目にも止まらぬ早業で投げつけられたのは棒状になった黒い鉄の塊。
それは東方で手裏剣と呼ばれる武器。
凄まじい勢いで空を走るそれは、あっというまに標的に到達。美しくも不気味な蒼い花を咲かせた後、どうっという音を響かせてそれは倒れて動かなくなった。
静寂が周囲を支配する。
だが、手裏剣を投げつけた彼は決して気を緩めようとはしない。ゆっくりと背部に手を回すと、腰から緩く湾曲した片刃の剣を抜いて利き手に構える。
もう片方の手には菱形になった黒い短剣。柄の尻の所に大きな輪っかがあることが特徴のこの短剣は、飛び道具として使用することもできるクナイと呼ばれる武器。
そのクナイを前に突き出すように構えながら、彼はゆっくりと目の前に倒れている獲物へと近づいていく。
一歩、また一歩と近づいていくにつれ、薄暗い闇の中でも自分が倒した相手の姿がはっきりと視認できるようになってくる。
太古の時代にドワーフ族が作ったといわれる石造りの廊下のど真ん中。それは緑色の血溜まりを作って倒れていた。
一見すればイモリのような姿。
だが、普通のイモリとは大きさが違う。全く違う。
頭から尻尾の先まで、どうみても一般的な人型種族の成人男性よりも大きい。
彼が立っているこの廊下そのものの横幅がかなり広いせいで、イモリモドキの大きさが遠目からではわかり辛いが、近づいて見ればその大きさがよくわかる。
舌を出し、目をカッと見開いた状態で横たわるイモリモドキ。横倒しになった胸の部分には先程彼が投げた手裏剣が、深々と突き刺さっているのが見える。
明らかに心臓を一突きの即死状態。
しかし、それでも彼は警戒を怠らない。
ゆっくり。
ゆっくりとイモリモドキに近づいていく。
イモリモドキは全く動く気配を見せない。普通の冒険者ならとっくに警戒を解いている。ここまで接近しているというのに反応がないのだ。熟練の冒険者や傭兵でも死んでいる判断するだろう。
だが、彼はやはり警戒を怠らない。
あと五歩。
イモリモドキは動かない。
後三歩。
それでもイモリモドキは動かない。
そして、残りあと二歩と近づいた
そのとき、突如、廊下に横倒しになっていた巨体が動く。
緑の血だまりから跳び上がるようにして上半身を持ち上げたそれは、そのままその大きな顎を開く。
そこにはノコギリのような鋭く凶悪な牙がズラリ見える。彼の小さな体を一呑みにして噛み砕くべく、凄まじいスピードで迫る必殺のイモリモドキの必殺の一撃。
だが、それよりも速く空気を切り裂く音が二度廊下に響きわたる。
次の瞬間、イモリモドキの頭が胴体と泣き別れて宙を飛ぶ。数旬遅れて、今度はイモリモドキの上顎が、下顎と別れを告げた。
『どうっ』という音と共に地面に再び横倒しになるトカゲモドキ。
そして、今度こそイモリモドキは動かなくなった。
緑色のイモリモドキの体液がべったりとついた片刃の剣とクナイをびゅっと宙で振って大雑把に振り落としたあと、彼は懐から取り出した布で剣の刃についた体液を拭い、腰の鞘へと戻した。
しかし、クナイは戻さない。
動かなくなったイモリモドキの体に近づいた彼は、左手に持ったままのクナイをそのままイモリモドキの体に突き刺して解体作業に移す。
今日、すでに四度目となる解体作業。
肉や鱗、あるいは骨など、持って帰ることができれば相当な金額で売れるものばかりだが、残念ながら彼にはそれほど荷物に空きがない。
最も必要な部位だけを切り取って、あとは置いていく。
欲張ってはいけない。
パーティを組まず、たった一人で地下迷宮を探索する者にとって、それは絶対の鉄則だ。
こうして彼は今日という一日を生き残ったのだった。