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 さて『水溜り万華鏡』とはいかなる術なのか?

 それは迷宮監視システムとでもいうべき術。

 彼ら【アンサー】が狩り場としているのは迷宮の深い深いところにある階層。そのエリアの中でも特に重要な地点のいくつかに、術で作り出した監視用の『水溜り』を作成して設置する。そして、そこに映し出される光景を『水溜り』の中に設置した特殊な記憶用水晶に記録しつつ、遠く離れた地上から監視し続けるというのがこの術の正体だ。

 これによって、彼らは迷宮内をうろつく高額モンスターの現在の生息状態を逐一把握。迷宮に侵入してから素早く彼らを探し出して討伐することを可能としている。

 だが、勿論、迷宮全てのエリアにこの『水溜り』を設置できるわけではない。これだけ高度な術であるから、術師にかかる負担は半端なものではなく、同時に仕掛けられるのは十個以内。監視できるのは同時に三つが限界。記憶用水晶内におさめられた膨大な記録を確認するともなれば一度に一個ずつしかできない。

 目的となるモンスターの姿をすぐに確認できれば、後はその記録された時間と映し出された光景の様子から、現在どのあたりにいるか予測するのはそう難しいものではない。しかし、そこに辿りつくまでが非常に大変な作業なのである。標的となるモンスターの映像がみつからないときなど半日を費やしてしまうことだってあり、延々と何も映ってない廊下だけの映像を見続けなくてはいけないこともザラだ。

 だが、それでも、迷宮に潜ってから総出で探しまわってみつからないというよりははるかにマシ。この術のおかげで、彼ら【アンサー】は無意味な出撃をほぼしないで済んでいるわけである。

 こうして、マリアはチーム内で絶大な信頼を団員達から向けられているわけである。

 チーム内だけではない。この術のおかげで、他のチームからも一目も二目も置かれ、引き抜きの誘いは日常茶飯事。【ダイバーギルド】の本部や中央庁からは、重要事件解決のための協力依頼が名指しでかけられるほどで、実際、この術を使って難事件を解決したこともたびたび。そんな彼女であるから、個人的にパトロンとなっている中央庁のお偉いさんや、大企業の幹部もいて、彼女の名声は非常に高いモノがある。

 はっきり言って彼女の立場はこの街の頂点付近にあるといっても過言ではない。


 なのにそんな凄腕の参謀殿が、こんな危険な迷宮のど真ん中でいったいどこの誰に頭を下げているというのだろうか?


 本気になれば中央庁の役員に土下座させることも不可能ではない彼女が、何故に必死で頭を下げているのか?


 一見しただけでは、彼女の目の前には暗い闇しかないように見える。

 だが、そうではない。

 目を凝らすと、うっすらと小さな人影を認識することができる。

 身長百七十ゼンチメトルを越え、女性にしては長身のマリアであるが、それにしても目の前の相手は小さい。

 百二十ゼンチメトル前後といったところだろうか。ともすれば闇と見間違えてしまいそうな、漆黒の衣装に身を固め、背中にはこれまた黒いバックパック。そして、やはり黒塗りの鞘におさめられた緩い湾曲のある剣。

