007.アクチェ・ヴァルカとトラブル
現代の楽園と謳われるティル・ナ・ノーグにも、かつて〝戦争〟をした過去がある。
マクシミリアンとハーデティティが街を守り抜いた戦い。
戦争相手は、協定を結んでいたはずのとある隣国。もともと炭鉱都市エッカルトに次ぐ豊富な資源で利益を得ていた国だったのだが、現在ではその資源そのものが枯渇しつつあることと、工業化が遅れていたことから国は衰退の一途をたどっており、現在では民主化による工業力の成長を促そうと考えていた。
だがそれをされると不満を抱く人種がいた。――資源を独占していた貴族たちだ。
残り少ない資源から得られる権力にしがみつく彼らが考えたのは貿易の強化。しかしその方法は恐ろしく陳腐で粗末な手法だった。
――貿易大国であるティル・ナ・ノーグを手に入れようと考えたのだ。
飢え死にするくらいなら奪えばいい。まるで盗賊のような発想だ。年を重ねると魂も錆びる。
貴族たちのお抱えである魔導兵団を引き連れ、協定を結んでおきながら槍を突きつけてきた。否、協定そのものが、ティル・ナ・ノーグに近づくための算段だったのだろう。彼らの反逆は、ティル・ナ・ノーグという間延びしきったユートピアに、ちょっとした刺激をもたらした。
しかし彼らの野望は、名うての海洋ハンターであるマクシミリアンと、偉大なる魔法使いことハーデティティ。そして天馬騎士団とティル・ナ・ノーグの人々の祈りによって阻まれた。
これが昔話なら、〝めでたしめでたし〟とでも締めくくって話を美化させるところだろう。
しかしこれは現実で、そういうものは決して〝めでたし〟では終わらない。
街に攻めこむことを命令した貴族たちは一人残らず処刑され、魔導兵団は解体されて職を失い、その何人かは傭兵として、あるいはならず者へと身を堕とすことになる。
たとえば、人身売買を行う組織の人間とか。
今まさに、アクチェ・ヴァルカと話している男たちがその人種。
社会に見捨てられた人間だ。
人の悪意は終わらない。
るるり、るらり。
闇が揺れている。
天井に吊るしたランプが揺れるたび、取引相手である男の顔でグロデスクな陰影がうごめいていた。
どう見ても悪人にしか見えない風体の男だが、元々は彼もれっきとした騎士だったのだろう。ひょっとしたら〝あの戦争〟の時、城にいたマクシミリアンの姿を見たことがあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、アクチェ・ヴァルカは楽しそうに薄く微笑んだ。表面的には、筋肉を意図的に動かして口端を釣り上げただけの、演技的な笑みでしかなかったが。
「さて――」
話を始める。
「あの子たちをどうするつもりなんですか?」
あの子たち。
コンテナで寿司詰め状態にされている数多の子供。身寄りのないエルフを保護するために作られた都市エガリティアからさらってきた――男たちにとって非常に都合のいい――いなくなっても誰も困らない子供たち。
「俺は運ぶだけだ。どうなるかなんて知らねえ」
心底そう思ってると言わんばかりの声で男は答える。彼にとってのエルフの人数は、金貨の枚数とさして変わらない。人生金がすべて。
にべもない返事だったが、それでも構わずアクチェは続ける。
「最近、狼男がティル・ナ・ノーグで暴れた事件がありましたね。最初に目撃し遭遇し接近し交戦し迎撃したのは――天馬騎士団第八師団所属のアイリス・リベルテでしたっけ? それから民間人の――アール・エドレッド。受けた損害は羊皮紙十数枚にインク一個の破損」
悲しい話だ、とアクチェは首を振った。
「…………」
このヴィーヴルの言葉に、男は目を丸くしていた。
詳しすぎるのだ。
あの事件は天馬騎士団による情報封鎖が敷かれていたはずだ。地獄の魔王すら斬り伏せる極悪非道の悪魔ことペルセフォネ・ガーランドの卓越した軍事手腕によって。にもかかわらず、目の前の少年はさも見てきたかのようにつらつらと誰も知らないはずの情報を言ってのけている。
男の表情に気づいたのか、アクチェが楽しそうに笑う。その笑い方はペルセフォネ・ガーランドの笑みによく似ている。策士の笑みだ。
「ヨハンの情報ネットワークを甘く見ないでいただきたい。彼なら聖人の性癖だって掴み取る。それに、天馬騎士団にも多いんですよ」
