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街のあらゆる道具屋や武器屋、防具屋を訪れて確認したが、どこの店にも一つとしてなかった売ってはいなかった『埃アメンボの鏡眼』。
探しても探しても見つからず、さりとて秘術の秘密を知られるわけにはいかない為、仲間にも狩りを頼めず、どうすることもできないままに引退を決意したのに。
ああ、それなのに。
その『埃アメンボの鏡眼』が、ギルド内のしょぼい売店の店先に無造作に置かれているではないか。
このときの彼女の驚きがどれほどのものであったか。
彼女はすぐに衝撃から我に返ると、店先に並べてあった『埃アメンボの鏡眼』を残らず全てかき集める。そして、のんびり店番をしているノーム族のおばちゃんのところに走っていって、投げつけるようにして金を払う。びっくり仰天しながらも、釣銭を出そうとするおばちゃんをそのままに、慌てて店から飛び出していく。
そんな彼女をぽかんとしたまま見送った店番のおばちゃん。いいのかねぇと思いながらも、思わぬ収入にほくほくしながら返さずにすんだ釣銭を自分の懐にしまおうとしたのであるが、なんと、その彼女がUターンしてもどってきた。
「な、なんだいっ? 釣銭返すっていったのに、出て行ったのはあんたじゃないか!?」
「違うっ、そうじゃない。まだ在庫があるんじゃないの? あるんなら、残らず出しなさい!」
「は? 在庫?」
「隠すと為にならないわよ。さぁ、出せ! すぐ出せ、残らず出せ、全部出せ、コンチクショー!!」
「ちょ、やめ、やめとくれ、首を絞めないでおくれ! ってか、あんたが持って行ったので全部だよ、もうないよ」
「ない? もうないの!? ほんとにないの?」
「ないよ、あるわけないだろ! 馴染みの客が、『あまった材料で作ったからおばちゃんにやるよ』ってくれたもんなんだよ。そんな品なのに、在庫なんてあるわけないじゃないか」
「『馴染みの客』? 今、そういったのかい?」
「あ、ああ」
おばちゃんの発したある重要な単語を聞き逃さなかった彼女は、更なる狂気を宿した瞳をおばちゃんのほうへと向ける。
「誰? その『馴染みの客』ってのは誰なのさ?」
「ひ、ひぃぃっ。あ、あんた怖いよ、いったいなんなのさ、さっきから!?」
「い・い・か・らっ!! さっさと吐けっ。知ってること全部吐け。この『埃アメンボの鏡眼』を持ってきた奴のこと全部、まるっと、えぶりすぃんぐ、吐くのよっ!!」
「ひぃぃぃぃっ」
その後、彼女の物凄い剣幕に恐れをなした売店のおばちゃんはあっさりと情報をゲロする。
このアイテムを店に持ち込んだのは、東方小人族の青年で、名前をゲンゴロー・ゲンドー。
通称『ゲン』。
誰とも組まない、どこのチームにも入らない一匹狼の【ダイバー】。もっぱら浅い階層から中階層にかけてを縄張りにしているというが、実力は間違いなく上位ランク五十位に入る相当な強者。常時一人で行動しているためか、実際に戦っている姿を目撃した者は少ない。その為、本当に強いかどうかはさだかではない。しかし、その少数の目撃者の証言によると、『闇』と『影』とを利用した見たこともないような不思議な戦闘術を操るという。また、これもさだかではないが、凄まじいまでの隠密能力も持ち合わせているともいう。他にもいろいろと信じられないような突拍子もない噂話があるが、そういった噂話のせいなのか、いつしか【ダイバー】達は彼のことを『ニンジャ』と呼ぶようになっていた。
『ニンジャ』
かつて、東方に存在した島国『八幡朝廷』に存在したという伝説の超人戦士。時の権力者達に仕え、闇から闇を渡り歩く諜報活動のプロ集団。現在知れ渡っている『術』とは一線を画する彼ら独時の『忍術』と呼ばれる『術』を使い、闇社会にその名を轟かせていたという。
勿論、それは今の話ではない。
はるか五百年以上も昔のことだ。
まあ、それくらい彼の実力を恐れてのことであろうが、彼女としてはそこまで彼がバケモノだとは信じていない。
ただ、ちらっとだけではあるが、【ダイバーギルド】は彼の実力に対して、かなり信頼を置いているという話を聞いたことがあるし、また、彼女達が所属している【アンサー】の幹部の一人が、何度か勧誘をかけてみたという話も聞いたことがある。
伝説の『ニンジャ』並みの超人的能力は眉唾であったとしても、普通の【ダイバー】とは比べ物にならないほど優秀であることはまず間違いない。
その彼が、彼女が最も必要としている『埃アメンボの鏡眼』をギルドに流した。
偶然だろうか?
彼にとっては勿論、偶然で、恐らくほんとうに気紛れに持ってきただけだったのだろう。
しかし、彼女にとってのこれは偶然ではない。
苦境に陥る彼女に対し、天が与えてくれた最後のチャンスに違いない。
彼女は、持てる力の全てを使って彼を捜し出すことを決意した。