 上から下まで見事に闇色のこの人物。

 勿論、マリアのすぐ目の前に立ち、彼女の謝罪を受けている人物はいうまでもなく彼である。


「毎回毎回、本当に申し訳ない。だが、他に頼めるものがいないのだ」


 彼の目の前でしょんぼりと項垂れるマリア。その巨体に近づいた彼は、慰めるようにぽんぽんと片手で彼女の肩を叩き、もう片方の手をひらひらと振って見せる。

 『謝る必要はない、気にするな』と彼が言っていることに気がついた彼女は、もう一度だけ謝罪の言葉を口にし、そして、最後に『ありがとう』と付け加えた。

 その言葉に、彼はゴーグルを外してにっこりとほほ笑みを浮かべて見せた彼は、懐から小さな革袋を取り出してそれを彼女に手渡した。


 彼女は、革袋の蓋を開いて中を確認。難しい表情で中を覗いていた彼女だったが、すぐにほっとした表情を浮かべる。


「ああ、確かに間違いなく『埃アメンボの鏡眼』だ。これでしばらくやっていける」


 『埃アメンボの鏡眼』

 それは『水』属性の秘術『水溜り万華鏡』を行使する際に絶対に必要になる触媒。その名の一部となっている『埃アメンボ』と呼ばれる昆虫型モンスターの大きな複眼とガラスの破片を『水』属性の合成工術で掛け合わせて作り出したもの。実はこの触媒、ほとんど市場で手に入らないかなり希少な商品である。

 市場になかなか出回らないその原因は材料の一つとなっている『埃アメンボ』にある。このモンスター、初心者【ダイバー】でも簡単に倒せるくらい弱い。めちゃくちゃ弱い。ともかく弱いのであるが、そのせいなのか、他の多くのモンスターからエサとして認識されてしまっている。なので、【ダイバー】達が見つけるよりも早く、他のモンスター達に捕食されてしまって滅多に出会うことができないのである。

 結構繁殖力は強いことがせめてもの救いではあるが、それでもともかくみつけにくい。また、稀に見つけてもほとんどの【ダイバー】達は狩ることなくスルーしてしまう。何故といって、倒したところでほとんど金にならないからだ。確かに、『水』属性の秘術『水溜り万華鏡』の触媒作りにこの眼は絶対必要だ。だが、そのことを知っているのは彼女を含めてごくわずかな者のみ。当たり前だ、秘術中の秘術である。術式は勿論、印の結び方も、そして、必要な触媒のことも秘中の秘。そして、不幸なことに、この眼、他に使い道がない。他の部位にしてもそうだ。戦って倒しても全然金にならない、多くの者達にとってこのモンスターに価値はないのである。

 こうなってくるともう、彼女自身が狩るしか方法はないのだが、チームの重職にある彼女にそんな時間があるわけがない。所属しているダイバーギルドへの定例報告、他チームとの交流や交渉、チームの運営に関する様々な雑事、

仕事は山のようにあるのだ。一人だけ迷宮に潜って、居場所のわからぬ獲物を求めて彷徨うなんて時間があるわけない。

 なによりも大問題なのは、彼女自身が狩人として適性が全くないということだ。既にその姿を確認している相手に対し、チームを率いて戦うことは得意な彼女であるが、消息の全く知れぬ相手を探し出してそれを狩るということに関しては全くの素人。最初の頃はよかった。故郷から大量に触媒を持ってきていたので、それでなんとかなっていた。

 しかし、それもあっという間に在庫がつきてしまった。予想以上にチームが急成長してしまい、モンスターを狩るスピードが格段にあがってしまったからだ。その分、術を行使する回数も増える。術を行使する為には触媒がいるわけだから、触媒が減るスピードも比例して加速する。しかし、触媒が増やすあては全くない。減るだけ。ただただ減って行くだけ。

 焦った彼女は、忙しい合間を縫って自分一人で『埃アメンボ』を見つけだそうとしてみた。だが、仕事と仕事の合間にあるわずかな時間だけで見つけられることなどできるわけがない。

 そして、とうとう、触媒は完全になくなるときがきた。そうなるともう秘術を行使することができない。秘術あっての彼女である。秘術がなくなれば、彼女はただの不細工なデブでしかない。いや、勿論、そんなことはないのであるが、過去に同族から受けたひどいいじめがトラウマになって、すっかりそう思いこんでしまっていた。

 信頼する仲間達から、ひどい言葉を投げかけられたくない。その一心でチームメイト達の元から逃げ出した彼女。秘術が使えない今となってはもう、仲間達のところにはいられない。そう思った彼女は【ダイバー】を引退し、この街から出て行こうとした。

 だが、天は彼女を見捨てはしなかった。

 ギルドで発行されたライセンスを返そうとギルドに向かった彼女は、ふらりと立ち寄ったギルドの売店で信じられないものを見つける。

 『埃アメンボの鏡眼』だった。


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