ed & op
「深淵なる闇より三つ出でて我に従え!! 勅令!! 『真影防壁』!!」
朗々たる声に導かれるように姿を現した、闇色の影が二人の体を包み込む。
『真影防壁』
本来『人』一人の防御を上げる効果しかない道具『暗幕珠』を、『術』によってその効果を引き上げ、複数の対象の防御力を一定時間向上させるという『能術』の一つ。
かけられた人物は特殊な『影』が作りだす防御幕に守られることになり、相手の目測を狂わせることができるようになる。地味な『術』だが、効果は結構高い。
「ゲン様、後はお任せしますです」
かつての大親友の形見の刀『カムイの刃』をかざした漆黒の戦士が、眼前の敵に向かって突撃していく。
「SHARURAAAAAAAA!!」
黒の戦士を迎え撃つべく奇声を上げて体勢を整えるのは一匹の大蛇。
恐ろしく長大なボディ、びっしりと体中を覆う鋼のような黒い鱗、、そして不気味に光る一つ目。【ダイバー】達から『毒ウツボ』と呼ばれ恐れられている大蛇達。
大きく開けて威嚇するその口に見える鋭い牙からは、青黒い不気味な液体が滴っている。
情報屋から仕入れたその内容が間違ってなければ、それは強烈な即効性の毒だ。
涎も遠慮したいがこっちはもっと遠慮したい代物だった。
「ゲン様、危ないです!」
毒に気がついたイレーヌが悲鳴をあげるが、彼は慌てない。
彼に武術を教えてくれた恩師達や、彼がこれまで戦ってきた強敵達の攻撃に比べれば蛇のそれは恐ろしくスローだ。彼は顔を突き出して来た『毒ウツボ』の一撃を見切ってすっと身をかわす。それと同時に右手に構えた刀を無言で振り下ろした。
「!?」
襲い掛かって来た『毒ウツボ』は、自分に何が起きたか知ることもできずに彼の刀に首を落とされて絶命した。
まずは一匹。
彼は仲間がやられたことにもかまわず向かってくる残りの敵に注意を一瞬で向ける。
残る総数は七匹。
敵の数をすばやく数え状況を判断した後、その場から横転してすかさず移動を開始する。彼の背後で三匹の『毒ウツボ』の頭が獲物を逃がして通り過ぎる音を聞く。
そう簡単には捕まらない。
石畳の床を走る彼の足音が部屋の中に響きわたる。
彼らしくない走り方、これでは敵に察知されてしまう。そうだ。彼は察知してほしいのだった。
そうすれば、それだけ後方にいるイレーヌへの危険が減る。
別にカッコ付けてるわけではない。彼だって恐い。いつまでたってもこれだけはどうしようもない。死とか未知のものと対面することは本当に恐ろしい。
でも、だからといってそれに体をすくませて大事なものを守れないなんてことは絶対にいやだった。
勿論人任せにするのなんてもっての他だ。
大事なものは自分自身の手で守るのだ。
かつて彼を救ってくれた幼馴染や、仲間達、恩師達のように。
「ひゅうううっ」
彼の奇声に反応して、『毒ウツボ』達は身をくねらせながらものすごいスピードで追いかけてくる。彼はある程度走ったところで身を翻した。
そして、逆に追いかけてくる『毒ウツボ』達の中に身を投げる。
自殺する気では勿論ない。
「プレゼントだ」
彼は腰にぶら提げたいくつもの小瓶を引き千切って足元に投げつけると、急に止まれない『毒ウツボ』達の中を、前転で突っ切った。
「犬子! 火だ」
「え!?」
彼のいってることが今一つわからなかったのか、イレーヌは両手を握り締めた状態で呆然としている。
彼は小さく舌打ちを一つもらす。やはり連携に頼るのはまだ早かったようだ。
これでも彼女はかなり成長したのだ。迷宮に入りたて当初の激よわ状態から比べれば驚くべき成長ぶりだ。
だが、それでもやはりまだまだ経験が足りない。それは誰かと組んだことのない彼もまた同じなのであるが。
彼は残り少ないマッチ棒を出すと、ブーツのカカトにこすり付けて火を付ける。
ここから投げ込んでもいいが、小瓶の中身は床の上、そしてそれを遮るように『毒ウツボ』の群れだ。失敗は許されない。確実に成功させる方法はただ一つ。
少々危険だが、これもまた修行。
彼は即決して覚悟を決めると『毒ウツボ』の群れに飛び込んだ。
「うおおおっ」
雄たけびを上げて突進する俺に体勢を立て直した『毒ウツボ』達が襲い掛かる。
次々と襲い掛かってくる攻撃を寸でのところでかわしながら進む彼、だが・・
「ウッ!?」
襲い掛かって来たうちの一匹が振り回したシッポが俺の足をすくう、バランスを崩しながらも何とか倒れることは免れたが、更に別の奴が彼の胴体にその体を巻きつけて来た。
(マズイッ!?)
