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「久しぶりね、ゲン。調子はどう?」
彼にそう声を掛けてきたのは西域化け猫族の女性。肩のところで綺麗に揃えた薄い茶色の髪に、頭から突き出た猫の耳。小さな顔は顎のラインがシャープでそこそこ美形。スタイルはやや細め。薄暗い店の中でギラギラと光る猫の目が彼のことをじっと見詰めている。
「横に座ってもいい?」
別にダメだとは言ってない。そんな様子で肩を竦めて見せた彼は、すっと椅子を引いてやる。
「ありがと。マスター。私にウィスキー。ロックで」
自分の注文を目の前の店主に告げながら、いそいそと彼の横に座った彼女は、再びその猫の目を彼の方へと向ける。
「あなた、相変わらずの無口ねぇ。ほんとかわらないんだから」
こちらをじっと見詰めるギラギラ光る猫の目を面白そうに見詰め返していた彼だったが、やがて関心を失ったのかその視線を自分の手元に置かれたばかりのカフェオレのほうに移し、もう一度肩を竦めて見せた。
この西域化け猫族の女性。
名前をカルメン・アケチという。自称二十歳ということだが、ギルドの職員から聞いた彼女の正式な年齢はもう少し、いや、かなり上。
まあ、彼にしてみれば彼女の年齢になど興味はないのでどちらでもいいことではある。
さて、話を元に戻し、彼と彼女の関係について説明しよう。
端的に言えば、彼女は彼の元『同伴者』である。
相棒というほど彼は彼女のことを頼りにしていなかったし、仲間というほども彼女は役にも立っていなかった。迷宮に一緒についてきていただけの関係というのが正しいだろう。
元々、彼女は単独で迷宮を探索していた。といっても、彼と違って彼女は好きで単独行動をしていたわけではない。当時の彼女はダイバーになりたての超初心者で、なかなかパーティに入り込むことができず、仕方なく単独行動をしていたのだ。
しかし、この迷宮は初心者に対して決して楽な場所ではない。浅い階層でも時に上級者が恐れるようなモンスターが現れる場合もある。勿論、確率はかなり低い。狙って網を張ってもそうそう出くわしたりはしない。
ところが、よりによって彼女はこの大当たりを引いてしまった。
上級者でも手古摺る巨大ザリガニ型のモンスターに遭遇してしまったのだ。
普通のザリガニ型モンスターはそれほど手強い相手ではない。中階層から最下層にかけて存在しているエビ型モンスターと同様、『死肉漁り』と呼ばれる種類のモンスターで、主に迷宮内に放置された他のモンスターの死骸を餌として生きており、ダイバー達に攻撃を仕掛けてくることは滅多にない。だが、巨大ザリガニ型は別だ。奴らは雑食で、目につくあらゆるものを口にしようと攻撃を仕掛けてくる。
そんな相手に目をつけられたカルメンは、出口のない迷宮の袋小路に追い詰められ、絶体絶命のピンチに陥った。
そこにたまたま通りがかったのが彼だ。彼は、巨大なハサミに捕まえられ両断されそうになっていたカルメンを間一髪のところで救出し、長時間に及ぶ激闘の果てにこの手強いモンスターを撃破することに成功。
このことにいたく感激したカルメンは、彼の仲間にしてほしいと懇願。
最初は物凄く渋った。彼は他人と行動するのがとてつもなく苦手なのだ。なので、断るつもりでいたのであるが、話をしている間にカルメンがあまりにもダイバーとしての知識も経験も技術もないことを知って愕然とする。
また、彼女の性格的な部分に引っかかるところもあった。隠すようにしているようだが、ともかく欲深く金に汚い。【ダイバー】の多くは、一攫千金を狙っているものが多いため、そういった部分がない【ダイバー】のほうが圧倒的に少数派であるのではあるが、それにしてはあまりにもそれが過ぎるように見える。今のところはそういう部分を隠すようにしているようだが、十年以上この迷宮に籠り、数々の【ダイバー】達を観察してきた彼の目を誤魔化すことはできなかったようだ。
しかし、だからといってこのまま彼が放り出してしまえ、というのも無責任のような気がする。
そうなれば、すぐにまた、同じような状況に追い込まれて死んでしまうだろう。迷いに迷い、本心ではかなり嫌であったが、仕方なく彼は彼女に同行を許可した。
と、言っても彼女を戦力として迎え入れたわけではない。どちらかといえば、会社でいうところの指導員の先輩と入社したばかりの後輩のような感じだろうか。迷宮での歩き方、敵の察知方法、戦闘の仕方、倒した敵の解体技術などなど、彼がそれらを実践してみせ、まずは彼女には横で見てもらうことで覚えてもらおうとした。
幸い、彼女は覚えはいいほうだったようで、知識的なことは一度聞けば忘れなかったし、技術的なことは二度ほど見せればほとんど自分でできるようになった。そうして、一年ほどが過ぎた頃、カルメンは彼の手を借りずとも一人でなんとかやっていけるようにまで成長。
やれやれ、これでなんとか初心者は脱出。自分の役目は終り、肩の荷が下りた。彼がそんな風に安堵した矢先のことだった、
彼女は別のパーティに引き抜かれた。
半年くらい前から、彼女は同じ獣人系の種族のパーティから声を掛けられていたらしく、彼にそのことを報告したそのときにはもうカルメンの決意は固まっていた。
相手は彼女とあまり変わらぬくらいしか迷宮探索の経験をもたない初心者に毛の生えた程度の新参パーティ。故に、少しでも自分が力になれるならと思ったのだそうだ。
本当に申し訳なさそうにそのことを彼に告げる彼女。
だが、彼はそれを聞いて怒ったり詰ったりしなかった。むしろ喜んで彼女を送りだしたのである。
別に痩せ我慢とかそういうことではない。彼自身は単独行動のほうが好ましいのだ。これまで彼女と行動を共にしてきたのは、何も知らない彼女に基本的で最低限な迷宮生活の仕方を教えるためで、決して彼の本意ではなかった。しかし、既にそれももう終わっている。自分が知る迷宮に関する知識全てを教えたわけではないが、もう彼女は初心者ではない。自分の思う道に進めばいい。
彼自身もまた気楽な単独迷宮生活にもどることができる。
こうして穏便に元の関係にもどった彼らは、また別々の道を歩むことになったわけである。