く。CVAもVAも正常に展開できている。だが、心が折れていた。目の前にいるのは化け物だ。実力者だからこそ分かってしまう。相手はまだ本気を出していないに、ここまで出来る。圧倒的だった。もう彼になす術はなかった。
楓はそれを理解しているからこそ、ある提案をする。
「……ふぅ。楽しかったよ? それじゃあそろそろ終わりにしたいから、かかって来なよ。ほら、日本刀は鞘に入れとくからさ」
「舐めやがってぇ!!!!!! おらあああああああああああ!!!!!」
心は折れたとはいえ、ここまでされるとさすがに腹が立つ。なんとか一矢報いてやるという想いで楓に攻撃を仕掛ける。
ぼーっと立っている楓は相手の攻撃が当たる瞬間に、刀を抜く。だが、相手もそれを予想していた。だからこそ、それを避けて今度こそ一撃を加えてやるという想いで仕掛ける。
「獲ったッ!!!!!!!!!」
相手は油断したせいで、自分を舐めたせいで敗北するのだ。そう思っていた。
しかし、楓が抜いたのは小太刀。そこからさらに本命の日本刀を抜刀。
「―――――陽炎」
小太刀と日本刀の二刀流を合わせた創造秘技。小太刀の攻撃は囮。本命は二撃目の日本刀による一閃。
歩が使ったのと同じ心理術。相手が安心したところに完璧な攻撃を叩き込む。
そして、そのまま彼女の日本刀は相手の身体を切り裂く。
相手はそこで意識を失う。一方の楓は満足げな表情をしていた。
もはや言葉が見つからない。全てにおいて圧倒的。やはり今年の三校祭こそ彼女が優勝するのではないか。様々な想いが錯綜する。
「勝者、倉内楓」
「ああああああっと!!!!!! なんということでしょう!!! やはり会長は圧倒的だったぁ!!!!! 相手に何もさせることなく、完封しました!!! これは今年の本戦はすごいことになってきたぞおおおお!!!!」
「やはり、倉内が勝ったか。だが相手が弱いわけではない。あいつが強すぎるな。全てにおいて圧倒的だ。高校であいつに敵うやつはもういないかもしれないな」
実況と解説がそう言うと同時に、会場も沸き立つ。やはり今年の本命も彼女だ。完全に七条歩と有栖川華澄が霞んでしまうほどの試合。
全てを見届けた歩は紗季と先ほどの試合を振り返る。
「どうだい? 僕はさっぱりだったけど、何かわかった?」
「さすがの練度だね。完全領域の完成度はすでに学生の域にないよ。それにCVAが性能を発揮しすぎだ。あれほどの岩を切り裂いても切れ味は落ちない。おそらく、会長はシンクロ率が80に迫っていたね」
「シンクロ率80か……あの人もクオリアに至っているかもね」
「そうかもしれない……これは苦労しそうだ………」
歩は空を仰ぎながらそう言う。しかし、その言葉とは裏腹に彼の表情はどこか楽しそうでもあった。




