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CHEAT SHOT チート短編~中編集

主人公(チート)と、運営(チート)と、その妹(チート)

作者: 里崎

そこかしこから重い爆撃音が轟き、HMD(ゴーグル)越しの視界が紅く爆ぜる。

断続的な攻撃の合間に、俺の左手は本来戦闘中には(・・・・・・・)表示できないはずの(・・・・・・・・・)コンパネの上を滑る。右手で打ち続けている光学電磁銃の微調整にあわせ、ガイドが確認の音声を淡々と紡ぐ。

『――電磁系混入、照準を画角安定破壊性に調整、自動制振モード、出力……最大』

俺が最後の引き金を引くと同時、幾層にも重なった多色平面版(RGB-L)が砕けて、ぱりんと音を立てて四方に飛び散った。偽物の太陽光を浴びて、きらきらと輝きながら降り注ぐ。

どよめく野次馬(ビジター)どもの声が、うるさい。

俺は手にしていた武器をコンマ数秒で持ち替え(スイッチし)て、高い下草の生える草原をまっすぐに駆け出す。たった今破壊したバリケードの中に潜んでいる獲物目がけて、刀身を最長にまで延展したチタン合金製の銃剣を振り下ろす。

奇声を上げて動揺する擬似生命体。闇雲に繰り出された複数の長い脚は、俺の身体に触れる前に鋼温照射の影響で掻き消える。

「おせぇよ」

白銀の刀剣が、構造色のかたまりのど真ん中に突き立つ。

同時に、あらかじめ仕掛け(セットし)ておいた重力場制御が作動。

『――シグナルを感知。局所的に加重(グラビティブースト)

ぐん、と全身が下方に落ちるような錯覚。

渾身の力をこめて、銃剣を斜めに振り切り――引き金を引く。

盛大な爆音。

干渉線と走査線で形成された擬似生命体がぐにゃりと大きく歪んで、草原の彼方まで一気に吹っ飛んだ。

「……うし」

草を踏みしめて難なく着地した俺は、ゆるく息を吐いた。

右手に持った銃剣の銃口から、じじ、と焼ききれたような音が鳴る。

間髪入れず、頭上から高めの電子音声が無感情に告げた。

『戦闘終了。獲得AP2300、損失300。ランク627に更新』

わずかの静寂の直後。

わあああ、と周囲が一斉にわめいた。

「すっげぇ、なんだあれ?!」

「あんなエフェクト見たことねぇぞ!」

「あの武器はなんだ? どこのエリアのアイテムだ」

画面録画制限を嘆く声がいくつか聞こえる。Dozen(この) Fable(ゲーム)は著作権保護と硝子越し(ビジター)の囲い込みのため、徹底的に画面録画を禁止しているから。


ま、俺はできる(・・・・・)けどな。


「あ、おい、あんた……!」

慌てて存在方式(モード)を切り替えて駆け寄ってこようとする見知らぬプレーヤーを無視して、俺は転送コンソールに見慣れた英数字の羅列を叩き込んで、まばたき(ブリンク)

情報解体された俺のアバターは、一瞬にしてその無限草原(ホーフィールド)から掻き消える。




主人公(チート)と、運営(チート)と、その妹(チート)





挿絵(By みてみん)

 作:Ray(TwitterID:@Ray_Ryusaki)さま


***


代わり映えのしないランク上位通知が、俺の頭上でぴこぴこと明滅する。目障りなそれを消そうと手を伸ばしたとき、

「お」

パーティーメンバーのログイン通知が光る。同時に、俺宛の通信が届く。俺は反射的に応答拒否のアイコンを叩こうとしたが――指が届く数瞬前に押せない(ディゼーブル)状態に切り替わる。その隣に並ぶ、押してもいない応答アイコンが、嫌味なくらいやけにゆっくりと、勝手にプレスド状態になる。

『もしもし? ソ-ジュ?』

能天気な声を無視して、俺は通信ステータスに目をやる。通信相手のAZN(プレーヤーネーム)――『コダチ』と記されたその横に、『運営(OC)』と書かれたアイコン文字が躍る。