左手の中のマッチ棒をとっさに守った為、刀をもつ右手のほうはからみつかれてしまった。
動けない!!
焦る彼を嘲笑うように、『毒ウツボ』達がリズミカルに舌を出しいれして顔を近づけてくる。
「私だっているんです! やらせはしないです!」
可愛い叫び声が上がり、何かが彼の頭上を通りぬけていった。
そして、一瞬のタイムラグの後、彼をしめていた『毒ウツボ』の体が力を失って床に落ちる。よくみると、首がなくなっている。
そのきれいな切断面をみて彼は何が起ったか一瞬で悟る。
「犬子、見事也」
「もうっ、私、『犬子』じゃないです。『イレーヌ』ですです!」
イレーヌの愛用の武器であるグレートブーメラン『ギルゲ・ガルゲ・ゴルゲ』の一撃が、『毒ウツボ』の首を跳ね飛ばしたのだ。
彼がちらりと横を見ると、自分の背丈ほどもある巨大なブーメランをもって、こちらに親指を立てているのが見えた。
彼は微笑してそれに答えると、再び『毒ウツボ』達の中に身を躍らせる。マッチ棒の火はもう消えかけている。
「ウオオオオオオオオ!!」
「SHARUAAAA!!」
一匹の『毒ウツボ』の牙が彼のほおをかすめる。だが、彼の投げたマッチ棒は狙い違わず小瓶の中から零れ出た液体の中にストライクする。
次の瞬間、そこから目も眩む炎が噴き出し、爆音と共に俺の体は爆風に乗って吹き飛ばされる。彼は大親友の形見の刀と両手に装備した籠手を体の前にかざすことでなんとか耐えることができたが、『毒ウツボ』達はそうはいかない。爆炎の中心にいた『毒ウツボ』達のほとんどがその爆発に巻き込まれ、ズタズタになって吹き飛ばされた。
彼は落下の瞬間なんとか受け身をとってダメージを軽減するが、ついた勢いはなかなか止まらない。木の葉のように地面を転がり、石の壁にたたきつけられてようやく止まった。
「グフッ」
背中を強打したゲンは、体中の空気が抜けると思えるぐらい息を吐き出す。
一瞬息が詰まり、次の瞬間、激しくせき込む。
「キャアアアアア!!」
イレーヌの悲鳴だ。
彼がそちらに注意を向けると、イレーヌが生き残った『毒ウツボ』に今にも襲われそうになっている。
彼は意志の力で無理矢理痛みを堪えると、地面から飛び上がるように起き上り凄まじいスピードで走りだす。
そして、あっという間に距離を詰めたかと思うとイレーヌの背後に飛び込んだ。
彼はイレーヌの背中にくらいつこうとした『毒ウツボ』の前に飛び込み、何とかガードに成功した。しかし、
「!?」
ガードした彼の腕に『毒ウツボ』の牙が根元まで突き刺さる。そしてその牙からは致死性の毒が体内に侵入する。あまりの痛みに思わず女のように悲鳴をあげかけるゲン。
しかし、ゲンは自分自身を叱咤して無理矢理残った腕を振り上げると、そのまま刀を振り下ろして『毒ウツボ』の脳天を一刀両断。それを更に横に薙いで『毒ウツボ』の頭部を完全に破壊する。
これで『毒ウツボ』の群れは完全撃破した。
しかし、これで終わりではない。彼の体内に侵入した猛毒が全身を犯し、黄泉の世界にご招待してくれるまで、残り約二十秒弱。
彼は懐から一つの『珠』を取り出し、それを刀の柄にあるスロットに嵌めこむ。そして、噛まれたほうの腕にそれをかざして神経を集中する。
「【対毒抵抗開始】!! 【体内対毒抗体精製開始】!!」
彼の大親友が残してくれたたった一つの形見である『カムイの刃』。
