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4-3

 激よわ【ダイバー】の名前はイレーヌ・ヌーボ・コリン・ヨルムンガルド。

 直立した子犬といった姿の小型犬獣人(ミニチュアコボルト)族の少女。ダックスフントそっくりの顔に、ダックスフントそっくりの手足。ダックスフントそっくりの肉球に、ダックスフントそっくりの尻尾。どうみてもダックスフントなのだが、そのシルエットは犬のそれではない。ダックスフントよりははるかに長い手足をしているし、ちゃんと二本脚で立っている。五頭身くらいで『人』型種族で言うところの幼児かあるいはそれよりはもうちょっと年上の子供くらいにしか見えないが、四足歩行の『犬』という感じではない。

 ふさふさの両耳にかわいらしいピンクのりぼんを結びつけ、明るい赤色のワンピースに黄色の袖無ジャケット。ジャケットと御揃いなのか黄色の長靴に、ワンピースからちらりとみえる白いかぼちゃパンツ。一応、ブレストプレートのようなものをワンピースの上に身につけているが、小さすぎてほとんど役にたっているとは思えない。

 ともかくかわいい。あまり『人』の外見に対して興味のないゲンから見ても、彼女はかなり『かわいい』。それもかなり上位にランクインするであろうことが一目でわかるくらいに『かわいい』。

 そんなかわいらしいイレーヌ嬢は、ある大財閥のご令嬢様らしい。

 どこか浮世離れしている言動に、なんとなく納得してしまうゲンであったが、それにしても不可解なことであった。

 そんな大財閥のご令嬢が、何故護衛も引き連れずにこんな危険な迷宮に単身やってきていたのか。


「勿論、修行のためです!」


 小さな胸を『ちまっ』を張りながら自信満々に断言する彼女であったが、ゲンはその答えの意味が全くわからず思わず首を傾げて見せる。

 大財閥のご令嬢がいったいなんの修業をここでするというのか? 花嫁修業をするというなら、普通はこんな場所ではないだろう。上流階級の人々が集まるパーティ会場に出向いて社交性を養ったり、料理の勉強をしたり、歌や踊りの練習をしたり。こんな場所で覚えることができることなんて、彼女が住み暮らす世界では何の役にも立たないはず。

 なのに、何故こんなところにいるのか?


「私、ひとり立ちするために家を出たのです。もう、あの世界とは何の関係もないのです。あの家とは何の関係もないのです。私は私なのです。誇り高きヨルムンガルド一族の名前を捨てるつもりはありませんが、大財閥ヨルムンガルドとはもう何の関係もないのです。裸一貫でがんばるのです」


 むふ~と、鼻息荒くそう主張する子犬娘に、ゲンはなんとも言えない溜息を吐きだす。そして、とりあえず、おうちに帰りなさいと諭す。


「いやです。私決めたのです。誰かに依存することなく、一人で生きていけるようになると決めたのです。おうちに帰ってしまったのでは、また私はダメな『人』になってしまうのです。だから、私は帰らないのです」


 イヤイヤと懸命に首を横に振る子犬娘。しかし、ゲンは先程のことを持ち出して説得にかかる。迷宮最弱モンスター『めだか』にも勝てないのに、ここで生きて行くのは到底不可能だと。もし、うちに帰るのが嫌だとしても【ダイバー】として生きて行くのはおやめなさいと。自分でも珍しいほど感情移入してゲンは、心から彼女を説得しようとした。

 しかし、それでも彼女は首を縦に振りはしなかった。


「例えここで死ぬことになったとしても、もう私にはここしかないのです。他に生きる場所はないのです。ここ以外の場所にいけば、必ず誰かが私の不幸に巻き込まれてしまうのです。だから、ダメなのです」


 思いもよらぬ強い言葉。信じられないほど弱い力しかもたないというのに、何故か彼女の意志の力はそれに反比例して強い。強い強い決意を秘めたその瞳は、きらきらと美しく輝き、ゲンはいつしかそれに魅了されてしまっていた。その輝きを、彼はどこかで見たような気がする。

 はるか昔。彼が忘却の彼方に追いやろうとしているはるかはるか昔。 

 あれはいったいいつの頃だっただろうか。

 そんな風に彼は自分の中にある記憶の箱をぼんやりと探っていたのだが、そんな彼を見てどう思ったのか、彼女はおもむろにぺこりと頭を下げた。


「助けていただいてありがとうございましたです。そして、親身に心配してくださったことにも感謝なのです。でも、私は帰らないのです。私はここで生きていくと決めたのです。では、これにて御機嫌ようです。ゲンドー様、このご恩は一生忘れないのです」


 そういってワンピースのすそを掴んで『ぺこり』とかわいらしくお辞儀をした彼女は、颯爽と彼の元から立ち去っていく。

 弾むような足取りで、スキップするように彼から離れていく彼女。ぼんやりと見詰める彼の前から徐々に遠ざかり。

 そして。


 ・・・何もないところで、すてんと転んだ。


「う、うわああん、イタイ、痛いです。膝小僧すりむいちゃいましたです!」


 かぼちゃパンツが見えるのも気にせず、すりむいた膝を抱えて地面を転げまわるイレーヌ。

 そんな彼女の姿をしばらく見詰めていたゲンは、やれやれと首を振って大きく深い溜息を吐き出すと、彼女のほうに向かって歩き出した。

 自分でも酔狂だと思うが、ある提案を彼女にするために。

 

 そして、そのことにより、彼の停滞していた運命は大きく動き始めることになる。


 後に、『子犬姫と忍者』と呼ばれ、【ダイバー】達の間のみならず、近隣諸都市にその名を轟すことになる二人は、こうして邂逅したのであった。


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