そうだ。こいつは。

『もー、なんだよさっきの。目立つとこでやるなって言ったろ。この時期、学生も休みなんだからさぁ。コールセンターの問い合わせの電話、お前のせいで回線パンク寸前』

「知るか。働け社畜」

『あっそれと、それも。また変な武器作って』

「てめぇ、FFオールは実在する両刃式銃剣だぞ」

威力とエフェクトはともかくとして、少なくとも外観は、どの角度から見ても問題ないよう、限りなく精巧に作った。

『はいはい、分かったよ。だからさ、百歩譲ってお前が作るのは黙認するから、仕様一覧(スペックリスト)にそれとなく紛れ込ませるから、使う前に教えてって、いつも言ってるだろー?』

「やだよ。そしたら他の奴も使えるようになるじゃん」

『当たり前でしょ、ゲームアイテムなんだから』

「それがヤダっつってんの」

『あー、もう』

尚もぶつくさ言い続けるコダチ。

平行線の議論に飽きて、俺は手に持っていたゴツい銃剣を床に放り投げた。灰色のグラフィックデータはぱっと霧散するように消滅し、自動的に装備一覧(アーセナル)に戻る。

明らかに見覚えのない自動コマンドに、鳥瞰(バードビュー)でこちらの様子を見ているであろうコダチが低い声でうめく。

『ああ、またそんな機能つけて……良く分からんもの、ほいほいと実装しないでよ。お前が勝手して、他社の独自機能を侵害したって訴えられるのは、うちの会社なんだからな』

そう言って、コダチは今日も大きなため息をついた。

こいつ、コダチは、俺の唯一のパーティーメンバーにして、Dozen(この) Fable(ゲーム)を運営する会社、オフフェイクの社員だ。

去年の冬、楽しく遊べる(・・・・・・)ゲームを探していた俺がこのゲームに辿りついて色々といじくってみていたとき、まぁ当然の流れだが、訴訟も視野に入れた抗議文が連日のように運営から届けられるようになった。だから、俺はそれの返信に、β版時代からずっとあった致命的脆弱欠陥(セキュリティーホール)とその対応用自作パッチ、それから前回アプデ時のパラメーター配分ミスとコードミスを懇切丁寧に説明した文を付けて、送り返してやった。

以降、運営からの抗議文はぱったりと止み、代わり(?)に、コイツを一人よこした。

ソロプレイ主義の俺が強制的にパーティーを組まされたのは不愉快だが、それ以外はお小言くらいで、力づくで干渉してくるわけでもない。

Doze()n F()able()。実に話の分かるFSRMMORPGだ。

――て、いうか。

勤務中ということで常識人ぶっちゃいるが、こんなオフレコな会話を全員視聴可能(オープントーク)で投げかけてくるあたり、コイツの化けの皮も底が知れてる。誰かに聞かれてリークされたら、それこそ炎上どころでは済まない。

『それでさ、本題』

「あ?」

てっきりいつもの説教だと思ってたが。違うのか?

『お前さ、他のプレーヤーのGPS情報、閲覧したりしてないよな?』

「なんだそれ」

『いや、知らないならいいんだ。手口から、お前の仕業じゃないってのは分かってたし』

俺が興味あるのは武器とパラメーターの改造だけだ。基本的に他のプレーヤーと係わり合いになりたくないと思っていることは、コダチには良く知る事実。

となると、どうするかなー、とコダチが困り果てたふうに呟いた直後。

「いたー!!」

突然割り込んできたのは、甲高い声。

「あ?」

振り向けば、いつの間にか現れた見知らぬ少女のアバターが、こちらを指さして仁王立ちしている。

『カリン!』

「あ、お兄ちゃんの声! やっほ~」

姿が見えるはずもない頭上を見上げて、少女はぴょんぴょん飛び跳ねる。

コダチがことさらに長いため息をついた。

『はー、なるほど、お前か。ていうか……おおい、ねぇ、母さん! 俺んとこのゲームに花梨(かりん)がログインしてんだけど、なんで保護者承認し……え? 中間テストで偏差値90以上っていう約束? 知らないよ何、勝手に……ああもう、はい、あー、わかったわーかった』

