第46話 葵の実力
「おーい! みんな〜!」
少し声を張りながら小走りにやってくるのは、彩花。彼女が到着したことで全員が集まり、予約していた店に入っていく。
今回来た店は、高校生にとってはかなり高価な店である。しかし、椿の優勝祝いもあって歩は再び奮発するのであった。ちなみに、経費は紗季にも半分負担してもらっており、以前の洋服の件よりは出費は少なく済んだのである。
そして、指定の席に座ると同時に歩は椿の紹介を始める。
「よし、みんな集まったね。じゃあ紹介するよ。俺の妹の、七条椿。歳は一歳下の十五歳ね」
「初めまして、七条椿です。お兄ちゃんがいつもお世話になってます」
そう言ってぺこりと頭を下げる。その仕草に男二人はえらく感心するのだった。
「おお、これはどうも丁寧に。てか、本物かぁ・・・ やっぱり礼儀正しそうでいい子だなぁ」
「さすが歩さんの妹!! 気品が身体中から溢れてますね! あ、申し遅れました。自分は水野翔と言います。歩さんの弟子をしております。妹さんも今後ともよろしくお願いします」
「あ、はいよろしくお願いします・・・ というか弟子・・・?」
「はい! 先日弟子にしていただきましたので、本日はその挨拶にと・・・ あとは歩さんの雑用などもしています。椿さんも何かあれば言ってください」
「え、はい・・・? え・・・ お兄ちゃん、この人はどういうことなの?」
「あー、それは・・・」
歩が答えに困っていると、雪時と彩花もさらに訪ねてくる。
「確かに俺たちも聞いてないよな。てか、この変わりようは何なんだ・・・?」
「この人って、一年の間で威張ってた人よね? 歩と戦って性格でも強制されたの? それにしては気持ち悪いけど・・・」
「気持ち悪いとは何だ!! 俺は歩さんの素晴らしさに気が付いたんだよ! 今までの俺は死んだ。これからは歩さんに付いていくって決めたんだよ! でもまぁ、君たちも歩さんと仲いいならこれからよろしくな!」
「あぁ、歩以外には敬語はなしなのね。よかったわ・・・」
彩花はよくわからないが、ひどく安心したのだった。
そして、紗季がさっそく本題に入ろうと話を始める。
「今日は、歩と椿ちゃんが一緒に暮らすことで彩花が言いたいことがあるんだろ?」
「う、あんた相変わらず嫌な奴ね・・・」
「僕は君の代わりに話を振ったんだ。感謝されこそすれ、非難され言われはないね」
「そういうところよ・・・ まぁいいわ」
「不知火さんは、私とお兄ちゃんが一緒に暮らすのに問題があるんですかぁ?」
椿は満面の笑みである。しかし、その笑顔は明らかに作り物。加えて、この場に冷気が漂い始める。もちろん、それはCVAやVAが発動した現象ではない。
それは女性特有の冷ややかな声が、そのような場を作り上げたのである。
そして、男性陣はこれから起きることが容易に想像できたので、皆一斉に沈黙することを選ぶのであった。
「彩花でいいわ。私も椿ちゃんって、呼ばせてもらうけど。いい?」
「いいですよぉ? それで何が問題なんですかぁ?」
「そ、それは・・・ 年端もいかない男女が・・・」
「私たちは兄妹ですよ? 何も問題ありません」
「でも、何か間違いが・・・」
「間違いってぇ、具体的に何が問題なんですかぁ・・・?」
椿の目が徐々に鋭くなっていく。彼女の顔は仮面でも貼り付けたみたいにニッコリとしたままである。しかし、肝心の目が笑っていない。これには彩花もかなりの恐怖心を覚え、返答に詰まってしまう。
「そ、それは・・・」
「ほらぁ、何も問題ないでしょ?」
「こら、椿ちゃん。彩花は感情でしか動けない人なんだから、そこまで攻めたらかわいそうだよ」
そこに紗季も加わるが、彼女はどうやら椿の肩を持つようである。そこに疑問を覚えた彩花は紗季に抗議をする。
「紗季ー! あんたはいいの!? 椿ちゃんと歩が同棲しても!」
