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(7)研修初日ー3-

階段を降りていると、途中から賑やかな声が聞こえてきた。集まっているな、と啓一が言った。足取りも軽やかで、とんとんと階段を降りていく。1階の食堂に着くと、ガラス戸の向こうでは、男ばかりが十名ほどひしめき合っていた。


上は三十歳くらいから、下は智加と同じ年頃のような若いのも見受けられた。


学食のように長いテーブルが並び、奥の調理場が見えた。湯気が浮かび、和食の昆布だしの良い香りが漂ってきた。


啓一が入った途端、食堂にいる男らがわっと歓声をあげた。


「神室さん。久しぶり。元気?」


「おう。元気元気。今年もよろしく」


「こちらこそ。楽しい研修にしましょう」


啓一の周りに、急に人だかりだ。常連客らしいやつらが、わいわいと話しかけていた。一通り挨拶が済むと、ふいに啓一が振り返った。


「こちら、東辞智加とうじはるか君。今年初めての参加らしいんだ。みんな仲良くしてやってくれ」


智加は頭を下げた。


「で、ちょっと喉を傷めているらしく、しばらく話せないそうなんだ。返事はできないけど、とっつきにくいとか思わないでくれよ」


「大丈夫なのか? 喉だなんて、僕らにとっては死活問題じゃないか。研修中は無理をするなよ。黙って座っていればいいしさ」


「おいおい。それ先生に知れたら大変だぞ」


「あはは。だって俺いつもチンプンカンプンだもの。神室君は優秀だからいいけどさー」


「俺だってわからないことばかりだよ」


啓一がふんと鼻を鳴らした。


「東辞君って高校生?」


目の前の若い男が聞いてきた。智加は手を振ると、違うと言った。


「じゃあ大学生?」


卒業したばかりで厳密には違うが、と思っただが、適当に頷いた。


「すっごいイケメンだよね~。いいなーモテモテだろう? うらやましい~」


智加はぴくりと肩を揺らした。手を振って、そうじゃないと言うが、目の前の背の低い小太りの男が爛々とした目で見つめてきた。


たじたじとなる智加の様子に、啓一が笑いをかみ殺している。


「彼女いるの?」


その問いに、またも首を振った。


「またまたー。僕が女子だったら絶対付き合ってて言うな~。不自由してないでしょ? いいなー。誰か紹介してよ。僕ら出会いがなくてさー」


やたら語尾を伸ばして言うのが癖なのか、むくれた顔で腕組みしている。隣にいた痩せた男が、割って入ってきた。


「そうそう、今のうちに楽しんでおけよ。神官なんてなったら全然遊べないしさ」


「僕も合コンいけなくなったし。ああ、女の子に触りたいー。でも潔斎潔斎で、遊びなんてできないしさー」


男らが智加を囲んでぼやきだした。男が寄れば女の話か。神職と言えど、普通の男に過ぎない。若いやつらの頭の中は、異性のことばかりだ。智加は少し呆れて聞いていると、そこに啓一が入ってきた。


「当然だろ? 神職たるもの、乱れてどうする?」


啓一が唇を立てていた。


「乱れたい年頃なのよぉー」


またも小太りの男がぼやいた。啓一が手を挙げて叩くふりをした。


「わっ。すみませんー」


どっと笑いが起こった。


「じゃあ、そういうことで。みんな仲良くしてやってくれ」


皆が口々に「おう」と言う。啓一はちょっとしたリーダー格のような存在なのだろう。皆が啓一のあとをついて、食事を取りに歩き出した。

智加は少し遅れて歩いていると、ふいに背後から声をかけられた。


一瞬、しんとしたかと思うと、背の低い、まるで高校生みたいな顔をした少年が近寄ってきた。


「初めまして。僕、坂戸神社の吉田です。東辞君は大学一年生? 高校を卒業したばかり? 僕も結構幼く見られるけど、この中ではかなり年長で、結婚もしているんだ」


智加は驚いた。自分より若いと思っていたのだ。多分この中では一番の年少者かと思っていた。


「あ、その顔はやっぱり~。高校生に思ったでしょ? これでも一児のパパだよ」


一瞬唖然となって固まった。確かに神職につくものは結婚も早いらしいが、それにしてもまるで中学生のような童顔で、一児のパパと言われると、想像がつかない。その顔が可笑しかったのか、吉田はくくっと笑いだした。

その様子に周りが気付いて、


「吉田~。その顔でOLだませるぞ。逆ナン可能だね」


「いやーそれ犯罪だし。奥さんに殺されちゃうよ」


「いまどき珍しいくらいの一穴主義だし」


「ぎゃー。下ネタ禁止ー」


吉田が真っ赤な顔をして耳を塞いだ。


「こいつの奥さん美人だもの~。あんな奥さんなら、俺も浮気なんてしないな」


「へへへ」


吉田は満面の笑みをした。


冷やかしが冷やかしになっていないようだ。屈託のない笑顔で、頬を染めて笑う吉田は、何かゆったりとした雰囲気を醸し出していた。背は低く、栗色の髪の毛は先がはねて、柔らかくまるで子供の髪のようだった。


政略結婚というわけではないのだろう。幸せそうな笑顔だ。


智加はつられて、思わず微笑んだ。


その時、吉田が一瞬ぽかんとした顔をした。固まったように惚けると、今度はまるでぱっと花が咲いたような顔になって笑った。


吉田が智加の手を掴んだ。


「行きましょう。唯一の楽しみ。ご飯ご飯!」


智加は引っ張られるように、食堂を歩きだした。



(続く)

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