がたん、と、恐らくはコダチが椅子に座り直した音がして。

『ソ-ジュ、悪いけど頼まれてくれるか』

「断る」

『まぁそう言わずに。というか――断られても、もうどうにもできないし』

「何が」

「もー、シカトすんなっ」

俺の目の前で、少女が両手を振りながらぴょいぴょいと飛び跳ねる。

『そいつ、俺の妹でカリンっていうの。技術力はたぶんお前と互角くらいだけどお前以上に常識ないから、ちょっと見張っててくれると助かる。しばらく相手してやって。俺、今から開発会議(コードレビュー)だからさ。それじゃ、頼んだよ』

「おい、待てコダチ――」

一方的に言われて一方的に通信を切られた。すぐにパーティーメンバーのログオフ通知が光る。

相変わらず仕事の早いやつだ。取り残されて舌打ちを鳴らす俺の袖を、少女がくいくいと引く。赤灰色(レッドアッシュ)の丸い瞳が俺を見上げてくる。

「ねぇねぇ、ソージュ。お兄ちゃんの相棒なんでしょ」

「いいや」

「あっ、ていうか、さっきの見てたよ!」

聞いちゃいない。

「……ああそう」

尚もわめき続ける少女を俺は適当にあしらって、ハンドサインで眼前に転送コンソールを呼び出す。

ぱっと顔を輝かせ、カリンが俺の背中にひっついてくる。

「ねぇどこ行くの! あたし行きたいエリアあるんだけど」

「知るか、どこにでも行け……って」

ふと――俺は現在位置を思い出して、固まった。

……待て。

こいつ、一体どうやってここまで来た?

経時的にぐんにゃりと歪んでいく、灰色の床を見下ろす。

さっきの無限草原(ホーフィールド)からの転送途中に適当なところでコマンド停止のコマンドを叩き込んだから、今、俺は亜空間――つまり、ゲーム内のどこにでもない(・・・・・・・)場所にただよってる状態で。

場所ではなく俺というユーザー宛てに発信したコダチはともかくとして、転送ポートでのアドレス指定じゃ、ここまでたどり着けるはずがな――


……座標の、直接指定?


ふと、ぞっとするような案が浮上する。

ちょっと待て。待て。こいつ一体――

「それでね、お兄ちゃんがね、今運営してるオンラインゲームに変な奴がいるってよく話しててねー」

「………………ああ」

そうだったこいつコダチの妹だった。

俺は実にあっさりと納得して。

「ざけんなてめ、転送コンソール隠すな、バカ」

少女の手を無理やり押しのけて次なるエリアに転送する。もちろん行き先なんて教えてない俺に、当然のような顔をしてついてくるぶっ飛んだスペックの少女を尻目に、俺はついコダチみたいなため息をついていた。


***


なるほど。

俺が監視役に抜擢された理由が分かった。俺の好き勝手な行動に、コダチが最初からあんまり動じなかった理由も。

「ねぇねぇ次はあっち!」

ガキって最強だな。うっぜぇ。

突然現れた傍迷惑な少女に追いかけ回されること数日。連れまわされること更に数日。

そういうときだけは空気を読むのか、単に興味がないだけなのか、俺の最優先事項――戦闘中に邪魔してくることはないことだけが救いだが。

今日も今日とて、エリアじゅうの敵やら敵以外やらをすべて殲滅して、満足げに転送コンソールを呼び出した俺に、

「ねぇソージュ、あれの行動回路いじれる?」

珍しく隅っこのほうでじっとしていたカリンが、いきなりそんなことを言い出した。白い指がさした先には――アルマジロを模したと思われる、鋼の甲羅を光らせる丸い擬似生命体。それだけなら良い。そいつはなぜか虫のような細い八本足を突き出して、ごそごそと身体をくねらせて地を這っている。

