森で見たもの。
「匂うな…。こんな風はじめてじゃ…」
ワシはいつもと違う山の雰囲気に正直戸惑った。
かれこれこの付近で猟を始めて40年になるが、こんな風ははじめてだった。
空を見上げると曇天の空がワシを威圧するように広がっていた。
いつもと違う山の雰囲気に戸惑いながら手に持った猟銃を強く握りしめた。
「おい、どうしたんじゃ?又蔵。手が震えてるぞ。おまえらしくない」
相棒の義吉がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「あぁ、ちょっと…な…いつもと山の雰囲気が違うんじゃ」
ワシは正直に義吉に言った。義吉とチームを組んで今年で20年になる。ワシは義吉を誰よりも信頼していた。
「お前も感じるのか?山が騒いどる。これはきっと大物が捕れるぞ」
「いや、この山の匂いはそうじゃない。危険な匂いじゃ」
ワシは断言した。
「危険か…。なぁに山には危険がいっぱいある。いつものことじゃ。とりあえずこの山の変化が何かは行ってみればわかる」
「そうじゃな。では行くか…」
こうして、ワシら二人はゆっくりと歩き出した。
かなり山奥に入っていった時、ワシらはある異形の存在に遭遇した。
最初にその存在に気がついたのは相棒の義吉だった。
「おい又蔵、背を低く…。何かいる…」
義吉がワシの耳元でささやいた。
ワシは鋭い眼差しで前を見た。
いる…。
たしかに何かがいる。
木と木の陰で蠢いている
最初は熊かと思った。しかし、この地方には熊はいない。
「おい、義吉。あれなんだと思う?」
「正直わからん。いや、もしかして…」
ワシには一つ心当たりがある。昔、祖父が羽婆山山中で見たことのない生き物を見たと言っていた。
祖父はその時、とっさにその存在を見抜き村の教えに従ってうまいこと逃げたらしい。
「仕留めるか…。ワシらには銃がある。あれはどうみても人間ではない。」
義吉はワシにそう提案した。
「いや、待て。あれはもしかして伽屍じゃ…」
「伽屍??ありゃあただの伝説じゃろう」
「じゃあ今ワシらの前にいる存在はなんじゃ。説明できんじゃろう」
「たしかに…。じゃあどうする?ゆっくりと逃げるか?」
「それしかなかろう…。絶対に奴と目を合わせるなよ。いくぞ…」
ワシらはゆっくりと後退りした。
その時だ!
「パキッ…」
静かな森に木が折れた音が響いた。義吉が下に落ちていた木を運悪く踏んでしまったのだ。
ワシは恐る恐る前を見た。
見てる。奴がこっちを見ている。
気がつかれたのだ。
奴はこっちに来た。