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1-6

 奇妙な追いかけっこの果てに彼が到着したのは、妙にだだっぴろい部屋。

 天井は高く、縦にも横にも相当広いこの部屋は、あまりにも広い為か奥の方まで見渡すことができない。

 他の部屋のように扉はなく、他の部屋へ続く扉も見当たらない。

 ここに住み着いている怪しいモンスターらしき姿はないし、それどころか物らしい物がほとんど何もない。

 だが、たった一つだけ他の部屋ではあまり見かけることができないものが存在している。


 それは部屋の中央にある大きな岩。

 いったいどこから削りだしてきたのか、五メトルを越える高さの天井に届きそうな勢いの大きな大きな岩。

 それが一つだけ、ぽつんと寂しげに存在している。


 彼は、その岩をしばし凝視した後、後ろを振り返る。

 彼が立ち止まったことにより、襲撃者との距離はどんどん縮まっていく。

 朧気であったその気配は既にはっきりしており、相手の人数も構成もだいたいわかるほど掴むことができる。

 ちなみに人数は六人、その構成は金属製の鎧を着た大柄な気配が一つ、金属ではない鎧を身に着けた軽装備の者が三人、そして、明らかに布の服を着ている者が二人。

 金属製の鎧を着用している者に速度を合わせている為なのか、突出してこちらに向かってくる者はいないようだ。

 だが、ここに到着するまでそれほど時間はない。

 彼は懐から何かの小袋を三つほど取り出すと、その中に入っている粉末状の何かを空中へとばらまいた。


 煙幕・・・


 というわけではない。

 その証拠に粉末状のものは、未だに空中を漂ってはいるもののそれほど視界が悪くなったりはしていない。

 しかし、彼はその様子を満足気に見詰めたあと、腰につるしていたクナイを外し、クナイの柄と刃のちょうど真ん中くらいのところに空いている小さな丸い穴に、懐から取り出した小さな珠を手慣れた様子で嵌めこんだ。

 そして、クナイを挟むようにして両手で複雑な印を結ぶ。


『【勅令 そよ風】』


 彼の口から『人』の声とは到底思えない無機質な声が部屋の中に響き渡ると同時に、ゆっくりとした風が流れ始める。

 風は廊下には出て行こうとはせず、部屋全体の中をゆっくりと流れてかき混ぜていく。先程彼が散布した粉末は、そんな風に乗り、部屋の入り口から部屋全体へと四方八方に流されていった。

 彼はそれを確認した後、再びクナイを腰につるし直し、今度はバックパックと剣を取り外す。

 そして、それらを抱え込むような形で持ち直すと、大きく一度深呼吸を繰り返し、入口のすぐ左横にある部屋の内壁に自分の背中をぴったりと張り付かせる。

 目を閉じてもう一度大きく深呼吸。

 再び目を開けた彼は、物凄い集中した面持ちで爪先立ちになると、壁にそってカニ歩きを始めた。

 音と気配を完全に消しながら一歩一歩歩みを進めて行く。その視線は目の前、彼の真正面にある大岩に向けたまま、ゆっくりゆっくり確実に進んでいく。

 ゴーグルと防毒マスクで外側からは全くわからないが、その内側は滝のように流れる汗でびしょびしょになっている。

 普段から冷静沈着な彼が、何かを恐れていた。

 とはいえ、その恐怖に負けたわけではない。彼はその恐怖の象徴に真っ向から視線をぶつけて目を逸らさない。

 足音が聞こえてきた。

 襲撃者達の足音だ。

 何やら話声も聞こえてくる。『あの部屋だ』『間違いない』などと複数の男女が怒鳴り合うようにして会話をしているのがはっきり聞こえる。

 その声の中に自分の知人の声があったような気がしたが、とりあえず今はそれを黙殺する。

 あと数十秒で彼らはここに辿りつく。

 次第に彼の中で焦りが膨らむ。必死にそれを抑えつけながら、彼は己の気配を表面に浮き上がらせることなくカニ歩きで進んでいく。


 そして、襲撃者達がいよいよ部屋へと飛び込んでくる、まさにそのとき。

 彼は手にしていたバックパックと剣を、自分のすぐ足元めがけて投げつけた。と、いっても彼が荷物を投げつけた先は、地面でも壁でもなく、ましては自分の足そのものでもないい。空を切る荷物が向かった先は、壁に空いた一つの穴。それも子供がなんとか一人入れる程度の小さな穴だ。それが斜め下に向かって真っ直ぐに伸びている。穴の向かう先は真っ暗でよく見えない。その中に吸い込まれるようにして、彼の荷物は穴の中の闇へと消えた。

 しかし、その様子を彼は最後まで見てはいなかった。

 再び両手で印を素早く結ぶと、力ある言葉を紡ぎ出す。


『【勅令 火花】』


 その言葉に触発されてか、彼の指先でわずかに火花が散る。すると、それを皮切りに部屋のあちこちで、『チリチリ』、『チリチリ』という何かが若干燃える音が響き、すぐに部屋の中をなんともいえない焦げ臭い匂いが充満しはじめる。

 そして、その次の瞬間、燃える音とは別の音が部屋の中に響く。

 それは大地を揺るがすような重低音。いや、『ような』ではない。実際に部屋の中が揺れていた。いや、もっと具体的にいうならば、部屋の真ん中に鎮座する、あの大岩が揺れていた。



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