「……できたとして、どーすんだよ」

質問を質問で返した俺に、カリンはきらっきらの笑顔で即答した。

「ペットにする!!!」

「ちょっっと待て! 良く見ろ、あれをか?!」

動揺のあまり声が裏返った。

「えっへへ! ぶさかわで、きもかわで、ぐうかわー!」

頬に手を当て、照れたように言うカリン。

「………………」

ジェネレーションギャップか、性別の差か、それとも単にコイツが宇宙人なだけなのか。残念ながら俺にはコイツの言ってることの二割も分からないが……死活問題なのは間違いない。あんなもの連れ歩いた上で、俺に始終付きまとわれたんじゃたまらない。

……断じて、断じて、甲虫系が苦手なわけじゃないからな。

俺は久々に、これ以上なく真面目に、これまでこのゲームでぶっ殺してきた擬似生命体を思い出せるだけ思い出し。

「あー……オイ、パンダはどうだ」

「ぱんだ?」

「おう。竹林エリアにいる。ああそうだ、好きな奴選んだら、お前の好きな柄に塗り替えてやるよ」

「うん! パンダにする! もふもふー!」

「よし」

単純で助かった。

俺たちは並んで転送コンソールを呼び出し、俺の入力欄をカリンがコピペして、


「……んだこりゃ」

目の前に広がった想定外の景色に、俺は思わず呟いた。

建物があったはずの場所が――ただ白い。

つぎはぎ状態になった、作りかけのような市街地エリア。

「なんか変なとこだねぇ」

カリンがきょときょとと周囲を見回し、俺の上着のすそを引く。

「で、パンダは?」

「この先にある竹林エリアに居る。が、ちょっと待ってろ」

「へ?」

俺はコンパネを表示させ、自分のアカウント権限を書き換えて管理者コマンドを入力。床をつきぬけて浮上してきた青い管理用ウィンドウに、このエリアの数時間前からのログを掻き集めて表示させ、素早く目を走らせる。

そして俺は、この市街地に起きた一連の状況を理解した。

「……ったく、大した欠陥(バグ)だな」

運営(コダチ)は何やってんだよ。

呟いて周囲を見回す。

リアルならは、目の前にあるのは恐らく瓦礫の山のはずだろう。だがここはどんなに精巧に作られていたってFSRMMORPG。そんなグラフィックデータは用意されていないから、必然的にブランク表示になる。

そう。このエリアは恣意的な攻撃を受けた。通常の攻撃ならば完全に無効化されるはずの――エリアを破壊する攻撃をだ。

「――コダチ」

俺がおもむろに呼びかければ、

「いるよ。何?」

間髪いれず背後から、声。

と、いうことは。

「異論はないな」

「あったとして、どうなの?」

主語を省いた俺の問いかけに、コダチは面倒くさそうに、苛立たしげに応じた。

これがこいつの本性だ。

「ああ、そうだな」

俺はにやりと、完全に悪役の笑みを浮かべる。俺の周囲で無数の白い火花――エフェクトが過剰に爆ぜる。

一応聞いてみただけだ。ただの合図。

そこにいて俺の意図に気づいているが何もしない運営に向けた、ただの開始の合図。


なら――いつものように、俺の好きにやらせてもらう。


「俺の庭で、勝手はゆるさねぇぞ」

そのときの俺はとんでもない悪人面をしていたはずだ。

HMD(ゴーグル)の位置を収まりのいいところに直す。

「カリン、」

「ん? なにー?」

「このアカウントの所在、今すぐ割り出せ」

エリアログから引っぱり出した複数のアカウント情報をカリンの前に突きつける。

俺の命令にコダチが苦笑する。

「いや、今すぐはちょっとムチャ、っていうかカリン任せより、俺が会社のデータベースさらったほうが速……」

「はい、みっけた!」

「ええ?!」

「いっくよー!」

カリンが両手を振り上げた途端、三人同時に――強制転送。

「な、」

他者データへの干渉は一番厳重なプロトコルで禁止されているはず。

「ちょっと待て聞いてないぞお前どこまで」

俺のわめき声は途中で途切れた。


***


「サバゲーやりに来たわけじゃ、ねーんだけどな!」

右手に最大出力の光学電磁銃、左手に装填・延展済みの銃剣(FFオール)。両手持ちにした愛機を、俺は塀越しに遠慮なくぶっぱなす。照準の先には、悲鳴をあげて逃げ惑うダーティープレーヤーども。

