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4-1

 転機というものは本当に突然やってくる。

 それも本人の予想だにしていなかった形で。

 その日、一匹狼の【ダイバー】ゲンは、いつもと同じように迷宮内を彷徨っていた。

 特に何か用事があったわけではない。マリア達数少ない契約者達が求めるレア素材の今月分はどれも既に獲得済みであったし、急いで稼がなくても手持ちの金は十分にある。自分自身が何かほしい素材もないし、緊急でクリアしないといけないギルドの依頼もない。

 身体を休めるためにも、今日は一日宿屋でゴロゴロしていようかとも思ったのであるが、なんとなく身体が鈍ってしまうような気がしてふらふらと迷宮の中へとやってきてしまったのだ。

 そんな適当な感じでやってきているものだから、当然危険な深い層に降りて行くつもりはこれっぽっちもない。目的が全くないので、そこそこ歯ごたえのある中級層を流すのもだるい気がする。そんな感じで、結局、一層も降りることなく、迷宮で一番浅い階層である第一層をぶらぶらと歩き回ることにした。

 はっきり言ってベテランの彼にとっては全く危険のない階層である。

 一応、倒せないようなヤバい敵は存在している。【ダイバー】達から『電気ウナギ』と呼ばれて恐れられている大蛇のようなモンスターだ。その名の通り電気エネルギーを操るバケモノで、ちょっとでも奴に近づけば、一瞬で黒焦げにされてしまうほどの高威力の放電攻撃を仕掛けてくる。あまりの凶悪さに、どんな凄腕【ダイバー】も手を出さない相手なのであるが。

 しかし。

 この『電気ウナギ』、一層の一番奥にある巣から全く出てこないのである。他のモンスターと違い、迷宮をうろつくことは皆無。というか、彼がこの迷宮にやってきてから十年、一度も巣から離れているのを目撃したことはない。その引きこもりぶりは徹底していて、遠距離から攻撃して挑発しても、戦ってる最中に逃げ出してみても、全く巣から出ることはないのである。

 なので、その巣に入りさえしなければ、全く危険ではない。

 『電気ウナギ』以外のモンスターは本当に雑魚ばかり。モンスター達も彼の実力がわかるのか、積極的に仕掛けてくるものはまずないので、彼は気楽に散歩を楽しむことができる。

 そんな感じで彼は、ぶらぶらと、本当にあてもなくぶらぶらと歩いていた。


 朝からずっとぶらぶら歩き続け、三時間ほど散策していただろうか。彼の体内時計がそろそろ御昼時であることを知らせてきたので、一旦戻って昼食にしよう。

 そう思って踵を返そうとしたまさにそのときであった。

 彼は、ふと遠い遠い闇の中に『人』の気配を感じて立ち止まる。

 ともすれば見失ってしまいそうなほど遠くのほうで、誰かがモンスターと戦っている気配が感じられる。恐らく駆け出しの初心者が修行の為に戦っているのであろう。この層に生息しているモンスターは弱いものばかりだ。『電気ウナギ』という例外が一匹だけいるものの、それは本当の例外中の例外で、あとは初心者の者でも十分一人で対処できる。一人では少し辛い相手もいるが、それも二人以上のパーティを組めば普通に倒せるし、ダメだと思って逃げ出しても十分逃げれるほど足が遅いものばかり。そんな層であるから、多くの駆け出し【ダイバー】達が、修行の場として利用している。

 長年この迷宮に出入りしている彼にとって、それは別段珍しい光景ではない。彼は、すぐに興味を失うと、昼食をとるために街に帰るべく、二歩、三歩と進みかけた。

 だが、すぐに立ち止まってまた遠くの闇の中へ視線を向け直す。

 おかしい。

 どうにもおかしい。

 遠くに感じる気配の中に、戦いが終わる様子が全く感じられない。

 何度も言うが、この階層のモンスターは弱い。というか激弱だ。ありえないほどの弱さだ。初心者が普通に戦っても一分もかからず終わる。その初心者が相当なヘタレであったとしたら、そうではないかもしれないが、それでもこの気配の主は、そういう感じのものではない。気配そのものは小さいが覇気に満ち溢れている。

 では、ひょっとして相手はモンスターではないのか? 遺恨を持つ【ダイバー】同士やそのパーティ同士が、互いを潰すために密かにこの迷宮内で殺し合いを行うことはよくあることだ。勿論、そういった行為は【ダイバーギルド】や中央庁から厳しく禁止されてはいるが、結局のところバレなければいいのだ。迷宮の中は闇が支配する世界。力あるものだけが生き残ることを許される。法というルールに支配された地上とは、また別のルールがこの世界を支配している。

 ゲンはそのことを嫌というほど知っていたので、表情を消して気配を更に探ってみる。

 だが、他に『人』の気配は感じられない。

 迷宮をうろつくモンスターの気配は四方八方に多数感じられるが、『人』としての気配は本当にまばらで、遠くに感じられる『人』はたったの一人。

 なんとなく興味を惹かれた彼は、地上に戻ることをやめることにした。そして、地上に戻る為の出口とは反対方向、迷宮の奥にあるたった一つの『人』の気配があるほうに向かって走り出す。

 彼は知る由もなかったが、これが、このことこそが彼にとって運命の分岐点であったのだ。


 そして、この彼の選択によって、彼はある人物との邂逅を果たすことになる。


 迷宮の奥深く。疾風の如き俊足によってすぐにそこに辿りついた彼は、そこに信じられないものをみつけて絶句して立ち止まる。

 それは戦い。紛れもなく命をかけた戦い。


 ・・・のはずだ。いや、たぶん。きっとそうに違いない。そうなんだろうなぁ。そうだといいなぁ。そうなんじゃないかなぁ。


 見詰めている光景があまりにもあまりなものなので、彼の中で確信だったものがどんどんとあやふやになっていく。

 それくらいその光景はその、つまり。


 彼を脱力させるものであった。


「えいっ、えいっ、えいっ!!」


 彼の目の前で、なんかちっちゃい生き物が一生懸命戦っていた。おもちゃのようなちっちゃい剣。いや、おそらく剣。多分、剣だと思う、いや、ひょっとしたら実は魔法のステッキとかそういう類のあれかもしれないが、ともかくそんな感じのものをちまちま振り回しながら、彼女は戦っていた。

 迷宮最弱のモンスター『めだか』を相手に。


 そんな彼女の姿があまりにも衝撃的だった彼は、普段の彼からは想像もできないような大声である言葉を口走ってしまっていた。

 その言葉とは。


「よわっ!!」



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