金に困った人種がね、とアクチェは言った。
「情報を持っている人間の価値を嗅ぎ分けるのが得意なんです。僕たちは情報に金を払う」
他にも、失踪したはずのジークヴァルトがとある廃屋でヤーヤという名の猫娘と接触した情報もあるが、これはあえてアクチェは口にしないでおいた。彼らの寝物語に興味はない。
だから少し物騒な話を持ちこむことにした。
「それから狼男とは別で、いくつかの居住エリアや商業エリアから被害報告を受けているんです。人とは思えない力で小麦袋が引き裂かれていたり、どこかの犬が食い殺されていたり、壁が殴られた衝撃でひび割れているとか、」
「何が言いたい?」
回りくどいアクチェの物言いを遮って、男が問うた。
アクチェは笑みを浮かべて答える。
「現地に散乱していたのは、寄生樹の一部だ」
寄生樹。
キルシュブリューテに生息する特殊な植物であり、その名の通り自分以外の何かに寄生することで養分を得る。現在ではアイリス・リベルテの双子の妹であるクラリス・リベルテとの接触が確認されているところだ。
葉もなければ花もない。光合成をせずに人体に根をはり養分を得ているだけなのか、いつしか彼女を侵食して殺してしまうのか……それすらもまだ分かっていない。
例外的な種族で、寄生樹に体を侵されながら世代交代を重ねて適応しきったサキュバス――ちなみにこれは〝女〟を意味する呼称であり、本来の種族名はエンテレケイアと呼ばれている――が存在する。絶対死の運命を振り払い、後天的に誕生した新人類。
コウモリの翼にも似た巨大な双葉を背中から生やして太陽に広げ、、脳みその隙間という隙間に寄生樹の根が絡むのを許し、髪の隙間からそれはそれは美しい大輪の花を覗かせているという、人間と植物の混血児。
だがこの摩訶不思議な存在ことサキュバスは、本来なら死ぬはずの種族だったのだ。当然だろう。まったく異なる細胞を肉体に同居させている――言ってみるならガンを植え付けられたようなものなのだから。
ゆえにサキュバスは願う。
〝死にたくない〟と。
思春期特有のホルモン代謝と細胞組織の度重なるリニューアルによって寄生樹に適応し、幾度もの世代交代を重ね――ついに彼女らは人間を変えた。限りなくゼロに近い生存確率を、彼女らはモノにしてみせたのだ。
奇跡の隙間に腕を無理やりねじ込み、勝利をもぎ取る。それがサキュバスなのである。
これが示した事実は一つ。
寄生樹は、人に植え付けることができる。
進化する力がある。
アクチェではなく、ヨハンが口を開く。本人に自覚があるのかないのか、女性の心を蕩かすような甘い声で彼は囁く。
「あなたたちは、前にも我々東レムリア貿易会社と取引をしていますね? 大量の建築資材と肥料です。お忘れになりましたか?」
「………………」
男は答えない。構わずヨハンは続ける。
「資材ならまだ分かりますが、肥料とはどういうことでしょうか? ガーデニングにでも目覚めましたか? 送り先は確か――」
街の名を彼は舌の上で転がし、そっと口にした。
「エッカルト」
「!?」
男の眉が、かすかにピクンと持ち上がる。
瞬きすればあっさり見逃してしまいそうなその反応を、アクチェとヨハンは目ざとく視線でつかんだ。
エッカルト。
世界最高の炭鉱都市にして、二十年前の怪物襲撃によって眠らされた街。
そして、天馬騎士団騎士団長ことジークヴァルト・アンスヘルムの故郷でもある街。
そこに送られた肥料。寄生樹の疑惑。そしてさらわれたエルフの子供たち。
寄生樹は、人に植え付けることができる。
あるいは、エルフとか……。
「もう一度問います。あの子たちをどうするつもりなんですか?」
重みを含んだ声でアクチェが問う。幼さを残している声色が、かすかにトーンを落としている。
「そしてあの肥料は? エッカルトで寄生樹でも育てるおつもりで?」
魔導兵団の残党を、アクチェは細めた双眸で睨みつけた。
「知るかと言ったぞ!」
息を荒くして男は叫ぶ。いったい何なんだこのガキどもは。焦点を合わせられない男の目がそう言っていた。
静寂の中で険悪な空気がみるみる膨らんでいく。
その静寂を破ってくれたのは、とある足音だった。
コンテナから出てくる、深緑のマントをかぶったハーフエルフ。
よく戻ってきたね、とアクチェはねぎらいながら相手にメモを手渡す。何を言いたいのか把握したらしく、ハーフエルフはこくりと頷いてそのまま部屋を出ていった。