「ひるむな! 撃ち返せ!」

「で、でもあいつ……!」

みるみる減っていくゲージに、情けない悲鳴が上がる。

「なんでログアウトできないんだ!?」

当たり前だ。逃がすかよ。

眼前に広げていた青い管理用ウィンドウをまばたき(ブランク)で消し、俺はステンレス製の小型携行缶(ジェリカン)を上空に放り投げる。偽物の太陽光をぎらりと反射する銀色のかたまり。存在者(エグジスタ)硝子越し(ビジター)どもの視線を一点に集めたそれが、ピピ、と起動音を鳴らし、小さい蓋が弾け飛んだ。中からあふれた青白い光がぶわりと広がり、半円形のグリッドを上空に展開する。格子線の各所に表示された無数の数値がめまぐるしく変わり――あるところでぴたりと止まった。

その瞬間、光が地表に降り注ぐ。殲滅最短距離を示す緑色の光線が、うろたえるプレーヤーたちを一本の線で繋いだ。

「な、なんだこれ……」

照準は合った。緑光が示す開始点めがけて、俺は駆け出す。

赤い服の女に一瞬で肉薄し、刀身を最長に延展した銃剣を、一気に振り抜く。

『放電――開始』

同時に。

俺の太刀筋に沿った軌跡を描いて、目もくらむような白光がほとばしる。自動計算された空中放電が俺の斬撃を数倍に増強した。あっというまに全てのゲージを空にした女は、その場でグレーアウト。

俺は、一撃目の余韻で細かな紫電を散らしたままの刀身を構え直し、緑色光の動線通り、手斧の男に正対する。

その時、彼の背後から複数の声。

「「キャニオン!」」

土属性、最高クラスの連携技だ。

とっさに飛び退って簡易防壁を展開。

四方から放たれた(つぶて)が防壁に穴を空け、俺の装甲に次々と傷を刻んでいく。

どこかから、カリンの声。

「援軍いるー?」

「邪魔すんな」

「あーい」

ぱたぱたという足音が無邪気に遠ざかる。

俺は銃剣を地に放って、空いた手をコンパネに伸ばす。

『過給圧上昇、近接圏への高密度放射』

光学電磁銃の銃口が、じじ、と低い音を鳴らす。それを足元に向けて、引き金を引く。

ーー壮大な轟音とともに、すべてが吹き飛んだ。

俺の周囲に巨大なクレーターが出現し、舞い上がった粉塵で一切の視界が奪われる。その中でもまっすぐに敵の所在を示す緑色光のガイドに向けて、俺はばすばすと撃ち続ける。

爆煙の合間にちらつく白旗は都合よく視界情報から消去する。はいはい、んなもの、煙幕で見えなかったー。

そしてまたどこからか、カリンの声。

「もひとり追加ー。これで全員だよっ」

何もない中空から青髪の男が降ってきて尻餅をついた。突然の強制転送に目を白黒させている。

「よし」

俺は銃口を頭上に向けて一発。役目を終えた携行缶が撃ち抜かれ、すべての光線が消える。

煙幕の収まりつつあるフィールドの中央、俺はへたりこむプレーヤーどもに向かって一歩踏み出し。

「首謀者はどいつだ」

群衆は青い顔で押し黙る。

その中から、沈黙に耐えきれず防御迷彩(ディフェルス)を展開して飛び出してきた男のアバターが一つ。

電子音声が淡々と告げる。

『――シグナルを感知。局所的に加重(グラビティブースト)