「何を言っているんだい君は。歩と椿ちゃんは血の繋がった兄弟だよ? いくら思春期で多感な時期とは言え、何か起きるわけないじゃないか。ね? 椿ちゃん?」
「紗季さんの言う通りですよ。彩花さんは心配しすぎです」
「ううううぅぅ・・・」
「そ、それくらいにしといたら? とりあえずは来年から椿とは一緒に暮らす予定だけど、彩花は心配ならうちに遊びに来るといいよ。二人暮らしだし、都合のいい時はいつでも来ていいからさ」
「歩うううう! ありがとうううう!!」
若干涙目になりつつ、彩花は歩に感謝する。また、この感謝は冷たい空気の中に入って自分を擁護してくれたことに対する感謝でもあった。
そしてその間を縫うように、翔も歩に話しかける。
「なるほど! なら俺も歩さんのうちにお伺いしても?」
「翔は・・・ まぁ、泊まりじゃないならいいよ」
「はい! ありがとうございます!」
「と言うより、課題はやってる? CVAとVAの特性は覚えた?」
「はい! 完璧です!」
「じゃあ後でテストするからよろしくね」
「うす! よろしくお願いします! 師匠!」
歩と翔の関係は意外と上手くいっているのだが、それを見た他のメンバーは少しだけ引いていたのに二人は気がつかないのであった。
「それじゃあ、改めて。椿の優勝祝いをしようか。では、かんぱーい!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
歩に続いて、5人が同時に声を上げ、椿の世界大会優勝と歩の初戦突破を同時に祝う。ちなみに彩花と雪時の試合はまだなので、今回は椿と歩が主役である。
正直、世界大会優勝に比べれば、自分の勝利など些細なものだと思っていた。
しかし、椿と彩花がどうしてもと言うので歩は渋々自分も祝われることに賛成したのである。
ちなみに、現在はテーブル料理と飲み物が大量に置いてあり、全員これを全て消費できるか心配してるのだった。
「歩さんもおめでとうございます! これからも勝ち続けてください!」
「いや、翔もまだまだ試合残ってるでしょ?」
「ええ! もちろんそれは全力で挑みますが。今は歩さんのこれからを祝いたいんですよ!」
「うわぁ・・・」
「あれか、LGBTなのか?」
彩花と雪時が声に出してそういうが、二人は全くそれを気にせず話を続ける。
「まぁ上から目線になっちゃうけど。翔はいいもの持ってると思うよ。あとは思考力を鍛えれば、かなりいい線行くんじゃない?」
「本当ですか! いや、ここは謙虚にいかせてもらいます。とりあえず毎日課題がんばります!」
「そうだね。まずはそこからだね」
「お兄ちゃーん! 私にお祝いの言葉ないのぉ?」
椿は二人が話し続けているのが気に入らないようで、突然話に割り込んでくる。
「これは失礼。ささ、歩さん。椿さんとの会話、楽しんでください」
翔はそういうと、黙って食事に手をつけるのだった。
「いや〜、椿はよくやったよ! 改めておめでとう。椿は自慢の妹さ」
「えへへへへへ。そうでしょ? 自慢の妹でしょ?」
「そうだね。自慢の妹だ」
そのやり取りを見ていた彩花は、思わず不満を漏らす。
「うぐぐぐぐぐぐ。あれが兄妹の距離感なの? うううう・・・ 紗季は昔から知り合いなんでしょ? 何か思うことないの!?」
「え? と言っても僕はあの二人ぐらいしか兄妹を知らないからね。あれぐらい普通じゃないのかい?」
「え? あれって普通なの?」
「安心しろ、不知火。あれは普通じゃない。うちの家はもっと仲悪いぞ」
雪時も会話に参加するが、彩花はその発言でますます不満が溜まる。
「だよね〜。ハァ〜・・・ まぁ仕方ないか。椿ちゃんは世界大会で優勝したんだもんね。今日ぐらいは甘えたいよね」
「いや、僕が知る限り、二人は会うたびにあんなものだけど?」
「「・・・・・・」」
