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2-4

 どんな艱難辛苦があろうとも、絶対に幻の凄腕ダイバー『ニンジャ』を探し出してみせる。

 そう固く誓ったマリアは、売店のおばちゃんから手を離し、外に向かって猛烈な勢いで走り出した。 

 だが、そのマリアの巨体を、おばちゃんが慌てて引き止める。


「ちょ、ちょっとお待ちよ。あんた、あの子に会いたいんじゃないのかい?」


「そうよ。だから探しに行くんじゃない」


「何言ってるんだい。外に出て行ったってあの子には会えやしないよ」


「は? なにいってるの?」


「何言ってるのはこっちの台詞だよ。あの子だったら、ちょうど今、あそこのカウンターにいるだろ」


 呆れ果てたといわんばかりの表情で指差してみせる小さなノーム族のおばちゃん。その指先を辿るようにして視線を向けたマリアは、そこに小さな人影を見つける。自分よりもはるかに小さなその人影。頭の先からつま先まで、全て黒一色の衣装を身に着け、背中にはやや大きなバックパック、腰の背部には緩く湾曲した剣が横向きに装着されている。どうみても子供にしか見えない。しかし、どうみてもその気配は子供のそれではない。注意してみていなければたちまち見失ってしまいそうな非常に希薄な存在感。だが、一旦彼を認識して意識を集中したならば、眼をそらすことができなくなる。

 海千山千の勇将猛将達を数多く見てきたマリアであるが、こんな気配を持つものは今まで一度として会ったことがない。

 目的を果たす為に声を掛けなくてはならないのだが、奇妙なプレッシャーに阻まれて声を出すことができない。ただただ、彼の姿を凝視し続けるマリア。

 そんな感じでどれくらい凝視し続けたであろうか。やがて、マリアの視線に気がついた彼が、きょとんとした表情でマリアのほうに視線を向けた。

 殺意や害意を向けてくるわけではない。かといって、好奇心というのも違うし、女性が気に入った男性に向けるそれとも違う。

 結局それがよかったのだろう。彼は自分に不思議な感情をぶつけてくるマリアの存在に興味を持った。そして、彼自身から接触を図ってきたのだ。


 そして、彼とマリアの付き合いが始まった。


「ほんと、あのとき、貴殿が話しかけてくれなかったらどうなっていたことか」


 受け取ったばかりの革袋をいそいそと腰のポーチにしまいながら、当時のことを思い出して盛大に顔を顰めるマリア。恐らく彼が話しかけてこなかったら、そのまま彼がギルドから出て行くのを馬鹿みたいに見送ってしまっていただろう。それくらいあのときは彼の放つ不思議な雰囲気に呑み込まれてしまっていたのだ。

 だが、彼の方からアクションを起こしてくれたことで、マリアは今こうして【ダイバー】を続けることができている。


 そう、あのとき、マリアは彼と専属契約を結ぶことに成功した。その契約内容は勿論『埃アメンボの鏡眼』を用意すること。

 月に一回、迷宮の中で落ち合い、彼が用意した『埃アメンボの鏡眼』を買い取る。勿論、このことは誰にも秘密。彼女のチームメンバーにも、ギルドにも秘密で行っている。

 正直、どうしてあのときそんな決断をしたのか。いや、することができたのか、彼女は今でもそのときの自分についてよくわかっていない。普通に考えて、会ったばかりの相手にこれだけ重要な秘密を明かして契約をお願いするなどとありえない話だ。だけど、何故だか、そのとき彼は信頼するに値する『人』物だと思えたのだ。それは【ダイバー】として長年生きてきた彼女の直感だった。


 そして、そのときから五年。


 あのときの自分の直感は正しかった。彼は、今も彼女との契約を誠実に守り続けてくれている。五年間一度も約束を違えることなく、毎月必ず決まった日に『埃アメンボの鏡眼』を持ってきてくれているのだ。