何もない中途半端なところで、男の全身が地面にぐしゃんと縫い付けられる。

「な、なんだ?!」

みっともなくわめく男。

俺は右手の光学電磁銃をぽいと床に落とす。グラフィックデータはぱっと霧散するように消滅し、自動的に装備一覧(アーセナル)に戻る。

重力場制御を少し緩めて、俺は男に歩み寄る。

おや。こいつは。

「……見覚えのあるIPだな」

低い声でそう呟いた俺に、男はハッと顔を上げ。

「お、お前……まさか」

ざっと青ざめたまま二の句の告げなくなる男。そりゃそうだ。前にこてんぱんに伸したからな。

そこへ、どっかで遊んでいたらしいカリンが草花片手にひょいひょいと寄ってきて、俺の背後から能天気に尋ねる。

「どったの、そのひとソージュのお友達?」

「いいや。前に、別のゲームでな」

「ふぅーん」

首を傾げるカリンが、ふと振り返る。


――短刀の柄に嵌め込まれた丸い蒼玉が、駆動音と共に、ゆっくりと灯る。


少し離れたところで、怯えたような顔をして事態を静観していた硝子越し(ビジター)たちの姿が、一斉に掻き消える。

人払い。

運営だけに与えられた特別な魔法(コマンド)だ。

不意に訪れた静寂の中、真っ白な長いロングコートが、闇夜に悠然とはためく。

運営(OC)』と書かれた青い腕章をつけた正装で姿を現したコダチに、

「げ」

男はざっと青ざめる。

男の目の前に大きなテロップを表示し、コダチが明瞭な声音で告げる。

AZN(プレーヤーネーム)、アルフレド。ID:fmo192470aj。本日を以って、Doze()n F()able()のプレーヤーアカウントの剥奪、および、弊社系列のMMORPGへのアカウント申請を永久停止とする」

「ち、ちょっと待ってくれ、そんならこいつもだ!」

指された俺を見て、コダチはお得意の営業用スマイルでにっこりと微笑んだ。

「ああ大丈夫、彼はデバッガですから」

「う、嘘だろ! だってコイツ、知ってますか、他のゲームじゃシステムぶっ壊すって有名で」

「さしたる問題はありません。こと、Dozen(この) Fable(ゲーム)においては、彼の存在は非常に有用です」

嘘八百を懇切丁寧に言ってしゃがみこんだコダチが、男の肩にそっと両手を置く。有無を言わせず情報解体された漆黒のアバターは、愕然とした顔のまま、瞬く間に霧散した。

間髪入れず、頭上から高めの電子音声が無感情に告げる。

『戦闘終了。獲得AP1520、損失100。ランク659に更新』

まぁこんなもんか、とうなずく俺の横で、コダチは大きく伸びをする。

「あー、すっきりした。やっぱりさ、人が汗水垂らして作ったもん踏みにじるようなバカ、完膚なきまでにのしちゃえるのって気分良いね」

「本音だだもれだぞ正社員」

「だって、俺が何時間待機命令食らってたと思ってんの。あぁ眠い」

今日も今日とて完徹らしいコダチは、すぐに踵を返すと、俺たちに向けてひらりと手を振り。

「じゃ、あとは好きにして」

そう言うなり、さっさと姿を消した。



かくして俺は、勝手気ままな遊び場、独裁制の根城を取り戻した。


……はずだったのだが。


ログインするなり違和感に気づく。AZN(プレーヤーネーム)の上の称号欄――空欄だった場所に表示されている、見たことのない文字列を指でなぞる。

「……『白銀光の義賊(シルヴァリー・ハイデューク)』?」

「うんそう、先日の御礼というか報酬。お前専用の称号、急遽用意させた。どう?」

頭上から声。

光の柱が消え、コダチが隣にすとんと降り立った。

「おはよ。先日()どうもありがとう」

胡散臭い笑顔と謝礼を無視して、俺は称号欄に手をかざす。駆動音とともに浮かび上がってきたカードを指でつまみ上げる。タロットカードを模したその紙切れを裏返して、俺は称号の取得条件を読んだ。

