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003.アール・エドレッドは憂鬱

 ことのきっかけは――6日前にさかのぼる。

「エッカルトに行くだぁ?」

 アール・エドレッドはおうむ返しに叫ぶ。

 

 場所は海竜亭かいりゅうてい

 名うての海洋ハンターであった男が営む大衆向けの酒場である。

 昼前に店を開け、日の出とともに店を閉めるという、酒飲みにとってありがたい営業時間を誇っている。美味い料理と酒をそれなりの価格で出してくれる、ごく一般的な庶民の店だ。

 もっとも、一般的なのは価格だけであり、入ってくる客ははっきりと毛色が異なっている。

 海竜亭は大衆食堂であると同時に冒険者ギルド――つまり冒険者に仕事を提供する場所もかねている。モンスターを狩ることを生業なりわいとした、紳士とはいえない種族の男達に。

 さらに言うなら、この店は海沿いに店を構えており、荒っぽい海の男どものいこいの場でもある。

 仕事に飢えた連中と、アルコールで脳が煮えた飲んだくれが絡み合うのは自明の理で、店に怒鳴り声がやむことは無い。時には銃声が響き渡ることさえある。そんな男達が落とす金で、この店は栄えているのだ。

 美味い料理と強い酒と男の汗と硝煙と……。とにかくそういうものが入り混じった摩訶不思議な匂いが立ち込めている。

 ここはそういう場所だった。

 

 そんな男の聖地でヤることといえば、やはりキナくさいハナシだろう。

 アールはクアルンのパイ包み――海竜亭の名物メニューのひとつ――にフォークを突き立てながら口を開いた。

「あそこは大陸一危険なモンスターの博覧会みたいなところだぞ? どんな依頼だ? まさかあそこを動物園にするつもりじゃねえだろうな?」

 皮肉げにつぶやくアールに、相手は肩をすくめる。

「いや、貴重なマジックアイテムを拾う依頼なんだ」

「そうか、博物館にするのか」

 興味なさげに、アールはパイ包みを口に放り込んだ。美味い。

「真面目に聞けって」

 相手――ユリシーズ・アルジャーノンが軽く諭す。

「真面目なんだけどな。一応」

「なんだよ。まさかエッカルトに行くのが怖いのか?」

 若干の挑発をこめてユリシーズが聞いてきた。

「まぁ多少はな」わりかし正直にアールは答える。「つーか入るのクソ難しいんだよ。あそこ」

 難しい、という言葉にユリシーズは興味を惹かれた顔になる。

 アールは水で口の中を潤わせ、息を吸う。話すのは喉と脳を使うのだ。

「エッカルトは生きた地獄だ。複雑に張り巡らされた坑道はほとんど迷路で、入れば出られる確率は低い。炭鉱の構造は堆積岩だから脆くて落盤が起こるのはしょっちゅう――天然のダンジョンだと言ってもいい。しかも廃坑には魔獣がはびこっていて、モタモタしてればあっという間に連中の餌になっちまう。今食ってるクアルンみたいにトロくさいのは特にな。その魔獣もべらぼうにつええ。ドラゴンなんか目じゃねえってくらいにすごい。あそこに入るのはよっぽどの馬鹿か、自殺志願者だ。それに――」

 ここで少し言いよどんで、アールは小さくつぶやく。

「金がかかるんだよなぁ……」

 エッカルトは、この海竜亭がある街からはるか北にある。用意しなければならないのは馬車と食料と着替え。それに検問所での許可申請――旅行には金と手間がかかるのだ。

「…………」

 ユリシーズはきょとんとした顔になり、唇を尖らせて口笛を吹くふりをしてみせた。

「……詳しいんだな」

「前に行ったことがあるんだよ。仕事で、しかも一人で」

「で、どうだった?」


 神妙な面持ちで、アールはユリシーズに顔を近づける。

 そして言った。

「死ぬかと思った」

「だろうな」

 

 困ったように、お互いは背もたれに身を任せる。アールは19で、ユリシーズは25だ。ある意味兄弟に見えなくもない。

 樫の木で作られた天井が視界を埋め尽くす。どこか遠くで聞こえてくる男達の喧騒。たぶん冒険者ギルドの仕事を賭け合う大喧嘩が始まっているのだろう。見てみれば、中年の大男ことマクシミリアン――海竜亭の店主が自慢の豪腕を振るって男達を鎮圧していた。なぜか女物の格好――確かリーシェという少女が着ていたオレンジの衣装を身につけている気がするのだが、とりあえず記憶から抹消しておくことにする。たぶんアレは夢だ、うん、きっとそう。

 

「経験者なら好都合だ。アール、お前なら道筋はある程度覚えてるんだろ?」

「俺を地図に使おうってんならお門違いだぜ? 逃げるので精一杯だったんだからな」

 料理を口に運びながら、アールは考え込むふりをしてみせる。

 話はある程度見えてきた。

 どうやらユリシーズは『エッカルトにある何らかのマジックアイテムを回収してくる』という依頼を受けているらしい。

 依頼してきたのは――おそらく冒険者ギルドだろう。海竜亭はもともと冒険者の仕事斡旋所しごとあっせんじょだ。

 そしてユリシーズの獲物は弓矢である。遠距離狙撃戦に特化した武器は、狭く暗いエッカルトの廃坑ではその能力を十二分には発揮できない。必要なのはたとえば――剣による近接戦闘。

 剣を持っていて、エッカルトに入った経験もある。そういう意味でアールは『格好の』手駒だと言えるだろう。だが、『理想の』ではない。

 自分で言うのもなんだが、圧倒的に経験が足りないのだ。そして何よりエッカルトの難易度はおそろしく高い。

 少なくとも、『最高の地図』と『金』と『強いボディーガード』がなければ攻略はまず不可能。さっきユリシーズに言ってみせたように難しいのだ。

 

 だが、

 だがしかし、

 こうは思ったことはないか?

 

 難しいものほど、燃えるのだと。

 

 

「エッカルトに行くには、地図と金とボディーガードがいるよな?」

 同じ考えに行き着いていたらしく、ユリシーズが酒のグラスを弄びながらつぶやいた。

 いるといいけどな、とアールはつぶやく。

 だから、ユリシーズは答えた。

「用意してるって言ったら?」

 

 それは魔法の呪文。

 アールの好奇心をくすぐる、最高の言葉だった。

Special Thanks

 

ジークヴァルト・アンスヘルム(Siegward Anshelm)

アール・エドレッド(Earl Edred)

ユリシーズ・アルジャーノン(Ulysses Algernon)

考案・デザイン――タチバナナツメさん

 

海竜亭メニュー――クアルンのパイ包み

谷町クダリさんandティルナノーグ食道楽委員会のみなさん

 

マクシミリアン・ライムント(Maximilian Raimund)

考案――タチバナナツメさん

ビジュアルデザイナー――こいしるつこさん

 

コスプレネタ――衣装チェンジ企画カオス版『魔女っ子マクシミリアン』より

参照先→http://tirnanog.okoshi-yasu.net/illustrations/e12_rutsuko/

 

 皆々様のお子様を貸していただきまして、この場を借りてお礼申し上げます。

 本当にありがとうございました。

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