雪時と彩花は開いた口が塞がらないとは、このことだと身を以て味わったのだった。
そして、無事祝勝会も終わり全員が帰路に向かう中、歩は嫌な気配を感じた。自分を舐めるように見つめる目線。まるで自分の全て引きずり込むような、邪悪な雰囲気。
しかも相手はそれを隠そうとしない。歩はそれに心当たりがあったのだが、ここで何も言うつもりはなかった。
しかし、椿もそれに気がついてしまい、真剣な顔つきで兄にそのことを尋ねる。
「・・・お兄ちゃん」
「なんだ・・・ 椿」
「気がついてるよね? まさか例のテロリスト?」
「いや、これは・・・ 友達だよ」
「でもかなり殺気立ってるんだけど? 本当に友達?」
「あぁ、友達だよ。少なくとも俺にとってはね」
「あのさぁ・・・ 心配かけないでって言ったじゃん。これは洒落にならないよ? なんなら私が懲らしめようか?」
「いや、今日はまっすぐ帰ろう。彼女もきっとついてくる気はないよ」
「彼女、ね。まぁお兄ちゃんがそう言うなら信じるけど。家に帰ったら色々と説明してよね」
「あぁ。そうだな」
二人が仲良く、まるで恋人のように並んで歩く姿を葵はしっかりと見つめる。
「歩・・・ かわいそうに、あんな女に誑かされて・・・ きっとあいつのせいで歩はおかしくなっちゃんだわ。私が助けてあげないと。うううフフッフフッフフフフふふふっううっフッフウフッッフフフフうううっふふ・・・」
歩が言った通り、葵はついていくことなく自宅に戻るのであった。
彼女は以前、歩に拒絶されたことをはっきりと覚えている。しかし、それを受け止めることができなかった。そのためこうして、歩をストーキングし彼がおかしくなった要因を探していたのだ。
今日は歩が自分を拒絶したのは、椿のせいと無理やり解釈しこれからどうするかを自宅で真剣に考えるのだった。
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「さぁ! やってまいりました! 学年代表選もすでに中盤です! 今日の試合は、予選通過4位の長谷川葵選手と予選通過6位の相良雪時選手です! これは楽しみですね、高橋先生」
「そうだな。長谷川は巧みなクリエイター。一方、相良は典型的なパワータイプ。どちらが勝るか見ものだな」
会場が盛り上がる中、葵の心は未だに歩で占められていた。
(あぁ、歩が見てる。あそこにいるのが、はっきりと見えるわ。きっと私の勇姿をわざわざ見に来てくれたのね。やっぱり歩は私のことを拒絶なんかしてない! 何かの間違いだったんだわ!)
「うフフッフフフフふっっふ」
葵が突然下を向きながら、不敵に笑い始める。髪が顔を隠し、見えるのは彼女の髪と身体のみ。雪時はその姿に異常なものを感じた。
まるで精神疾患を患った人間のようだ。雪時は心の中でそう思った。歩から事前に情報を聞いていなければ、雪時はここまで警戒していなかった。
しかし、目の前に映るのは明らかに異常な雰囲気を醸し出す女性。思わず背筋が凍りつくほどの空気。
今から試合が始まるというのに、雪時は若干彼女の雰囲気に呑まれているのだった。
「――――試合開始」
電子音声が試合の始まりを告げる。
しかし、どちらとも動かない。ほとんどの試合では、どちらかが速攻を仕掛けるのだが今回はそうではなかった。
「おーっと! 両選手とも動きません! これはお互いに様子を見ているのかぁ!!?」
「そうかもな。しかし珍しいな、これは」
ひとみと茜がそういうのと同時に、葵は大鎌をゆらゆらと揺らし始める。
「うふふふふふふふふ。悪いけど、本気で行くわね? 歩のお友達だから手加減するけど・・・ 気をつけてね? 勢い余って足とか手とか、どこか飛ばしちゃいそうだから。うふふふふフッッッフウッフふ」
「おいおい。歩のやつ・・・ ここまでとは聞いてねぇぞ・・・」