「……なるほど、俺専用だな」


取得条件:違反プレーヤーを100人強制退会させる。


運営は称号を持てないからな。

「ふーん、もう三桁いったのか」

興味のないことはすぐに忘れる俺の横で、恐らく全部覚えているのだろうコダチがうなずく。

「それでも、他のゲームと比べるとウチは少ないほうだよ。なんたってお前がいるからね。あ、称号、『守護神』とかのほうが良かった?」

「張り倒すぞ」

ごめんごめんと軽く謝るコダチ。悪びれた気配など微塵も見せないその笑顔を、俺はじっと睨みつける。

……しかし、こいつも食えない奴だ。

要するに。

邪魔な奴ぶっとばして、好き勝手に戦闘システムいじってただけの俺を、好き勝手させたままーー人件費ゼロの自浄サイクルとして、ちゃっかり組み込みやがった。

俺自身は運営じゃないから、違反プレーヤーに対する過激な対応にどっかからクレームがあったって、運営としてはしらばっくれられるしな。

ネット上の噂では、俺の存在は、運営さえもお手上げ状態の厄介者ってことになってる。そんな俺とパーティーを組んだ上、義賊の称号を冠した運営(コダチ)は、

「さーて、そろそろ行こうか」

そう言って、さも当然のように、蒼い細身の双剣を取り出した。鞘に刻まれた象嵌の紋様に沿って、白い閃光が走る。

「おい」

俺の手がコダチの手首を掴む。

「ああこれ? テストプレイだよ」

「嘘つけ、公開(リリース)アイテムだろが」

しれっととぼけるコダチの手ににぎられているのは、公開当時は随分話題になった(が誰も入手したという情報を得られなかったからすぐに諦め忘れ去られた)、世界最硬合金(デュラスタルム)でつくられたという設定の可変式双剣。この世界の10大秘宝のひとつ。

残業まみれのこいつが天城空域(ハイランドシャトー)なんかクリアできる暇なんてない。あそこは恐ろしく時間のかかるエリアだ。

俺もまだ持ってないってのに。

「ずるいぞ運営」

「運営だもの」

しれっと言うコダチ。

「……」

「ああそれと、もう一つ報酬があってね。これ――明日公開のエリアへのゲートキー。テストプレイって名目で、ちゃんと会議で承認もらってきたよ」

コダチの手のひらの上で、荒いドットで描かれた鍵型のホログラムがゆっくりと回る。

「わーい! 早く行こっ、ソ-ジュ。そんでこの前のあれ、もっかいやって!」

いつの間にか来ていたカリンが、俺の腕にまとわりついてぐいぐいと引っぱる。

「ざけんな、何で俺が。おいコダチ、コイツいつやめんだよ」

「何言ってるの、あたし先週で高校生になったんだよ?」

「あ?」

「高校生になったら自己責任でログインしていいってのがウチんちのルールだもん」

「だもん、じゃねぇ。知るかそんなの」

ぎゃいぎゃいわめいて飛びついてくるカリンを引っぺがしてコダチに押し付ける。それをするりとすり抜けて、

「あ、悪い、呼び出しだ。カリン、ちょっとソージュのこと見張っといて」

「あいあい!」

「逆だ逆!」

コダチはさっさとログアウト。

残されたカリンが俺を引っぱり、意気揚揚とゲートキーを掲げる。


話の分かるーーいや、分かりすぎて面白くない運営(コダチ)と、それ以上にはっちゃけた(カリン)

降って湧いた、偶然のような俺の日常。

連日連夜の騒がしさも、手玉に取られているような不愉快さももちろんあって、

それでも、どうしてか否定できないこの居心地の良さをーー

今はまだ、気にしないことにする。



<了>

2015/12/16、2016/1/7 加筆修正

2016/12/1 表紙絵追加

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