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1-4

 そうしてあっという間に一年という月日が過ぎた。

 顔見知りのギルド職員達から時折流れてくる情報によって、彼はカルメン達のパーティの活躍ぶりを聞いていた。

 何度も全滅しそうになりそうな失敗を繰り返しながらも、折れることなく果敢に危険の中に飛び込んでいっているらしい。そんな彼らであるから、ギルドから依頼されたクエストの達成率は非常に高く、まだ中堅クラスとは認められてはいないものの、それなりに評判はいいという。

 ただ、繰り返しやってしまう様々な失敗のせいなのか、相当な借金を背負っているという話も聞く。

 失敗したときに大怪我をして決して安くない治療費が必要になったり、モンスターに肝心の武器防具を壊されてしまって新たに購入しなおさなくてはならなくなったりとその理由は様々であるが、苦労して稼いできた金も、ほとんどその返済のために使われてしまうとか。

 まあ、迷宮探索のやり方は『人』それぞれ。彼のように無理せず探索を続ける者もいれば、危険を顧みずに強行突破をはかる者もいる。どれが正解とは言えない。

 ともかく、今、彼女の姿を見る限りでは、元気そうにやっているようだ。

 しかし、いったい、今になって彼に何のようだと言うのか? 

 彼女の真意がわからず訝しげな表情を浮かべて彼女を見詰める彼であったが、すぐにその答えを知ることになった。


「ねぇ、ゲン。私達のパーティに入ってくれない?」


 彼女の口から唐突に紡ぎだされた言葉に、彼は盛大に顔を顰めてみせる。

 そして、その表情のまましばらく彼女の顔を凝視していたが、やがて、溜息を一つ吐き出すと、はっきりと首を横へと振って拒絶の意志を彼女に伝えるのであった。


「どうして? 相変わらず一人で迷宮の探索行っているんでしょ? 絶対、私達と組んだほうが得だと思うけど」


 納得できないと詰め寄ってくる彼女に、彼は『ないない』と軽く手を振って取り合おうとしない。


「ずっと、私と組んでくれていたじゃない。ね、御願いよ、ゲン。一年前、私を手伝ってくれていたように、今度はうちのパーティを手伝ってくれない? あなたのように迷宮をよく知る者がついてきてくれれば、今よりずっと効率よく迷宮の攻略ができるし、お金だって稼げる。ギルドで聞いたけど、あなた、相変わらず結構稼いでいるそうじゃない。もしパーティに入るのがいやだったら、いい稼ぎ場所だけでもいいから教えてくれない? 昔のよしみで、お願い」


 両手を合わせて拝みこんでくるカルメン。

 態度は神妙であるが、口から零れ出ている内容はいっそ清々しいと思えるほどの厚かましさだ。

 話を聞いている彼は完全に呆れ果てて無視を決め込んでしまい、会話の内容が聞こえる位置にいた店主やおかみ、その周囲の客達はあまりな内容に不快な表情を隠そうともしていない。

 だが、そのことに気が付いているのかいないのか、カルメン自身は一向に諦める様子を見せないどころか、もっとひどい内容の事を口走り始めた。

 もうパーティに入らなくてもいいから金を貸してくれだの、効率よくモンスターを倒せる武器や防具を無償で進呈してくれだの、もっと親切で強い上級者を紹介してくれだの。

 それでも彼が取り合わないとわかると彼のことを口汚く罵りはじめ、挙句の果てには血走った眼でナイフを引き抜いたため、ついにそれを見かねた彼や店主、それに馴染みの客達の手でよってたかって取り押さえられ、彼女は店から強引に放り出されることになった。

 彼女は涙目になって彼女を追い出した者達を恨めしげに睨みつけていたが、店主の『これ以上騒ぐなら役人を呼ぶ』という一言を聞いてようやく諦めたらしく、そのまますごすごといずこかへと去っていった。


「一年前まではあんなんじゃなかったのにねぇ。あの子」


 夜の街の中を消えていく彼女の背中を見送っていたおかみさんが、なんともいえない溜息を吐きだした。


「いろいろあったんだろうさ。『人』はどんな風にも変わるからなぁ。いい方にも、悪い方にもそのときそのときに自分が選んだ選択次第でコロッとかわるもんさ」


 カウンターに置かれたままになったウィスキー。まだグラスに半分近く残っているそれを惜しげもなくカウンター裏にあるバケツに捨てながら、店主は空になったグラスを洗い始めたが、ふと目の前に座る彼の姿を見てニヤリと笑みを浮かべる。


「そういや、坊主は全然変わらねぇなぁ。五年前、うちにやってきたときから全然変わってねぇ。姿かたちは相変わらずちっこいままだが、その愛想のねぇ性格も全然かわらねぇ」


「そうだねぇ。ゲンはもう少し愛想よくなってもいいかもねぇ」


 夫婦のその会話に、淀んでいた店の空気が少し軽くなる。彼を知る店の常連たちが夫婦の会話に『ちがいねぇ』『ゲン坊はもう少し笑ったほうがいい』などと次々と笑い声をあげ、そんな笑い声に、彼は苦笑を浮かべてみせるのであった。

 やがて、店のなかから一人二人と客が減って行き、彼の手の中にあるコップからカフェオレがすっかりなくなってしばらくたった時。

 彼はおもむろに席から立ち上がると、カウンターに一万サクル札を置いて二階に続く階段へと向かう。


「おいおい、こりゃ多すぎるぜ坊主。釣りを出すからちっとまてや」


 そういって店主が引き留めるが、彼は首を横にふってみせると、店主がさっき洗っていたウイスキーグラスを指さしてみせる。自分の知り合いがしでかしたことへの迷惑料だというつもりのなのだ。


「おまえのせいじゃなかろうに」


 店主は渋い顔で札を握りしめ、尚も彼を引き留めようとしたが、彼はさっさと部屋へともどっていってしまった。

 残された夫婦はしばし無言で彼の消えて行った二階を見詰めていたが、顔を見合わせて肩を同時に竦めてみせる。

 そうして、後片付けを始めるのだった。


 冒険者同士のいざこざは彼にかぎったことではない。街のあちこちで毎日のように起こっている。それをいちいち気にしていてはこの街では生きてはいけないのだ。

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