3
落ちこぼれであった。
【施設】の中で一番の落ちこぼれが彼であった。
何をやっても最低の最下位。同じくらいの年齢の仲間達が簡単にクリアしてしまうような訓練を、彼は一週間以上かかってもクリアできない。
隠密活動ダメ、サバイバル能力皆無、『術』行使一度も成功しない、戦えば必ず負ける。
何をやってもダメ。ダメダメのダメ。里始まって以来の超絶ダメ生徒が彼であった。
生徒達を指導する教師達は、みな忍耐強く教育熱心で優秀な者ばかりであったが、そんな彼らをもってしても彼のダメっぷりは一向に改善されはしない。
それでもなんとかしなければと、使命感に燃えて教師達は熱血指導を続けたが、やっぱりダメ。何をやっても、どうやってもダメ。
最後には流石の教師達も匙を投げてしまい、いつしか誰も彼に教えようとはしなくなっていた。
そんなダメダメな彼。
普通に考えれば他の仲間達から嫌がられて敬遠されたり無視されたりいじめられたりそうなもの。だが、彼は不思議と誰からも愛された。
仲間の誰もが、親兄弟が、匙を投げた教師達でさえ、それでも彼を愛した。
そして、彼もまた、そんな里の者達を愛した。
完全な落ちこぼれである自分自身に嫌気がさすことがままあるものの、それでも彼は里での平和な生活を愛した。
だが、ある日、それは唐突に終りを告げる。
あまりにも唐突な終り。
彼は一瞬で全てを失った。
彼は落ちこぼれであるが故に助かり、そして、落ちこぼれであるが故に何も守ることができなかった。
「それでも、私はゲンに生きてほしいから」
彼を守って最後まで戦った幼馴染は、最後にそう言って笑った。
「お兄ちゃん、一緒におうちに帰ろう。おうちに帰りたい。かえり・・」
逃げ遅れて彼の腕の中で冷たくなっていった妹は最後にそういって涙を流した。
「何もしてやれなくて、ごめん・・な」
血だまりの中に沈む恩師は最後にそう後悔の言葉をこぼした。
そして、その日、彼らと共に落ちこぼれの彼は死んだ。
全てが壊れた里の中、全てが炎の中に消えた故郷の中、全ての愛する人がいなくなった瓦礫の中。
一匹の怪物が誕生した。
それは最早『人』ではない。『人』の姿をしてはいても、その心の中に、普通の人が日常で感じるはずの感情のほとんどが残っていなかった。残った感情はごくわずか。その感情の赴くまま、彼は狂ったように己を鍛え上げた。
己を鍛え上げるだけではない。様々な禁断の薬にも手を出し、それを使って己の身体を無理矢理に強化。彼に己の命に対する執着など微塵もない。ある目的の遂行のためだけに、己の肉体を兵器に変える。
そして、彼はいつしか本物の怪物になっていた。
時は流れて十年後。
大陸の西の果てにある一つの城砦都市『カースエンブレム』。
そこに彼の姿がある。
黒装束に全身を包み、幼馴染の形見の『刀』と恩師の形見の『クナイ』を腰に装備した彼は、この都市の【ダイバー】と呼ばれる冒険者の一人として暮らしている。
十年の間にいったい何があったのか、誰も知る者はいない。
ただ、一ついえることは、怪物であった彼もまた既にないということだ。
『人』としての感情をなくし、ただ『人』を殺すための恐るべき怪物となったはずの彼。
その彼もまたどこかで死んでしまったらしい。
今の彼は豊かではないが、『人』としての感情を取り戻し、ただの『人』としてこの都市で生きている。
彼の名は玄堂 源五郎。
成人しても十二歳前後の子供にしか見えない極東の小人妖精、東方小人妖精族の青年。
今の彼は里の落ちこぼれではない。かといって復讐に燃える超絶的な力持つ怪物でもない。
今の彼は、ただの『人』だ。
他の【ダイバー】達よりも若干優れてはいるが、本当にそれだけのただの『人』。
それが、今の玄堂 源五郎という彼の全てだった。