「あいつ、何しに行ったんだ?」
「トイレ休憩ですよ」
アクチェは答え、足を組み直した。すでに声は落ち着いている。
「さて、よろしかったらそちらの〝商品〟――」
コンテナを指差しながら、アクチェは言った。
「僕達が取引をしてもよろしいですか?」
男は返事をしない。
返事は、いきなり向けられたボウガンの発射口だった。
アクチェのすぐ鼻先に、先ほど取引していた武器、スミルノフの矢が突きつけられている。
「答えはノーだ」
今度は言葉にして男が返事をした。見てみれば、まわりの連中も同じようにボウガンを構えているではないか。狙いは言うまでもなくアクチェたち。
堅気の人間なら足がすくみ上がるようなシチュエーションだが、アクチェの顔は平然としたものだった。怯えてすらいない。
年こそ若いが、彼はすでに立派な裏社会の住人だった。
「……理由を聞いても?」
緊張感の乏しい声でアクチェが問う。
「お前ら、東レムリア貿易会社の人間じゃないだろ?」
調べはもうついてるんだよ、と男は歯を剥いた。
「あんたはすでにあそこの人間じゃない、そうじゃないのか?」
つまり、アクチェが後任者だと言って取引を持ちかけたのは大ウソということになる。
銃を向けられ、嫌疑を持ちかけられて、アクチェはどう答えるのか。
「…………」
念のため言っておくが、彼は決して嘘つきなわけではない。
「……バレたか」
だが善人でもない。
彼は本性を晒すかのように態度を崩し、言い訳するでもなく色男の方を向いてこう言った。
「いや、参ったね」
「まぁ時間の問題でしたよ」
だろうね、とアクチェは困ったようにため息をついた。ヨハンは肩をすくめているし、ソーニャにいたってはかすかに首を横に振るだけである。
なんというか、緊迫感がない。
そして誰に言うでもなく、アクチェはこうつぶやいた。
「マズい展開だ」
やはり緊迫感がなく、それでいて弾んだ声だった。
とても、楽しそうな。
Special Thanks
マクシミリアン・ライムント(Maximilian Raimund)
考案――タチバナナツメさん
ビジュアルデザイナー――こいしるつこさん
※再び登場させていただきました♪
ハーデティティ・クー(Hardytitty Coo)
考案・デザイン――こいしるつこさん
※ぜひ今度はセリフ付きでっ!
アイリス・リベルテ (Iris Liberte)
考案・デザイン――緋花李さん
※所属は第八師団第三小隊の設定です。いつかアール君との恋バナ書きたいなぁ。
クラリス・リベルテ (Clarice Liberte)
考案・デザイン――緋花李さん
※天然毒舌の書き方学ばなきゃ(ガンバル)
ペルセフォネ・ガーランド(Persephone Garland)
考案・デザイン――もふもふあざらしさん
※愛してます!(`・ω・´)キリッ
ヤーヤ(yahya)
考案・デザイン――猫乃鈴さん
※一応ヤーヤを入れるシナリオも考えてる最中。でも『ですわ口調』難しい;;
ジークヴァルト・アンスヘルム(Siegward Anshelm)
考案・デザイン――タチバナナツメさん
※結構物語の根幹にいるキャラなのに、なかなか出せないよどうしよう;;
アール・エドレッド(Earl Edred)
考案・デザイン――タチバナナツメさん
※ごめんよアールくん。主人公なのになかなか出してあげられなくて。
けど安心して。君にはじつは新しい剣をあげるイベントが――おおっとネバタバレネタバr(自主規制入りました)
タチバナナツメさんの小説と、一部展開がリンクしているところがあります。
小説はこちら『光を綴る少年、命を唄う少女』
http://ncode.syosetu.com/n2494bb/
ハーデティティとマクシミリアンの勇姿を見たい方はコチラ↓↓(40P漫画)
http://koishi625.web.fc2.com/comic/other/titi.html
著:こいしるつこさん
飛雪が! 飛雪が出てる♪ヾ(*´∀`*)ノ
意外と結構名前出てる!
改めまして、皆様方のお子様を貸していただき、本当にありがとうございます。
出来ましたら、お名前だけではなくセリフ付きで出せるように精進したいと思います。
それでは。