 思えば不思議な人物である。

 【ダイバー】達だけでなく、他のモンスターからもエサとして狙われ、見つけ出すのが困難な『埃アメンボ』を苦労して見つけ出し、少なくないとは言っても大金とも言えない報酬を受け取るためにわざわざ迷宮の危険な場所に足を運んでくるのである。この情報を他のライバルパーティに売れば、彼が五年間で彼女から受け取った報酬の総額をあっさりと越える金を手にすることができるだろう。なのに、彼はそれをしない。また、情報を売らなくても、それをネタにこちらを脅迫するという手もある。なのに、彼はそれをしない。他にもいろいろとやりようはあるはずだ。自分で言うのもなんだが、自分の地位はこの街でかなりの上位にあると思っている。普通ならそれを見越して少しでも値段を吊り上げるような交渉を吹っ掛けてきそうなものだ。だが、やはり彼はそれをしない。五年間、その報酬の額は一度も変わったことがない。彼はそのことを言い出さない。また、仮に彼女が言い出そうとしても、それを口にする前に姿を消してしまう。

 度が過ぎるほどのお人好しなのだろうか?

 いや、恐らくそうではない。掴みどころがない飄々とした性格の持ち主であるようだが、その静かな秋風のような雰囲気のなかに、彼女がよく知る勇将猛将に通じる厳しい何かが潜んでいるのを確かに感じる。

 勝手な推測であるが、彼は彼にしかわからない厳しい掟の中で生きているのではないだろうかと彼女は考えている。そして、彼女との契約に応じたのはたまたまそれが、その掟の範囲内に治まることだったのだろうと。

 そう考えた彼女は、以来ずっと最初に交わした契約の内容を変えることなく、自分自身もその契約を破ることなく今日まで続けてきた。そのことが良かったのか、今日までマリアは彼との関係を壊すことなく良好に続けることに成功していた。

 

 そして、今日も彼は迷宮の闇の中に消えて行く。

 マリアに自分がとってきた『埃アメンボ』と決まった報酬をいつも通りに交換すると、黙って彼女に背中を向けて去って行く。


「もう、行くのか?」


 ゴーグルを再び掛け直し彼女に背中を向けた彼は、ほんのわずか顎をひいて再びもどす。


「そうか、あの、いつも同じことしか言えなくて本当にすまないが、その、もし何か困ったことがあったらいつでも声を掛けてくれ。大したことはできないが、私にできることなら可能な限り力になる」


 闇に溶けて徐々に消えて行く彼の背中そう声を掛ける彼女。

 子供のような姿と裏腹に、強すぎる精神に守られた鉄壁の背中。

 それだけにそこから滲み出る孤独の影は濃くて深い。いったい、彼はどんな人生を歩んできたのだろうか。

 胸にこみ上げる様々な気持ちが溢れだし、なんでもいいから自分のこの気持ちを表す言葉を口にしようとする。だが、どうしてもその言葉が出てこない。そんな彼女の気持ちを知ってか知らず、彼は闇の中に完全に消える瞬間、もう一度片手を軽く振ってみせた。


 暗い迷宮の中、一人残された彼女は、しばし彼が消えた闇の向こうを名残惜しそうにじっと見つめていたが、やがて溜息を一つ吐き出してその場をあとにする。

 いつもいつもある一言を口に出せない不甲斐ない自分に落胆しながら、今日も彼女は仲間達のところへともどっていく。


 しかし、彼女は知らない。


 彼女が寸でのところで口に出すことを我慢しているその言葉こそが、彼との関係を御破算にしてしまう最悪のNGワードであることを。

 過去、マリアと同じように契約を結んだ者達が何人かいた。だが、ほとんどの者達が、その一言を口にしてしまったが故に、彼から一方的に契約破棄をされてしまっている。

 そして、現在、それを口にしなかった数人だけが、未だ彼との長期契約に成功し続けている。


 聡明な彼女のことだ、いつかそのことに気がつく日が来るであろう。だが、それを口にせずにいられるであろうか?

 そのNGワード、『仲間にならないか?』という言葉を口にしないでいられるであろうか?


 それは誰にもわからない。彼にも、そして、彼女自身にも。


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