「――――――凍結」
彼女のCVAが微かに青白く発光する。それに付随して、小さな粒子が大鎌を覆い始める。この現象はただの属性攻撃の時に生じるものではない。これは、属性具現化使用時に生じる固有の現象。
この段階では会場にいる数名だけがそのことに気がつく。
彼女の使用している技は、属性付与系の属性具現化。属性付与系は最も威力がない属性具現化である。しかし、その汎用性は随一。葵ほどの聡明さがあれば、それがどのような威力を発揮するかは自明であった。
「こいつは・・・ 属性付与系の属性具現化か? それとも普通の属性攻撃・・・? くそっ!! どっちにしろやるしかねぇか!!!」
雪時は、恐怖に呑まれない様子にしっかりとハンマーを握るとそのまま突っ込んでいくのであった。
「あれは、凍結か・・・? ということは固有属性形態が出てくるのは間違いない・・・ くそ、雪時のやつ大丈夫か?」
「ちょっとばかりまずいかもね。彼はおそらく固有属性形態のことまで頭にないだろう。というか、あれが属性具現化と気がついているかも怪しいね」
今日は日程の関係で、歩と紗季のみで試合を観戦しに来ていた。
歩は事前に葵の情報を提供していたのだが、それはあまり意味をなしていないようで、かなり焦ってしまう。
「く、あの時あれを言わなければよかったのか? でもそうしないと、葵は・・・」
「その話はさっき聞いたけど、歩が気にすることじゃないよ。それは彼女の問題だ。課題の分離は大事だよ。君は君、彼女は彼女の問題に自分で立ち向かうべきだ」
「そう・・・ だよね」
しかし、どこか煮え切らないようでそのまま複雑な気持ちで試合を見つめるのだった。
「アハハハハハハハハ!!! ほらぁ! 避けないと凍っちゃうよぉ!!」
「くっそ!! やっぱり属性具現化かッ! こいつはかなり厄介だッ!!」
大鎌を振るうたびに、氷の斬撃が放たれる。まばゆい光を発しながら、放たれる氷は端から見ればとても美しい光景であった。
しかし、その美しい氷は地面にも付着し徐々にフィールドは氷に蝕まれる。それによって戦闘はさらに困難になっていく。
そして、放出系や世界系ほどの威力はないが確実に彼女の攻撃は雪時に迫る。
彼もなんとか避けるも、回避に特化したVAを所有していないためCVAでの防御を余儀なくされていた。
「火炎柱!!」
ハンマーを地面に叩きつけることで、周囲に炎の柱を作り出しなんとか防御しようと試みるが・・・
「ざんね〜ん。そんなもの効かないよ?」
その炎は全て氷が付随された大鎌によって、かき消されてしまう。
普通に考えればこの現象は理にかなっていない。しかし、それを可能とするのはクリエイターの創造力である。
属性の相性は確かに存在する。だが、創造力次第でその相性は簡単に覆ってしまう。属性具現化は一種の創造の極地。それは、世界系だろうが、放出系だろうが、属性付与系だろうが、同じことである。
その創造力というものは科学的な理ですら捻じ曲げてしまう、魔法のようなものである。そのため、ただの属性攻撃では属性具現化を上回ることは決してない。
「くそッ!! これもダメなのかよ!!!」
「うふふふふ。さぁもっと楽しませて?」
彼女はにんまりと笑うとさらに氷の斬撃を放つが、それは相手を狙っているようで別の場所を狙っていた。
そう、すでにフィールドは氷漬けになりまるで、世界系の属性具現化が発動したようだった。
そして、雪時はさらに追い詰められていくのだがそれをはっきりと認識しているのは葵のみ。
彼女の頭にはすでに勝ち筋が見えていた。何もただ氷をばら撒いているわけではない。『あること』をするために、そうしているのだ。
しかし、彼女は雪時を弄ぶ。さすがに明確な殺意はないが、いつも通り人を痛ぶることに快感を覚える彼女は本当に少しずつ彼を追い詰めるのだった。




