1話
最近、スマホの音ゲーアプリやってばっかりだし、久しぶりにゲーセンで身体動かすかと思い、外に出たのが間違いだった。
大学二年生春休みのとある日、気がつけばゲーセンに行くはずが白い部屋にいた。
「――――というわけで、申し訳ないことに貴女はこちらの不手際で死んでしまったんです」
何やら長々しい説明をしている、目の前の女神を自称するグラマーな美人さんはそう締め括った。どうやら私は死んだらしい、しかも不手際で。
こういう時どういう反応するのが正しいか分からないけれど、ショックもあるけど泣き喚くほどの思い出が今まで無かったな、と思ったら無性に悲しくなってかえって冷静になった。ただ、音ゲーアプリのイベント今日までで最後に走って2000位以内には入れるかなと思っていたので、それだけが心残りだ。
「このまま成仏させるわけにもいかないし、だからといってこの世界でもう一度やり直すのは死んでからすぐですし……生き返らせるのは条理が歪むので……自動的に、異世界になるんですけど、大丈夫ですか?」
「はあ、まあ大丈夫ですけど……」
こちらが思い出とは到底呼べない思い出を振り返っていると、女神様は不安そうにそう問うてくる。大丈夫ですよ、別に怒ったりしませんよ。非現実的すぎてむしろ冷静です。
それにしても、こういうのって小説でよくある異世界にトリップして最強チートするやつじゃない?ほら、魔法使ったりして。実際にあるのか。
―――――ってまって、異世界ってことは、ファンタジーってことは、もう二度と音ゲーができない……?私があれだけやり込んだスマホアプリも、ゲーセンでの最近のお気に入りだったドラム洗濯機みたいな形をしたアレも、できないってことなのか……。
そう思うと少し辛くなってきた。軽いオタクでそれといって特筆することもない平凡な私の一番の趣味、それは音ゲーだった。といっても、そこまでガチ勢じゃないしエンジョイ勢ぐらいだけど。それでもその楽しみがこの先死ぬまで無いなんて、そんなのひどい。
「そ、そんなに落ち込まなくても大丈夫です!ちゃんと異世界で不自由ないような能力は付与しますので!死んだりしません!」
私が落ち込み始めたのを見かねてか、慌てて女神様はそんなことを付け加えたけど、違う、そうじゃない、音ゲーの機体も一緒に連れてって。……重いから無理だろうけど。
ゴネても、もう死んでしまっていることに変わりはないしなあ。成仏したら、この先もう何もない、だろうし、まだ楽しいことしたいしなあ。そう思えば音ゲーを諦めて、受け入れるしかない。後ろ髪引かれまくっているけど。
だめだ、私が返事しないから女神様泣きそうになっている。大丈夫なのかな、こんな感じで、女神様が。でも泣いているのも可愛くて美人は何しても特だ。羨ましい。
「あの、大丈夫なので泣かないで下さい……」
「本当ですか!?ありがとうございます!!」
涙を浮かべながらぱあっと笑顔になる。ぐ、可愛い。少し報われた。
「では、えっと、異世界に馴染むように髪色が変わったりしますが、驚かないで下さいね。ステータス、と念じればステータスを見ることができます。あとは貴女に合った能力が一つ付与されてるはずなので……着いたら街の近くなので、街に行って冒険者ギルドに登録をしてください!それで生活していけます」
なるほど、よくある異世界トリップな感じがひしひしとする。
「あと……余計なお世話かもしれませんが、というか原因がこちらなのに偉そうにすみませんが、異世界も現実ですので。甘さは身を滅ぼすということを、忘れないでください」
そんな私の思考を読み取ってか、女神様は真剣にそう言ってくれた。調子に乗ると死ぬ、ということだろう。いくら特別な力があっても無敵じゃないからね。でも私は、別に異世界に行って成り上がりたいとか、ハーレム作りたいとかそういう願望はないし。むしろ、ろくに今まで人間関係を築いてなかったので誰かのために、なんて思わないだろう。友達なんてゲーセンの常連さんと挨拶するぐらいだ。……悲しくなってきた。というかそれ友達でもなんでもないな、うん。
「分かってますよ、大丈夫です」
にこりと笑ってそう返せば、そうですかと返事が返ってくる。
それが私と女神様の最後の会話となり、視界が真っ白になった。