そんじょそこらにあるただの刀とはわけが違う。
素晴らしい切れ味を誇るだけがこの刀の能ではない。こういう毒、麻痺といった身体異常を引き起こす魔法、薬品などが体内に侵入した時にも、力を発揮してくれるのだ。ただ、神経を集中しなくてはならないので、戦闘中などはよほど注意しないと危ないのだが。
「ゲン様!?」
彼の異変に気がついてイレーヌが駆け寄ってくる。
彼は心配するなと、目線だけで彼女を制すると、再び刀に視線を向けて集中を続ける。
そんな彼の意志が力になり、刀が輝きを増す。
「【対毒抗体精製完了】。【対毒防御に移譲】。【対毒防御完了】!!・・・【有毒物質体外射出】!!」
『毒ウツボ』が噛み付いた傷の部分が大きく膨れ上がり、その傷口からどす黒い液体が噴出された。
レジスト完了。
彼は全身の力を使い果たしてその場にしゃがみこんだ。
「犬子、無事か?」
彼は疲れながらも達成感に満ちた笑顔を浮かべてイレーヌを見た。
だが、何と、イレーヌは彼をみてポロポロと涙を流しながら泣いていたのだった。
彼は慌ててイレーヌの小さな身体をチェックする。しかし、どこもやられているところはない。魔法でも食らったのだろうか? いや、『毒ウツボ』にそんな力があるなんて聞いたこともない。
それではいったいなんなのだろう?
「ごめんなさいです。ごめんなさいです」
いきなり謝りはじめるイレーヌに、わけが分からないという表情を浮かべて見せるゲン。
二人とも無傷で戦闘を乗り切った。敵は完全撃破、こちらは死傷者なし。
めでたいはずなのに、なぜ彼女は泣きながら謝るのか?
「だってだって、私をかばってゲン様が、危うく死んじゃうところだったです!! もし、今のでゲン様が死んでいたら、私、私、耐えられないです!」
鼻水をズズーと垂らしながら、涙をボロボロこぼすイレーヌ。
そんな彼女のかわいらしい顔をしばらくなんともいえない表情で見詰めていたゲンであったが、やがて、溜息を一つ吐き出すと懐から一枚のきれいなハンカチを取り出した。
そして、優しい手つきでべしょべしょになった彼女の顔を拭いてやる。
「そう簡単には死なん」
「でもでも」
拭いても拭いても涙が溢れて来てきりがない。あっというまにハンカチはべしょべしょになってしまい、別のハンカチを出して、もう一度きれいに拭ってやる。
彼はもう一つ溜息をついて彼女をみる。
「これからさ」
「え?」
きょとんする彼女に彼はなんとも言えない優しい表情を向けたあと、外していたゴーグルを装着し直した。
「これからなんだよ。俺もおまえもな」
そう言って、ぽんぽんと小さな彼女の頭を軽く叩いたあと、彼は倒した敵を解体すべくその場を離れていく。彼女はしばらくそんな彼の背中をぼうっと見詰めていたが、すぐにはっと気がつくと慌てて立ちあがって小走りに彼を追いかける。
そして、彼の作業をその小さな手で手伝い始めるのだった。
伝説の忍者の業を会得した孤独の戦士ゲンゴロウ・ゲンドーと、大財閥ヨルムンガルドの令嬢イレーヌ・ヌーボ・コリン・ヨルムンガルド。
奇妙な縁に導かれ、パーティを組むことになった二人の【ダイバー】。
彼ら二人の冒険は始まったばかり。
どこに向かうかわからないが、それでも二人はこの迷宮で生きていく。
今日という一日を逞しく生き抜いていく。
どこまでもどこまでも。
力の限り生き抜いていくのだ。