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『めだか』
この迷宮における最弱中の最弱モンスターだ。
攻撃力低い、防御力限りなくゼロ、獰猛さ全くなし。小魚のような姿をした小さなスライム。それが『めだか』である。一応モンスターに分類されているが、一般人でも倒せるくらい弱い。というか、たまに迷宮に住み着いているドブネズミに捕食されていることもあるくらいに弱い。
ただ、数だけは異様に多く、また繁殖力も凄いため、どれだけ初心者【ダイバー】に狩られても、他のモンスターに捕食されても、一向にその数は減らない。
一応群れで行動するのであるが、こちらから攻撃を仕掛けてもその仕掛けられた個体を生贄代わりに置き去りにして、群れの大部分はさっさと逃げ去ってしまう。【ダイバー】達から『キングオブ雑魚』と呼称されて親しまれている超最底辺モンスターである。
そんな激烈に弱いモンスターを相手に、彼女は一進一退の激闘を繰り広げていた。
そう、初心者【ダイバー】が一撃で倒せる『めだか』を相手に一進一退の攻防を大真面目に繰り広げているのだ。片手剣の一撃で『ぺちっ』とかいう間抜けな音を立ててすぐに潰れてしまう相手と一進一退。
ある意味凄い。と、いうか、十年この迷宮で生きてきた彼であるが、ここまで弱い【ダイバー】を見たのは生まれて初めてである。
「負けません、私は絶対負けないのですわ。えいっ、えいっ、えいっ!!」
ぺしぺしぺし。
はぁはぁはぁ。
「このっ、このっ、このっ」
ぺそぺそぺそ。
ふぅふぅふぅ。
「たぁっ、たぁっ、たぁっ!!」
ぺしょぺしょぺしょ。
はひぃはひぃはひぃ・・・ぐったり。
一方的に叩かれているというのに、いつまでたっても倒れる様子がない『めだか』。それどころか、攻撃していたほうがやがて力尽きてぐったりと地面に倒れ込んでしまう。
その姿を見た対戦相手の『めだか』は、自分自身は一回も攻撃していないはずなのに上半身を持ちあげて勝利の雄叫びをあげる。
いろいろな意味でレアな光景だった。スーパー雑魚キャラの『めだか』の勝利ポーズ。確認しようと思ってもなかなか遭遇できる姿ではない。ってか、ゲンは『めだか』が勝利の雄叫びをあげるところを生まれて初めてみた。あまりにも意外過ぎて『そんなことできたんだなぁ』なんて思わず感動してしまったくらいだ。
それにしても弱い。
弱すぎる。こんな一般人でも楽勝で勝てる最弱モンスター『めだか』に負けてしまう【ダイバー】っていったいなんなのだろうと、ゲンは本気で頭を抱えてしまう。そもそも、よくもまあこんな強さで【ダイバーライセンス】が発行されたものである。この激よわ【ダイバー】にもびっくりするが、発行した【ダイバーギルド】にもびっくりだ。
もうなんかいろいろと疲れて脱力しきりの光景。
このまま地上に帰って人生についてもうちょっと真面目にいろいろと考えようかなと、眼の前の光景かた眼をそむけようとしたゲンであったが、しかし。
「いやぁ、食べないでぇ」
悲鳴に気がついてもう一度そちらに視線を向け直すと、小さな激よわ【ダイバー】が『めだか』に食べられそうになっていた。彼女のふさふさで長い尻尾に『めだか』が食いついてしきりに『はもはも』している。
しかし、基本的に『めだか』というモンスターは自分の身体の半分よりも大きな獲物を捕食できるような力を持っていない。せいぜい普通のバッタを食すくらいしかできないのである。なので、いくら『はもはも』しても彼女を食べることはできず、ひたすら『はもはも』し続けるだけなのであるが、やられている本人は本当に食べられているような気持になっているらしく、涙目になってしきりに『助けてちょ。お願い、ぷり~ず』と訴えかけてくる。
放っておいても全然大丈夫そうだったが、あまりにも可愛そうだったので仕方なく助けてやることにした。
彼は『めだか』に近づくと、尻尾を片手で掴んでひっぺがえし、遠くのほうに投げ捨てる。もっと激しく抵抗してくるかなと思ったのだが、全く力を入れることなく引き剥がせたので相当に弱い個体だったようだ。なんだかもう本当にやるせない気持ちになって再び地面に這いつくばる彼女のほうに視線を向け直すゲン。
すると彼女は、涙でべしょべしょになった顔を一生懸命に拭いながら立ち上がると、いそいそと身体についた埃を払う。
そして、きっと彼が投げ捨てた『めだか』が消えていった闇のほうへと顔を向け直した。
「き、今日のところはこれくらいで見逃してあげますです! 次はないです!」
「え、えええっ!?」