三題噺 お題「サイダー・高校生・アメリカ」
高校の修学旅行先がアメリカであるこの高校は、それだけを目当てに入学してくる生徒が少なくない。その程度で何故、と思う人も少なくない。そういう人たちは修学旅行の実情を知らないと断言できる。
そもそも、修学旅行という学校行事は学業の延長としての側面が、教師から見れば最も大事な要素である。生徒側としては、その期間授業がないということで喜んでいるのだろうが……。
この高校の修学旅行は一ヶ月間という、非常な長さである。自他共に認める進学校であることもあり、一ヶ月間授業をしないということはない。ただ、環境が変わるのだ。
正式にはアメリカ有数のエリート姉妹校との教室交換という名目で。実際には一ヶ月間の修学旅行という形で。
アメリカにいる間は全員寮に入るが、放課後、休日の外出は自由。門限までに戻ればどこへ行こうとも構わない。これで入学希望者が増えたのだ。
優斗は二度目の日曜日である今日、拓矢と街を歩いていた。
「優斗クーン、どこへ向かうんですかー」
拓矢が隣の優斗に声をかける。
「あれ言ってなかったか」
拓矢のよく動く頭を見て優斗は続ける。
「食料調達だよ。来週の週末に地元の祭りに参加するだろ。その時持っていく料理の試作するため」
あー、と言いながら拓矢は周りを見渡す。
「どこで?」
今二人が歩いているのは高層ビルが乱立する地区だ。そんな場所で食料調達と言われても、頷けないのはもっともだった。
「この近くで朝市をやっているらしい。もうすぐだよ」
それから通りを二本渡ると、突然広場が現れた。簡易テントがずらりと並んでいる。それぞれのテントにはたくさんの野菜や果物、アクセサリーを売っているところもある。
「拓矢は何か食べたいものあるか?」
優斗が聞くと、拓矢は少し考えてから言った。
「肉じゃが」
「はは、拓矢らしいな。じゃあ、今日の夜はそれにするから、適当に材料買ってきてくれ」
拓矢が日本食を好んで食べると知っている優斗は特に迷うこともなくそう言った。
寮生活といっても、食事はそれぞれで用意しなくてはならない。優斗と拓矢の二人は同じ部屋のため、一日おきに料理当番をすることにしていた。今日は優斗の当番である。必然、翌週の土曜日も優斗が当番だ。祭りの料理の試作をするにも、今日を逃すともう機会はない。そういう理由での食料調達である。
「さてと、とりあえず見て回るか」
拓矢と別行動になり、テントを見て回る。この朝市は地元でも有名でなかなか賑わっている。
祭りに持っていく料理はそれぞれの部屋ごとに、と決まっている。作るものに制限はない。出来れば日本的な料理にしたいと考えたが、どんなものがいいかと決めかねていた。
外国人にも受けのいい料理だから肉も使うか、と考えながら歩いていると、拓矢が野菜を抱えて優斗のそばにやってきた。
「何か思いついたか?」
優斗は残念ながら、と首を横に振る。
気にすることもなく、ちょっと遅めの朝飯食わないかと、拓矢は近くのテントを指差した。
それぞれコーヒーと軽食を買い、花壇に腰掛ける。
「参考までに、拓哉だったらどんなものを作るか聞いていいか」
拓矢はコーヒーを一口飲んでから答えた。
「いつも通り、俺だったら日本料理になるな。簡単に作れて、簡単に食えるとなおよろしい。例えば、手巻き寿司とか。あ、お好み焼きとかでもいいかもな」
なるほど、と思いながら少し考える。
「肉をメインに使うって言うと、どんなのがある?」
そうだなー、とコーヒーを飲み干し拓哉は言った。
「作るのに時間はかかるけど、豚の角煮とか」
優斗が考えていた条件に当てはまる料理を言ってくれた。
優斗はコーヒーを飲み干し立ち上がった。もう店じまいを始めている店がある。急がないと、欲しいものが買えなくなる。
「拓矢、ありがとう。少し待ってて、すぐに材料買ってくる」
そう言って、優斗は走り出した。
「今日の晩飯は肉じゃがと角煮か。豪華だなー」
拓矢は優斗の背中を見ながら呟いた。
土曜日の朝、優斗は早速料理に取り掛かった。
まず、豚肉と大根を切り分ける。肉に火を通し、大根と一緒に煮詰める。
数十分アクをとり続け、最後に鍋に移してから、優斗は水がないことに気がついた。
料理の時、こちらではできるだけ水道の水は使うことを控えろと言われていた。そのために、ペットボトルの水を数本ストックしていたが、アク取りに使ったものが最後の一本だった。
「優斗どうした?」
テレビでニュースを見ていた拓矢が問いかけてきた。
「拓矢、もうストックの水ってないよな?」
分かっていることを確認のために聞いてしまう。
「あれ、もしかして俺使いすぎたか。悪い、買ってこようか?」
「いや、今から行っても中途半端に時間が足りない」
考えていても仕方がない。代わりに水道の水を使うわけにもいかない。代わりになるものは何かないかと、冷蔵庫の中を探る。
後ろから冷蔵庫を覗き込んできた拓矢が声を上げた。
優斗が驚いて後ろを向くのと入れ替わるように、拓矢は冷やされていたサイダーを手に取った。
「サイダーを使った角煮ってのを聞いたことがある」
それは、日本食好きの拓矢だからこその思いつきだった。
料理は無事に出来上がり、祭りでも盛況だった。
二ヶ月強ぶりの投稿でしたか。自分でもなんで書いたのかわかりません。
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