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002.アール・エドレッドと運命

 ジークヴァルトが絶叫してから四十五時間と十九分。

 炭鉱都市エッカルトは誰も住めない荒地へと成り果てていた。

 もともと岩しかない環境に、ヒトが無理やり居場所をねじ込んでいたような街だ。少しつついてやるだけでそのバランスはあっけなく崩壊する。

 たとえば、採掘に使っているダイナマイトが誤爆するとか、炭鉱の地盤が緩んで誰も彼もを押し潰してしまうとか、はたまた異常気象によって少ない作物が全滅してしまうとか。

 

 あるいは――魔獣がいきなり現れるとか。

 

 一匹や二匹じゃあない。確認されただけでも三千七百六十五匹。

 無論、ヒトがあとで数えた数だから誤りもあるし、実際にはもっといたはずだ。つまりは――数え切れないほどの狂気の波がエッカルトを襲ったことになる。そして実際そうなった。

 ヒトは逃げた。ヒトは戦った。ヒトは壊れた。ヒトは嘆いた。

 そのすべてが飲み込まれた。

 肉はとろけ、血は苦く、骨は硬く、ずいは甘かった。その場にいた化け物すべてが、『人間の味』を覚えている。

 異なる生態系ニッチで生まれた未知の怪物。いつどうして生まれたのかは誰にも分からない。造物主たる妖精ニーヴすら知らないのかもしれない。

 

 分かっているのはたった二つ。

 この日、エッカルトは人類ホモサピエンスの住む領域ではなくなったこと。

 そしてもうひとつ。

 生存者は7歳そこらの少年、ジークヴァルト・アンスヘルムと『もう一人の少女』だけだったことだ。

 

 

 20年後の未来。

 物語はここから始まる――

 

 

 


 

 その道は、冷たかった。 

 ポケットに手を入れながら少年は歩く。

 疲れたように折れ曲がった木々。枯れ枝は妬ましそうに空を覆い隠している。

 土は固く、空は重く、陽の光は冷たかった。

 まるで冬を閉じ込めたような街。本当にこんなところを馬車が走っていたのだろうか? 石炭やダイヤ――時には希少価値の高いミスリル――をふんだんに詰め込んだ馬車が。

 しかし今、ここを通っているのは少年一人。肌を指すような風が少年の赤い髪にぶつかってくる。

 ふと目に横に向ければ、木々の間にドラゴンの死骸が転がっていた。腐り尽くすいとまも無く、根こそぎ食い荒らされて白骨化している亡骸が。

 家一件分はありそうな大きさのドラゴンすら、『この街』では単なる晩飯に成り下がる。

 哀れなものだと、少年はほんの数秒だけ黙祷もくとうした。

 念のため言っておくが、少年の職業は修道士などではない。

 左の二の腕には、ドラゴンをしたタトゥー。鎖帷子くさりかたびらやプレートなどでそれなりに身を固めてはいるのだが、どこかおざなりな印象を受ける。ぱっと見の印象は――冒険者。

 腰に提げているのはショートソードだが、それよりも肩にかけている鞄を大事そうにしているのはどういうことなのか。 

 それに彼は普通の冒険者とは、少し異なる雰囲気を抱く。

 

 若すぎるのだ。

 まだ未成年だというのに、体中から自信をみなぎらせて歩を進めている。

 この世のスリルを味わい尽くしたくてたまらない――若者特有の刺激に飢えた精気をたぎらせている。


「…………」 

 少年はふと、古ぼけた看板に目をやった。


 

 ――ここから先は危険。命の保障はありません。EMWA(エッカルト労働組合)

 

 

 警告とも、あるいは挑発とも取れる文字。看板の塗料はところどころがげていて、赤いさび血糊ちのりのようにこびりついている。

 何も知らない子供がこれを見たら、裸足で逃げ出すに違いない。

 だから彼は素直に答えた。

 とびっきりの皮肉げなスマイルで。

 

「……いいネタだな。しばらく退屈しないですみそうだ」

 彼はさらに、迷いなく足を進める。

 その先の町の名はエッカルト――この世で最も危険でスリリングな遊園地……。

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